俺に向けられた、明るすぎるライト。
眩しすぎて、薄目でしか目を開けられない。
もっとあなたの顔を見たいのに。
もっとあなたの顔を目に焼きつけたいのに。
ライトが、邪魔をする。
「あのぉ……目つぶって下さいね?」
歯科衛生士のお姉さんが、俺を見下ろしながら言った。
嫌だ……。俺はお姉さんの顔をもっと見たいんだ!
俺はライトの光に負けじと、カッ!と目を開ける。
「目隠して」
「はい」
反対側に座っていた歯科衛生士の助手が、布みたいな物を俺の目の上に乗せる。
眩しいライトも、お姉さんの顔も見えなくなり、目の前が暗くなった。
くっ……負けるものか!
俺は目の上に乗せられた布を取ろうと手を動かす。
「お・と・な・し・く・し・て・く・だ・さ・い・ね?」
お姉さんはゆっくりとした怒った口調で、俺に言った。
「は、はい……」
もはやここまでか……。
大人しく、お姉さんの指示に従おう。
今日の歯石取りは、いつもより少し痛く感じた。
人でぎゅうぎゅう詰めの朝の満員電車。
私は出入口の扉近くの壁にもたれて、スマホをいじっていた。
車内放送が流れ、もうすぐ駅に到着する。
「車内揺れますので、ご注意下さい」
車掌さんのアナウンスからしばらくして、電車は左右に揺れる。
何人か足に力を入れて揺れを耐えてる人や、バランスを崩す人がいた。
「おっとっとっ!」
前から、男の人が私に向かって倒れてきた。
「きゃっ!」
当たると思い、目をつぶったが何の衝撃もない。
恐る恐る目を開けると、目の前に男の人がいて、両手を壁に付きながら私を見下ろしている。
「大丈夫?」
ドックン……。
心臓が、大きく跳ねる。
同時に心臓の鼓動が早くなり、熱くなっていく。
男の人はすごくかっこよくて……優しい目をしていた。
「えっと……大丈夫?」
男の人にもう一度問われ、我に返る。
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。ごめんよ、バランス崩しちゃってさ」
男の人が喋るたびに、心臓の鼓動が加速していく。
これは……多分、私は目の前にいる男の人に恋をしている。
もっと、お近づきになりたい。
「──駅ぃ、──駅ぃ」
駅の到着を知らせる車掌アナウンス。
電車は止まり、扉が開く。
「おっと、降りなきゃ」
男の人は壁から両手を離し、電車を降りていった。
「あっ……」
私はこの駅では降りない。
扉が閉まり、再び電車は走り出す。
扉の窓から外を見ると、さっきの男の人が駅のホームを歩いていた。
また、会えるだろうか?
この時間帯の電車に乗れば、再び会えるかもしれない。
今度見掛けたら、次は私から声を掛けてみよう。
まだ止まらない心臓の鼓動を感じながら、離れていく駅をずっと見ていた。
秒針と黒板に書くチョークの音が響く教室。
俺は今、最高に腹の調子が悪く、トイレにすごく行きたい。
だが、授業中に行くと目立ってしまうので行けずにいた。
授業終了まで、あと二十五分。
我慢出来るのか……俺……。
黒板に書くチョークの音が腹に響いて、その振動で腹の中は大波で荒れている。
「山下君、顔がグニャってるけど大丈夫?先生に言おうか?」
隣の席に座っている真面目な田中が、俺を心配して声を掛けてくれた。
有難いが……先生に言われるのはまずい。
「だ、大丈夫だ……この顔は生まれつきだ……」
「そ、そっか」
田中は納得していないようだが、なんとか先生に言われずに済んだ。
授業終了まで、あと二十分……二十分!?
まだ五分しか経ってないのかよ!
なんでこんな時に限って時間が進むのが遅いんだ!
神様のバカ!早く時間を進めろ!
