学校の掲示板に貼り出されたテスト結果の順位表。
僕の順位は……一位ではなく、二位。
一位以外になったのは、今回が初めてだ。
「ふふ、今回は私の勝ちだね」
隣に、いつの間にか同じクラスの朝倉さんがいた。
彼女が、今回一位になった女子。
朝倉さんは明るくて、クラスの皆の人気者で、僕とは真逆の性格。
僕は羅針盤の針のように、乱れず、真っ直ぐ生きてきたはずなのに。
朝倉さんの存在が、針を乱す。
「ねぇ、関口君」
「えっ……?」
朝倉さんの顔が、近づいてくる。
「本当の実力はこんなものじゃないでしょ?次のテストで一位になったら……関口君の言うこと、なんでも聞いてあげるよ?」
耳元で朝倉さんに囁かれて、心の羅針盤の針が更に乱れてしまう。
「それじゃあまた教室でねっ」
そう言って、朝倉さんは教室へ戻っていく。
僕の心の羅針盤の針は、止まらなくなった。
沢山の人達が歩いている駅構内。
「またどこか会うかもな。じゃあな」
「うん、またね」
彼氏が、私に背を向けて離れていく。
私は、離れていく彼氏を追いかける。
彼氏は私に気づいたのか、立ち止まって振り向いた。
「あのさ、今、俺達の恋人関係は終わって別れの挨拶したよな?」
「う、うん……」
「分かってるならよし。じゃあな」
彼氏は再び歩き出し、私から離れていく。
私は、再び離れていく彼氏を追いかける。
しばらくすると、彼氏は立ち止まって振り向いた。
「だ・か・ら!別れただろ俺達!もう恋人じゃないんだ。付いてくるなよ!」
「だって……私……やっぱり別れたくないよ……」
彼氏の冷たい言葉を聞いて、胸が痛くなり、今にも涙が出そうだ。
でも、彼氏は冷たい言葉を続ける。
「そんなこと言われても、ちゃんと話し合って決めただろ?別れるって」
「そうだけど……やっぱり……」
「寄りを戻そうとか思ってないから、俺。もう付いてくるなよ」
「あっ……」
彼氏は早足で歩いていき、人混みの中へ消えていった。
……ま、いっか。
鞄からスマホを取り出し、GPSアプリを起動する。
赤い丸が、駅から出て商店街へ向かって動いていた。
彼氏のスマホ内部に、GPSを取り付けてある。
これで、彼氏がどこにいるのか、どこへ行こうとしているのか、丸分かりなのだ。
「ふふ……またねっ」
彼氏の現在地を見て、胸が温かくなった。
木製の大きくて懐かしい小学校の下駄箱。
今日は、息子の授業参観だ。
久しぶりに小学校へ来たが、いつ来ても懐かしい気持ちになる。
当時はヤンチャで、よく先生に怒られてたな……。
下駄箱でスリッパに履き替えていると、近くの廊下の壁に大人達が集まって、何かを見ていた。
俺と同じ授業参観に来た人達だろうか?
気になったので、見に行ってみる。
後ろから覗き込むと、"将来の夢"と大きく書かれた文字の下に、複数枚の紙がズラっと貼られていた。
「ふふ、こんなことを書く子がいるのね」
「父親がこんなこと言うなんて、この子の親の顔を見てみたいもんだ」
将来の夢を書いた紙が沢山並んでいるのに、なぜか、皆は一枚の紙に注目している。
その紙に書かれていた将来の夢は……。
"ぼくは、泡になりたい"
力強く、そう書かれていた。
理由は……。
"「ボディソープのような泡になれば、女の人のはだにくっつくことが出来て、幸せの気分になれる。
これが、男にとって最高のよろこびであり、ごほうびなのだ!」と、パパがおさけをのみながら言ってたので、ぼくもそうなりたいと思いました。"
……なんじゃそりゃ。
酔っ払った状態で、子供になんてことを言っているんだ。
とんでもねぇ親だな。
俺もこの子の親の顔を見てみたいもんだ。
これを書いた子供の名前は……田中 直記。
俺の息子じゃねぇか!!!
酒飲んでる時にこんなこと言ってたのか……俺。
女性のボディソープの泡になりたいほど、俺は飢えていたのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
バレる前に、退却だ!
俺は一歩後ろへ下がり、早足でその場を去って、息子の教室へ向かった。
このあと、教室で息子に「パパ!」と大声で呼ばれて、バレたのは言うまでもない。
緑色から赤色や黄色に衣替えした歩道の木々。
十一月で、景色はこんなにも秋なのに。
今日の最高気温は、35℃。
季節外れ過ぎる気温だろ……。
空を見上げると、太陽がギラギラと輝いている。
まるで「ただいま、夏」と言っているかのようだ。
いや、夏は帰ってこなくていいから。
長袖の秋服を着て外に出たのに、結局腕捲りしている。
……明日は、気温が下がるといいな。
だが、次の日も、その次の日も……しばらく暑い日が続き、夏に季節を取られ、秋はどこかへ行ってしまう。
結局、秋は帰って来ず、いきなり冬が来てしまった。
各テーブル席で、キャッキャウフフと若者達が賑わっている喫茶店。
だが、俺達の席は真逆で、お互い何も喋らず暗い。
向かいの席には彼女が座っていて、ずっと沈黙を貫いている。
この状態は二時間ぐらい続いているだろうか。
せっかく頼んだメロンソーダの炭酸は元気がなくなり、ただのメロンジュースになってしまった。
……まぁ、全部俺が悪いんだけど。
彼女以外の女と遊んでいることがバレて、彼女は大変ご立腹されている。
彼女と目を合わせようとするが、逸らされてしまう。
うーむ……どうしたものか……。
ただ、時間だけが過ぎていく。
……あれから一時間後。
彼女は相変わらず口を開かない。
このままではさすがに気が重いので、きちんと謝っておこう。
恐る恐る口を開く。
「ごめん。俺が悪かったよ」
だが、彼女は無反応。
「他の女とはもう遊ばない。君だけを愛するから」
「……あのね」
ようやく、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私、好きな人がいて、同棲もしてるの。だから、その……ごめんね」
「あー……そういうパターンね……」
一気に喉がカラカラになり、目の前にあるメロンソーダを飲む。
ぬるくて、薄いメロンの味しかしなかった。