突然降った雨で、びしょびしょになった学校の帰り道。
傘を持ってくるのを忘れたから、どうしようと思っていたけど、帰る時に止んでくれてよかった。
今日の星座占いが一位だったおかげかな……なんてね。
たまたま、運がよかったのだろう。
水溜まりを覗き込むと、私と一緒に太陽が覗き込んでいる。
しばらく太陽とにらめっこしてから、顔を上げ、再び家へ向かって歩く。
空には「俺もいるぞ」と、大きな虹が主張していた。
屋上のフェンス越しから見える網々の太陽。
運動場では、部活動に励む声が聞こえてくる
一生懸命やっている姿が、俺には眩しく見えるぜ。
「立入禁止の屋上でなにやってるんだ?不良高校生の伊藤」
そう言いながら俺の横に現れたのは、同じクラスの神取。
超有名企業の社長の息子だ。
「そういうお前もここに来てるじゃないか。お坊ちゃんの神取」
「ふっ、そうだな」
神取は鼻で笑い、俺のツッコミを華麗にかわす。
「てか、迎え来てるんじゃないのか?」
神取は毎日車で送り向かいしてもらっている。
登下校疲れずに済むから、羨ましいなっていつも思う。
「今日は歩いて帰りたい気分でな。先に帰ってもらった」
「ふ~ん。でも神取はいいよな。車で送り向かいしてもらって、しかも金持ちだから色々出来て苦労しないだろ。俺なんて、ふつ~の高校生だから金はあんまりないし、生まれた場所が違うだけでこんなに変わるんだな。俺は人生負け組だよ」
「……いや、それは違うぞ伊藤」
珍しく、神取が反論してきた。
「金持ちだからって、色々出来る訳じゃない。逆に出来ないんだ。僕は跡取りとして、父さんみたいになるために、勉強、習い事、会社の視察……毎日びっしりとスケジュールが組まれている。僕は普通の高校生の伊藤が羨ましい。君は負け組なんかじゃない」
「そ、そうか……」
こんなに喋る神取、初めて見たぞ。
しかも俺が羨ましい……か。
神取は神取で色々苦労してるんだな。
「……」
それから会話がなくなり、少し重苦しい空気が流れる。
神取の事情を知らず、悪いことを言ってしまった。
こういう時は……そうだな。
「神取、このあと時間あるか?」
「ん?ああ、少しなら」
「よし、じゃあ商店街にあるハンバーガー屋に行くか」
「なんでまたハンバーガー屋なんだ?」
「ふつ~の高校生がすることだからだよ」
「ふっ、そうか。分かった、じゃあ僕が奢る」
「いや、今日は俺が奢るから」
「君は金がないんじゃ……」
「それぐらいあるわっ!」
学校の帰りに、同じ所へ行って同じものを食べる。
これで、お互い平等。
生まれた場所が違っても、同じ所へ行けるなら、案外人生に勝ち負けなんてないかもしれない。
「そうと決まれば早く行こうぜ」
「せ、背中を押さないでくれ」
俺は神取の背中を押して校内に戻り、二人で同じ階段を下りた。
ペンと紙で散らかった机の上。
その中に紛れて、笑っている彼女の写真。
もうあれから五年経つのか。
彼女が交通事故で亡くなった日から……。
これからもっと彼女の物語が続くはずだったのに。
俺との……物語も。
それなのに、前触れもなく物語が終わってしまった。
こんなの、あまりにも悲しすぎる。
これで物語を終わらせたくない。
だから、漫画家である俺は描く。
彼女の物語の続きを。
君の物語は、俺が描く限り、まだまだ続くんだ。
俺はペンを持ち、彼女と過ごした日々を思い出しながら、ペンを走らせた。
今日は特売日でいつもより人が多いスーパー。
娘の由香がトイレに行っている間、入口前で待っていると、客達は入口に入る前に上を向いて何かを見ている。
上を向くと、入口の真上にツバメの巣があった。
巣の中では、ヒナ達が大きな口を開け、親鳥からエサを貰っている。
「パパー、なにみてるの?」
ツバメの巣を観察していると、由香がトイレから戻ってきた。
「由香、あそこにツバメの巣があるぞ」
「ほんとだ!ちいさいとりさんがいっぱいだねっ」
由香は興味津々でツバメの巣を見ている。
少し、お勉強タイムといきますか。
「ツバメは渡り鳥の一種で、4月から5月ぐらいに巣を作って、卵を産んで、子育てをするんだ」
「へー、そうなんだー」
由香はツバメの巣に夢中で、俺の説明を聞いていない。
まぁ、いずれ学校で学ぶだろう……。
「小さい鳥さん達、大きな口開けてるなぁ。由香がご飯食べてる時と同じぐらい開いてるぞ」
「ゆか、あんなにおおきなくちあけてないもんっ!」
さっきの仕返しで、少し意地悪な事を言ったが逆に怒らせてしまったみたいだ。
「ごめんごめん」
「ふんだっ!」
由香の頭を撫でながら謝ったが、ぷいっと横を向かれてしまう。
「お詫びにお菓子買ってあげるから、ね?」
「しょーがないなー、こんかいはとくべつだよ?」
大人びた言い方をされて驚いたが、許してくれたみたいでホッとする。
「パパなんてだいっきらい!」なんて言われたら、一生立ち直れない。
でも、将来そんな日が来るだろうな……。
再び、ツバメの巣を見る。
あのヒナ達は成長して、いつか巣立ちする日が来るだろう。
由香も大人になって、恋人が出来て、結婚して、家から出ていって……。
「パパ、どうしたの?」
「えっ、ああ、いや、なんでもない。さっ、中に入って買い物しようか」
「うんっ!」
将来のことを心配しつつ、由香の小さい手を繋ぎ、スーパーの中へ入った。
教室内に響くシャーペンで紙に書く音。
皆は授業に集中しているが、俺は授業より見たい人がいる。
隣の席に座っている、美月さん。
さらさらと流れるような長い髪をしていて、見入ってしまうほど美しい。
美月さんは唇にシャーペンを当てながら、授業を聞いている。
時折、耳に掛かった髪をかきあげる仕草が……エロい。
刺激が強くて、鼻血が出てしまいそうだ。
美月さんは俺の視線に気づいたのか、チラッとこっちを向いた。
俺は慌てて前を向く。
じーっと見てたのがバレたかな……。
「大島君っ」
美月さんが、俺の肩をトントンと叩いてきた。
思わず身体がビクッと跳ねてしまう。
やっぱり……バレたか。
覚悟を決め、恐る恐る美月さんの方を向く。
「大島君、ここっ」
美月さんは俺を見つめながら、鼻の下に指をさしている。
俺の鼻の下?
自分の鼻の下を触ってみると、指に水のようなものが付く感触。
指を見ると、赤い。
俺の鼻からさらさらな鼻血が出ていて、制服のズボンにまで流れていた。