窓が締め切っていて、少し蒸せる書道教室。
壁には、大きな字で“少年、少女よ。夢を描け!“と筆書きした紙が貼っていた。
……クラーク博士かよ。
まぁ、顧問は立派な口ひげを生やしているけども。
そんなことは置いといて、書道部の部員はどんな夢を描いたんだろう?
反対側の壁を見ると、無数の紙が貼られている。
紙にはどれも、夢としか筆書きされていない。
夢を描くって、そういう意味なのね……ハハハ。
思わず渇いた笑いが出てしまう。
身体が熱くなってきたので、換気ついでに窓を開けた。
開けると同時に強い風が入ってきて、壁に貼られていた紙が次々と飛ばされていく。
書道部が描いた夢が、宙を舞った。
色んなジャンルの本が、ぎゅうぎゅうに詰まっている木の本棚。
ここは私がいつもお世話になっている地元の本屋で、創業六十年以上らしい。
店内は少し埃っぽいけど、品揃えはいいのだ。
ぐるっと店内を一周して、ようやく目的の本を発見した。
本は、本棚の一番上の段にある。
手を伸ばしても、背伸びしても、何度ジャンプしても、身長が低い私には届かない……。
近くにあった踏み台を使おうとしたけど、穴が開いていて、使用禁止の紙が貼っていた。
うーん……どうしよう……。
店主のおじいちゃんは、レジでカバのような大あくびをしている。
立ち読みしてたらすぐ飛んでくるくせに、客が困ってるんだから飛んで来なさいよ。
まぁ、私から言えばいいんだけど、迷惑をかけたくないという気持ちが勝ってしまう。
こうなったら、もう一度思いっきりジャンプして……。
「なにやってるんだよ。美貴」
「きゃっ」
「女みたいな声出すなよ」
「女なんだけど私。てか、いきなり失礼ね。隆」
声をかけてきたのは、同じクラスであり、幼なじみの隆。
私より身長が、ぐーんと高い男子だ。
「なんで隆が本屋にいるの?」
「母さんに買い物をたのまれて、買い終わったからちょっと本屋に寄っただけさ。そしたら美貴がカエルみたいにぴょんぴょんジャンプしてたから、声かけたんだよ」
「か、カエル……」
せめて猫って言ってほしい。両生類は、なんかやだ。
「本を取ろうとしてただけよ。悪い?」
「なんだ、そんなことか。美貴はチビなんだから無理するなよ。で、どの本だ?」
「一言多いわよ。えーと……一番上の段の一番端の本」
「これだな。よっと」
隆は少し背伸びして、軽々と本を取り出す。
「なになに……誰でもできる恋愛テクニック?」
「ちょっと!タイトルは見なくていいの!」
私は慌てて隆から本をうばい取る。
一番見られたくない人に見られてしまった。
「美貴は恋する前に、優しくなったほうがいいんじゃないか?」
「余計なお世話よ!早く帰れノッポ!」
「へいへい。おじゃま虫は帰りますよっと」
隆は回れ右し、買い物袋をゆらゆら揺らしながら、本屋の出口から出ていった。
「あんたを落とすために読むのよ……ばかっ」
本をぎゅっと胸に抱く。
隆の前だと、つい強い口調になってしまう。
本を取ってくれたのに、お礼を言いそこねこしまった。
明日、学校で会ったら改めてお礼を言おう。
支払いをするためにレジへ行き、カウンターにポンっと本を置く。
「美貴ちゃんの恋、応援しとるぞ」
店主のおじいちゃんが、私にエールを送ってくれた。
沢山の木々に覆われている公園。
ここへ来るたび、森の中に迷い込んだかのような感覚になる。
公園に来た理由は、心身を癒すため。
仕事で疲れた時やストレスが溜まった時は、緑を見て癒されるのに限る。
上から降り注ぐ木漏れ日は、まるで光のシャワーだ。
温かい光のシャワーは、浴びるとやる気ゲージが少しずつ溜まっていく。
今日は折角の休みだ、このあとどこかで買い物でもしようか……ん?
