ギラギラな太陽の光を浴びて、めちゃくちゃ熱そうな砂浜。
水着に着替え、靴からビーチサンダルに履き替えていると、彼女が素足のままで砂浜の中を走っていく。
彼女は薄いピンクのワンピース水着を着ていて、まるで熱い砂浜に現れた癒しの妖精だ。
「あ、足熱くないー?」
「私、足の皮が分厚いから平気だよー!」
……マジか。
こうなったら、漢らしいところを見せるため、僕も素足で行くしかない。
ビーチサンダルには留守番してもらい、砂浜の中を走った。
「あっつ!あっ!あっつ!」
思った以上に砂浜は熱く、僕は熱々のフライパンの上で跳ねるポップコーンになってしまう。
「もう少しだよ!頑張って!」
彼女が波打ち際で僕を応援してくれている。
漢らしくいこうと思ったのに、これじゃ逆だよ。
急いで海に入り、熱くなった足を冷やす。
「ふふ、ここまで来る姿、面白かったよ」
「ははは……僕もいけると思ったけど、駄目だった」
空を見ると、太陽がこっちを見ていて、僕を笑っているように見えた。
結局、彼女に引っ張ってもらってばっかりだな……。
もっと漢らしくなって、彼女を引っ張りたい。
「無理に変わろうとしなくていいよ。今の君が大好きだから、そのままでいてね」
空から下へ視線を戻すと、彼女が僕を見て微笑んでいた。
太陽に負けないぐらいの、眩しい顔。
「えっと……うん、ありがとう」
彼女の笑顔に照れてしまい、なぜかお礼を言ってしまう。
……無理に変わる必要は、ないのかもしれない。
「せっかく海に来たんだから、遊ぼ遊ぼ!」
彼女は僕の手を掴み、バシャバシャと音を立てながら海の中を走る。
これからも、お爺さんお婆さんになっても、彼女の傍にずっといようと思った。
もう一歩だけ、前へ進むことが出来たら世界が変わるのに。
だけど、僕はいつも一歩後退してしまう。
前へ進まなきゃ始まらないのは分かっている。
でも……気持ちが前へ進まないんだ。
「お前は引っ込み思案で、いつも後ろにいるな」
父さんが、珍しく僕に声をかけてきた。
一緒に暮らしているが、あまり会話をしないので少し身構えてしまう。
「父さんもな、昔はそうだった。やりたいことがあっても前へ進めず、諦めることが多かった。何年か経って、あの時ああしとけばよかったと後悔したよ。だからお前も、父さんのように後悔しないよう、やりたいことはやっていけ。人生は一度きりだ。行き詰まったら相談に乗ってやるから」
父さんの話を聞いて、しばらく声が出なかった。
まさか父さんからそんなことを言われるとは思わなかったから。
父さんも、苦労したんだ……。
「ありがとう父さん。僕、頑張ってみるよ」
「ああ」
僕の返事を聞いて、微笑む父さん。
これならもっと早く相談しておけばよかったかもしれない。
……よしっ!
父さんのおかげで、僕はいつもより、少しだけど、一歩前へ進むことが出来るようになった。
大きい家がずらっと並ぶ住宅街。
就職先が決まり、田舎から引っ越してきたが、まるで別世界にいるみたいだ。
人が多いというだけで、こんなにも違うものなのか。
就職先まで行く練習をするため、徒歩で向かう。
駅では人の流れ早くて目が回り、迷子になりかけた。
これから、この街で暮らしていくことに少し不安になる。
まぁ、慣れれば大丈夫だろう。
住んでいるマンションへ戻ると、置き配で荷物が届いていた。
まだ引っ越ししたばかりなのに、誰からだろうか?
送り主は……母からだ。
部屋に入り、早速荷物を開けてみる。
中には、実家で作った野菜や果物が入っていた。
こっちへ来てまだ数日なのに、懐かしく感じてしまう。
今日は、この野菜で料理してみるか。
見知らぬ街で心細かったけど、改めて頑張ろうと気合いが入った。
離れた空に浮かぶ巨大な入道雲。
まるでパンケーキに盛り盛りに盛った生クリームみたいだ。
空が光り、遠雷がゴロゴロと大地を揺らしながら鳴り響く。
同時に俺の腹も、ゴロゴロとお腹が空いたと訴えてくる。
これは……一雨来そうだな。
運良く、近くにはカフェがある。
傘を持ってないから、ちょうどいい。
今日の昼は、生クリーム盛り盛りのパンケーキで決まりだ。
……不覚だった。
予想以上に生クリームが激盛り盛りだったから、甘いものを食べ過ぎて、少し気持ち悪い。
しばらくは甘いものはいいや……。
それに、雨は結局降らなかった。
入道雲は無くなっていて、空は青一色だ。
さっき食べた生クリームが、入道雲だったかもしれない……なーんてな。
ゴロゴロ。
俺の腹が、今度は胃の調子が悪いと訴えてくる。
主張が激しい腹だぜ……。
腹を黙らせるため、近くの薬局へ向かった。
空に塗り潰されたミッドナイトブルー。
見ているだけで、身体ごと吸い込まれていきそうだ。
空を飛んで帰りてぇ……。
俺は残業で終電を逃し、徒歩で家まで帰っていた。
深夜の道を歩いていると、気分が下がるし何かが出てきそうだから、夜空を見て気分を明るくする。
星達が夜空に散らばっていて、小さいけど力強く輝いていた。
俺も職場で星のように輝きたいし、出世したい。
だが、いまだに輝けずに上司や取引先にペコペコと頭を下げている。
いつになったら出世出来ることやら……。
そんなことを考えていたら、だんだんと気持ちがブルーになってきた。
もっと前向きに考えて──。
「ヴッ!」
全身に、痛みが走る。
空を見ながら歩いていたから、電柱に気づかず、ぶつかってしまった。
少しふらつき、後退りしてしまう。
……やっぱり、前を見て歩いたほうがよさそうだ。
電柱にぶつかった時に頭から出てきた星を掴み、大きく振りかぶって夜空に投げた。