たーくん。

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5/11/2025, 3:24:17 AM

鳥の鳴き声と、風で葉が擦れる音しか聞こえない静かな森。
空は緑でさえぎられていて見えない。
地面にはコケのじゅうたんが、どこまでも広がっている。
ここは、静かでいい。都会はうるさすぎる。
うるさい音を聞きすぎて、俺は疲れてしまった。
誰かに手招きされるように、森の奥へ進んでいく。
木が多くなったのか、さっきより暗くなったような気がする。
不気味さが増していくのに、それが逆に心地良くて、もっと欲してしまう。
よし、もっと奥へ進んで……。
「待ちなさい」
背後から男の声が聞こえ、進んでいた足が止まる。
振り返ると、チョッキを着た男性が立っていた。
「お兄さん、どこへ行くんだい?」
「ちょっと奥の方へ……森に癒されようと思って」
「ここは森じゃなくて、樹海だ」
「……」
「この辺は立入禁止区域。途中に立入禁止の看板が立っていたはずだぞ?」
「看板?さぁ……覚えてないな」
何か注意書きした物が立っていたような気もするが、見る気もしなかった。
「それにお兄さん、ここはスーツで来る所じゃない。げっそりしてるし、何かあったのか?」
男性は心配そうな表情をしながら、俺を見ている。
「なにも、ないです」
俺がそう返答すると、男性は真剣な表情になり、厳しい目を向けられる。
「ともかく、この奧は危険だ。さっ、私と一緒に戻ろう」
「……はい」
男性は背を向け、歩き始めた。
俺は胸ポケットに手を入れ、早歩きで男性との距離を縮める。
「私は樹海を監視していてね。お兄さんみたいな人を見かけたら声をかけて──ガッ!」
包丁で肉を刺す時と同じような感覚。
俺は胸ポケットに入れていた折り畳みナイフで、男性の背中を刺した。
「な、なにを──ガハッ!?」
男性を地面に押し倒し、ナイフで何度も何度も何度も刺した。
やがて男性は喋らなくなり、再び静寂が訪れる。
「折角静かだったのに邪魔しやがって。どいつもこいつもうるせぇな」
真っ赤になった折り畳みナイフを、胸ポケットにしまう。
スーツに色が付いてしまったが、まあいい。
俺は再び森の奥へ向かって歩き始める。
静かな場所で、静かに眠るために。

5/10/2025, 2:23:55 AM

窓が締め切っていて、少し蒸せる書道教室。
壁には、大きな字で“少年、少女よ。夢を描け!“と筆書きした紙が貼っていた。
……クラーク博士かよ。
まぁ、顧問は立派な口ひげを生やしているけども。
そんなことは置いといて、書道部の部員はどんな夢を描いたんだろう?
反対側の壁を見ると、無数の紙が貼られている。
紙にはどれも、夢としか筆書きされていない。
夢を描くって、そういう意味なのね……ハハハ。
思わず渇いた笑いが出てしまう。
身体が熱くなってきたので、換気ついでに窓を開けた。
開けると同時に強い風が入ってきて、壁に貼られていた紙が次々と飛ばされていく。
書道部が描いた夢が、宙を舞った。

