照明がほんのり点いている暗い自室。
どうやら、私はいつの間にか寝てしまったらしい。
頬に、何か違和感を感じる。
確か……寝ようと思ったら、最近会社で起きた嫌な事を思い出して、涙が出てきて……。
そのまま泣き疲れて寝てしまったのだろう。
頬に感じた違和感は、涙の跡……か。
スマホの画面を開き、時間を確認すると、まだ0時にもなっていなかった。
なんだか寂しくなり、彼氏に電話しようかと思ったけど、さすがにこの時間は迷惑が掛かるし、寝ているかもしれない。
なので、彼氏から貰った励ましボイスを聴くことにする。
「いつも頑張ってて偉いな。そんな頑張り屋さんのお前が大好きだ。だけど、あんまり頑張り過ぎるなよ?辛い時は、いつでも俺が励ましてあげるから」
「うん……ありがとう……」
彼氏の励ましボイスを聴いて、心が温かくなる。
目を瞑り、彼氏のことを考えながら、私はゆっくり眠りへと落ちていった。
空から降り注ぐ熱すぎる日射し。
この前まで春だったのに、いつの間にか夏がやってきていた。
長袖はもう暑くて着ていられない。
タンスから約一年ぶりに半袖を取り出す。
着てみると、去年より少し太ったのか、ピチピチな気がする。
まっ、いっか。
改めて外へ出る。
日射しが眩しくて、思わず左手を太陽に向けた。
すると、左脇から脇毛が太陽に向かって「こんにちは!」と挨拶をしている。
……処理しよう。
再び家の中へ戻り、ワキ毛を剃って、さようならした。
もしも過去へ行けるなら、君はどこへ行きたい?
学生時代の自分にアドバイスしに行く。
就職活動している自分にアドバイスする。
なるほど、今の自分に不満があるから、そうしたいんだね。
あの時、ああしとけばよかったって思ってるから。
でも、たとえ過去の自分を変えても、現代の自分には反映されない。
なぜかって?
過去の自分が別の道へ進んでも現代の自分に繋がらず、別の世界線が出来るからだ。
だから、過去へ行っても無駄なんだよ。
どうしてそんなことを知ってるかって?
実際に行って見てきたからだよ。
これを知らせるために、過去の自分に会いに来たのさ。
ここまで言ったら、私は誰なのか、分かるよね?
英語の授業が終わり、騒がしくなる教室。
"True Love"
さっき英語の先生から学んだ英単語。
意味は、真実の愛。
「皆も、高校生活三年間で見つけられるといいですね」
英語の先生がそんなことを言うから、女子達が集まって盛り上がっている。
女子って、どうしてそんなに恋愛話が好きなんだろう?
まぁ、俺には関係ないことだ。
「女の子達を見てなにぼーっとしてるのよ」
話しかけてきたのは、同じクラスで幼馴染みの侑子。
「いや、恋愛話で盛り上がってるなーって思ってさ」
「へぇー……あんた、恋愛に興味あるんだ」
侑子は両手を後ろにして、モジモジしながら言った。
「なにモジモジしてるんだよ侑子。あの日か?」
「そんな訳ないでしょ!このバカ!」
侑子は怒って自分の席へ戻っていった。
「なに怒ってるんだよあいつ」
まっ、いっか。
しばらくすれば機嫌は戻るだろう。
真実の愛……ね。
多分、俺には、いや、俺達にはまだ早い気がする。
……やっぱり、次の授業が終わったら侑子に謝っておくか。
あれこれ考えていると、次の授業の始まりを告げるチャイムが、教室内に響き渡った。
大勢の人が行き交う休日の交差点。
横断歩道の信号が、赤から青に変わる。
「もう会うことはないと思うから、バイバイ」
彼女は人混みに交じりながら横断歩道を渡っていく。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで、見ていた。
「好きな人が出来たから別れてほしいの」
ある日、彼女から言われた突然の別れ話。
言われた時は頭の中が真っ白になったが、すぐに我に返る。
「……分かった。君がそうしたいなら」
俺は別れることをオッケーした。
普通なら、反対したり、止めたりすると思う。
だけど、俺は彼女には幸せになってほしいから、他の男と付き合って幸せになれるなら、それでいいと思った。
もし、上手くいかなくなったら、「やっぱりあなたじゃないとだめ」と言って、彼女は俺の元へ戻ってくるはずだ。
だからさよならは言わない、またいつか……。
十年後。
結局、彼女は戻ってこなかった。
俺はあれからずっと独り身だ。
やっぱり、俺は彼女のことが一番好きだったから、他の女とは付き合う気になれなかったんだと思う。
大勢の人が行き交う休日の交差点。
彼女と別れた場所であり、彼女を最後に見た場所。
横断歩道の信号が赤から青に変わる。
俺は人混みに交じりながら、横断歩道を渡っていく。
「あれ?」
前から、見覚えのある女性が歩いてくる。
あれは……彼女だ。間違いない。
彼女の左側には背が高い男性、右側には小さい子供と手を繋いでいた。
絵に描いたような、幸せそうな家族。
彼女は俺とすれ違うが、見向きもせず、そのまま歩いていく。
俺は立ち止まり、振り返って、彼女の後ろ姿をぼーっと見ていた。
横断歩道の信号が赤になっても、車にクラクションを鳴らされても、ずっと……見ていた。
"またいつか"は、もうない。