神様をバカにした罰が当たったのか、腹の中が更に大波で荒れる。
くっ!もはやここまでか……。
もう我慢の限界だ。
先生に言って、トイレに行こう。
息を大きく吸い込み、先生を呼ぶ。
「せ──」
「先生!」
俺が先生を呼ぶ前に、誰かが先に先生を呼んだ。
「なんだ?鈴木」
「トイレ行ってきていいですか?我慢出来なくて……」
「分かった。行きなさい」
鈴木は席を立ち、尻を押さえながら教室を出てトイレに行った。
「尻押さえながら行ったから、大きいほうだな」
「まさか漏らしてないよね?」
「お~臭い臭い」
周りから小声で話しているのが聞こえてきた。
くそ……鈴木め……なんてタイミングでトイレに行ったんだ……。
おかげで俺は行くタイミングを逃してしまったじゃないか!
俺まで行ったら、連れウンって噂されてしまう。
授業終了まで、あと十五分。
分かったよ。こうなったら我慢してやるよ。
命をかけて、我慢してみせるさ……へっへっへっ……。
「山下君、顔をグニャりながら笑ってて怖いよ?」
再び田中が俺に声を掛けてきた。
「あん?」
「な、なんでもないです……」
俺の威嚇に、田中はすぐに退散した。
しばらくして、鈴木がスッキリした顔で戻ってきた姿を見たら、怒りで更に腹の中は荒れる。
授業終了まで、あと八分……。
時計とにらめっこしながら、チャイムが鳴るのを待ち続けた。
五分……二分……一分……!
キーン、コーン、カーン、コーン。
教室内に、念願のチャイムが鳴り響く。
「もう我慢出来ねぇよ!ボケェ!」
俺はチャイムが鳴ると同時に、教室を出てトイレへ向かって走る。
こんなことなら、もっと早く先生に言えばよかった。
タイミングは逃してからじゃ遅い、もっと早めに行動することが大事だ。
天界で羽をぱたぱたさせながら、せっせと働く天使達。
最近、天使達は気になっていることがあった。
それは"どこから虹がはじまっているのか"だ。
ある日、神様は天使達に留守番を頼み、雲に乗って出掛けていった。
天使達は神様がいない間に、虹のはじまりを探そうとしたが、今日は雲一つない青空で、雨が全く降りそうにない。
「おい!あっちに虹が出てるぞ!」
遠くで探していた天使が虹を見つけ、天使達は虹の元へ向かう。
小さい雲から、地上へ向かって虹が出ている。
天使達が雲の上を覗くと……神様が小便をしていた。
「神様の小便が……虹のはじまりだったんだ……」
「なんかショック」
天使達はガッカリしながら、雲から離れて帰っていく。
「天使達に誤解をさせてしまった。我慢出来なくてここで用を足したんだが、こんな晴れた日にするものじゃなかったな……」
神様はスッキリした顔で、帰っていく天使達を見つめていた。
空から熱い光線を出している太陽。
今日は用事があって外へ出ているが、このままでは溶けてしまいそうだ。
店にでも入って少し涼もうか。
リ~ン、リ~ン。
とこかから風鈴の音が聞こえてくる。
周囲を見渡すと、氷旗が吊り下がっている喫茶店を発見。
吸い込まれるように喫茶店に入った。
中はクーラーが効いていて、暑さが和らいでいく。
果汁100%のオレンジジュースを注文し、ゴクゴクと喉の音を鳴らしながら飲む。
甘味と酸味のバランスが良く、美味しくて一気に飲んでしまった。
外とは違い、ここはまるでオアシスだ。
飲み終えたあとも少し涼んでから、会計を済ませて外へ出る。
「ミーン!ミーーン!」
元気よく鳴くセミの声が、耳に響く。
相変わらず太陽は熱い光線を出し続けている。
暑さから救ってくれた喫茶店。
今度またここへ来て、次はみかんジュースではなく、違う物を注文しよう。
喫茶店を名残惜しみながら、目的地へ向かった。