たーくん。

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鳥の鳴き声と、風で葉が擦れる音しか聞こえない静かな森。
空は緑でさえぎられていて見えない。
地面にはコケのじゅうたんが、どこまでも広がっている。
ここは、静かでいい。都会はうるさすぎる。
うるさい音を聞きすぎて、俺は疲れてしまった。
誰かに手招きされるように、森の奥へ進んでいく。
木が多くなったのか、さっきより暗くなったような気がする。
不気味さが増していくのに、それが逆に心地良くて、もっと欲してしまう。
よし、もっと奥へ進んで……。
「待ちなさい」
背後から男の声が聞こえ、進んでいた足が止まる。
振り返ると、チョッキを着た男性が立っていた。
「お兄さん、どこへ行くんだい?」
「ちょっと奥の方へ……森に癒されようと思って」
「ここは森じゃなくて、樹海だ」
「……」
「この辺は立入禁止区域。途中に立入禁止の看板が立っていたはずだぞ?」
「看板?さぁ……覚えてないな」
何か注意書きした物が立っていたような気もするが、見る気もしなかった。
「それにお兄さん、ここはスーツで来る所じゃない。げっそりしてるし、何かあったのか?」
男性は心配そうな表情をしながら、俺を見ている。
「なにも、ないです」
俺がそう返答すると、男性は真剣な表情になり、厳しい目を向けられる。
「ともかく、この奧は危険だ。さっ、私と一緒に戻ろう」
「……はい」
男性は背を向け、歩き始めた。
俺は胸ポケットに手を入れ、早歩きで男性との距離を縮める。
「私は樹海を監視していてね。お兄さんみたいな人を見かけたら声をかけて──ガッ!」
包丁で肉を刺す時と同じような感覚。
俺は胸ポケットに入れていた折り畳みナイフで、男性の背中を刺した。
「な、なにを──ガハッ!?」
男性を地面に押し倒し、ナイフで何度も何度も何度も刺した。
やがて男性は喋らなくなり、再び静寂が訪れる。
「折角静かだったのに邪魔しやがって。どいつもこいつもうるせぇな」
真っ赤になった折り畳みナイフを、胸ポケットにしまう。
スーツに色が付いてしまったが、まあいい。
俺は再び森の奥へ向かって歩き始める。
静かな場所で、静かに眠るために。

5/11/2025, 3:24:17 AM