5/9/2025, 3:30:54 AM

色んなジャンルの本が、ぎゅうぎゅうに詰まっている木の本棚。
ここは私がいつもお世話になっている地元の本屋で、創業六十年以上らしい。
店内は少し埃っぽいけど、品揃えはいいのだ。
ぐるっと店内を一周して、ようやく目的の本を発見した。
本は、本棚の一番上の段にある。
手を伸ばしても、背伸びしても、何度ジャンプしても、身長が低い私には届かない……。
近くにあった踏み台を使おうとしたけど、穴が開いていて、使用禁止の紙が貼っていた。
うーん……どうしよう……。
店主のおじいちゃんは、レジでカバのような大あくびをしている。
立ち読みしてたらすぐ飛んでくるくせに、客が困ってるんだから飛んで来なさいよ。
まぁ、私から言えばいいんだけど、迷惑をかけたくないという気持ちが勝ってしまう。
こうなったら、もう一度思いっきりジャンプして……。
「なにやってるんだよ。美貴」
「きゃっ」
「女みたいな声出すなよ」
「女なんだけど私。てか、いきなり失礼ね。隆」
声をかけてきたのは、同じクラスであり、幼なじみの隆。
私より身長が、ぐーんと高い男子だ。
「なんで隆が本屋にいるの?」
「母さんに買い物をたのまれて、買い終わったからちょっと本屋に寄っただけさ。そしたら美貴がカエルみたいにぴょんぴょんジャンプしてたから、声かけたんだよ」
「か、カエル……」
せめて猫って言ってほしい。両生類は、なんかやだ。
「本を取ろうとしてただけよ。悪い?」
「なんだ、そんなことか。美貴はチビなんだから無理するなよ。で、どの本だ?」
「一言多いわよ。えーと……一番上の段の一番端の本」
「これだな。よっと」
隆は少し背伸びして、軽々と本を取り出す。
「なになに……誰でもできる恋愛テクニック?」
「ちょっと!タイトルは見なくていいの!」
私は慌てて隆から本をうばい取る。
一番見られたくない人に見られてしまった。
「美貴は恋する前に、優しくなったほうがいいんじゃないか?」
「余計なお世話よ!早く帰れノッポ!」
「へいへい。おじゃま虫は帰りますよっと」
隆は回れ右し、買い物袋をゆらゆら揺らしながら、本屋の出口から出ていった。
「あんたを落とすために読むのよ……ばかっ」
本をぎゅっと胸に抱く。
隆の前だと、つい強い口調になってしまう。
本を取ってくれたのに、お礼を言いそこねこしまった。
明日、学校で会ったら改めてお礼を言おう。
支払いをするためにレジへ行き、カウンターにポンっと本を置く。
「美貴ちゃんの恋、応援しとるぞ」
店主のおじいちゃんが、私にエールを送ってくれた。

5/7/2025, 11:16:16 PM

沢山の木々に覆われている公園。
ここへ来るたび、森の中に迷い込んだかのような感覚になる。
公園に来た理由は、心身を癒すため。
仕事で疲れた時やストレスが溜まった時は、緑を見て癒されるのに限る。
上から降り注ぐ木漏れ日は、まるで光のシャワーだ。
温かい光のシャワーは、浴びるとやる気ゲージが少しずつ溜まっていく。
今日は折角の休みだ、このあとどこかで買い物でもしようか……ん?
ズボンのポケットの中に入れているスマホが、バイブで震えている。
スマホを取り出し、画面を見ると、誰かからメッセージが届いていた。
相手は、名前を悪魔で登録している課長からだ。
「今から出てこれるか?」
メッセージを見て、やる気ゲージがどんどん下がっていく。
どうやら、今日はゲージをMAXまでチャージ出来ないらしい。
「分かりました。すぐ行きます」
課長に返信し、溜め息をつきながらポケットにスマホをしまう。
来た道を引き返して、公園から出る。
空から降り注ぐ光のシャワーは、さっきとは違い、眩しすぎる熱いシャワーだった。

5/6/2025, 11:13:47 PM

授業から解放され、一気に騒がしくなる昼休憩の教室。
皆は食堂へ行ったり、席を移動して誰かと一緒に弁当を食べている。
私は自分の席で弁当を広げ、周りで会話している皆の声をBGMにしながら、一人で黙々と食べていく。
「あー、あー、マイクテステス」
教室のスピーカーから、男子の声が流れた。
皆は会話を止め、スピーカーに注目している。
「声入ってるな……よし。えー、今から俺は好きな人へラブソングを送ります!その好きな人というのは……2年C組の池田綾子!君だ!」
口に入れていたおかずを噴き出しそうになった。
池田綾子って、私のことじゃん。
てか、どこのクラスの男子よ。名を名乗りなさいよ。
皆から視線を浴び、私は注目の的になっている。
「綾子、俺のラブソングを聞いてくれ。タイトルは『綾子アイ・ラブ』」
タイトルが直球過ぎて、思わず口が開いてしまう。
名前を連呼されるし、タイトルにも名前が入ってるし、すごい恥ずかしいんだけど?
そんなことはお構い無しに、スピーカーからギターの音が流れ始める。
「綾子~(綾子~)好きだ~(好きだ~)。愛してる~(愛してる~)。俺と~(俺と~)付き合ってくれ~(くれ~)」
自分でセルフエコーして恥ずかしくないのだろうか?
聞いているだけで、生気を吸いとられている気分になる。
私は我慢出来なくなり、席を立ち、教室を出た。
「綾子~(綾子~)好き好き好きだ~(好き好き好きだ~)俺と~(俺と~)幸せな未来を~(未来を~)作ろう~~~!」
「お断りよ!この恥知らず野郎!」
「いてぇ!」
私は放送室へ行き、背後から男子の頭にげんこつしてやった。
男子の痛々しい声が、学校中に響き渡る。
次の日から、私は“げんこつ綾子“と呼ばれるようになり、学校で有名人になった。

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