ズボンのポケットの中に入れているスマホが、バイブで震えている。
スマホを取り出し、画面を見ると、誰かからメッセージが届いていた。
相手は、名前を悪魔で登録している課長からだ。
「今から出てこれるか?」
メッセージを見て、やる気ゲージがどんどん下がっていく。
どうやら、今日はゲージをMAXまでチャージ出来ないらしい。
「分かりました。すぐ行きます」
課長に返信し、溜め息をつきながらポケットにスマホをしまう。
来た道を引き返して、公園から出る。
空から降り注ぐ光のシャワーは、さっきとは違い、眩しすぎる熱いシャワーだった。
授業から解放され、一気に騒がしくなる昼休憩の教室。
皆は食堂へ行ったり、席を移動して誰かと一緒に弁当を食べている。
私は自分の席で弁当を広げ、周りで会話している皆の声をBGMにしながら、一人で黙々と食べていく。
「あー、あー、マイクテステス」
教室のスピーカーから、男子の声が流れた。
皆は会話を止め、スピーカーに注目している。
「声入ってるな……よし。えー、今から俺は好きな人へラブソングを送ります!その好きな人というのは……2年C組の池田綾子!君だ!」
口に入れていたおかずを噴き出しそうになった。
池田綾子って、私のことじゃん。
てか、どこのクラスの男子よ。名を名乗りなさいよ。
皆から視線を浴び、私は注目の的になっている。
「綾子、俺のラブソングを聞いてくれ。タイトルは『綾子アイ・ラブ』」
タイトルが直球過ぎて、思わず口が開いてしまう。
名前を連呼されるし、タイトルにも名前が入ってるし、すごい恥ずかしいんだけど?
そんなことはお構い無しに、スピーカーからギターの音が流れ始める。
「綾子~(綾子~)好きだ~(好きだ~)。愛してる~(愛してる~)。俺と~(俺と~)付き合ってくれ~(くれ~)」
自分でセルフエコーして恥ずかしくないのだろうか?
聞いているだけで、生気を吸いとられている気分になる。
私は我慢出来なくなり、席を立ち、教室を出た。
「綾子~(綾子~)好き好き好きだ~(好き好き好きだ~)俺と~(俺と~)幸せな未来を~(未来を~)作ろう~~~!」
「お断りよ!この恥知らず野郎!」
「いてぇ!」
私は放送室へ行き、背後から男子の頭にげんこつしてやった。
男子の痛々しい声が、学校中に響き渡る。
次の日から、私は“げんこつ綾子“と呼ばれるようになり、学校で有名人になった。
エアコンが効いて快適過ぎる教室。
昼飯を食べたあとは、睡魔が襲ってきて眠い。
ただでさえ眠いのに、午後一発目の授業は国語。
先生が喋る言葉が子守唄のように聞こえ、更に眠気が増す。
マジックでホワイトボードに書く時に鳴る“キュッキュッキュッ“の音は、まるで子守唄の間奏のようだ。
もうすぐ中間テストだから、眠気と戦いながらホワイトボードを見ていると、横から紙くずが飛んできた。
なんで紙くずが?俺の席はゴミ箱じゃないぞ。
紙を広げると、何か書いていた。
『あなたのことが好きです。私と付き合って下さい!山本より』
紙はくしゃくしゃだけど、字は綺麗で可愛い。
これはもしかして、ラブレターってやつか?
山本って……。
周りを見渡すと、一人の女子がこっちを見ていた。
山本さんは大人しくてクラスであまり目立たない子だが、隠れ美女として、男子の間で噂になっている。
まさか授業中にこんな大胆なことをしてくるとは。
山本さんは照れているのか、こっちを見ながらあたふたしている。
ふっ……可愛いやつめ。
俺は見つめてくる山本さんの目を見つめ返し、イケメンスマイルを送った。
だが、山本さんは大きくぶんぶんと首を横に振る。
多分、『他の子達に見られちゃうから、あとで私だけに見せて!』と訴えているのだろう。
仕方ないなぁ、あとでたっぷりイケメンスマイルを見せてあげるか。
「田中君っ」
隣の井上さんから、小声で呼ばれた。
同時に折りたたまれた紙を渡される。
「山本さんからだって」
紙を受け取ると、井上さんは何事もなかったかのように、すぐにホワイトボードの方を向く。
これは、追いラブレターってやつか?
授業が終わってからたっぷり告白を聞いてあげるのに。
まったく、我慢が足りない子猫ちゃんだぜ。
山本さんからの追いラブレターを開き、内容を読む。
『さっきの手紙、田中君へ送ったものじゃないの!返して!』
さっきの字とは違い、力強くて荒々しい字。
つまり、他の誰かに送るラブレターが、まちがって俺の所へ飛んできたということか。
俺は告白されるどころか、フラれただけになってしまった。
俺の純粋な心に、ダメージを負う。
恥ずかしさと怒りで、ビリビリと音と立てながら紙を破りちぎる。
「ちくしょー!」
「うるさいぞ田中!」
先生に注意され、更にダメージを負った。