通り雨が近づいてきた、雲が闇落ちしかけている。
人々はそれを見て憂いを感じた。記憶を想起した。
ただの気象、されど気象。それだけで勝手に人々は心が、感情が変わる。感情が体に出る。
とかいう俺もその普遍的人間の一人なのだが。
複雑な気持ちと傘を持って、外に出た。
通り雨が来た、循環した水がまた降ってくる。
刹那の間、待ち続けた。
苦い思い出はミルクではなく、水で溶かさないと。
雨声で何も聞こえない、耳元で鳴る音楽も喧騒も。
感情が静けさを持ったまま落ちていく。
肩に軽い暖かさが乗る、思わず振り返る。
通り雨が遠ざかった、雨は少しだけ止まない。
二度の後悔をさせない自分への鼓舞、そして雑談途中で告げる。熟成と改良を繰り返したこの感情を。
回答の待ち時間はさっきの雨みたいだった。望みと救済の太陽が、顔も心も空も晴らした。雨は止んだ。
祝福の虹が二つかかった、空と何かに彩りを与えた。
また近づいたその時、俺は想起するだろう。
刹那の雨の中行われた、今に繋がる乾坤一擲を。
きっかけはどこかの茶屋で君が言っていた一言。
「そういえば、三色だんごって季節を表してるんだっけ?」
「そうだよ。ピンクは春、黄緑は夏、白は冬、だった気がする。」
「詳しいね!じゃあ何で、秋はないの?」
「確か商売のことを…」
君は生粋の秋生まれ。旅行にいくのは必ず9-11月で、目的地は紅葉や銀杏並木が綺麗な場所。インテリアは全部暖色。今日の服装も、とにかく秋大好き人間な君は、ないという事に憂いているのかもしれない。
「オレンジとか赤あった方が絶対美味しいって!」
「そっちかーい!」
杞憂で終わった、と心の中でホッとした自分がいる。安堵と共に疑問が過ぎる、純粋な疑問が。
「ねえ、なんて秋好きなの?」
「秋が好きな理由?もう、何回も言ってるじゃん!」
「秋には沢山の記念日があるから楽しいの!」
敬老の日・ポッキー&プリッツの日・自分の従姉妹の友達であるKさんの誕生日、と嬉々として説明していくその笑顔を、ずーっと見ていたいのは、なんでかな。
「別に今日は記念日じゃないけどね、はははっ!」
「…もしさ、記念日になるって言ったらどうする?」
その時、彼女は何を勘違いしたのか僕の肩を強く叩いた。笑っていた。
「つ、つ、ごほん。えっと、その、あの!」
心拍数の上昇、紅葉色の顔、汗と震えが止まらない。彼女は絵文字の笑顔をして、言った。
「分かったー!おかわり欲しいんでしょ?ここのお店、景色も綺麗だけどスイーツも美味しいんだよ!」
追加団子。やっぱ、そうでないと。すると君は、白い団子に突如イチゴソースを注入して4個にして渡してきた。
「はい、これで四季の完成!新しい団子である四色団子の記念日決定!でも、記念日一つじゃつまらないなー。誰か新しい記念日、つくらないかなー。チラ。」
そこからもう十数年が経って、今日はその記念日。家族で四色団子を一緒に作って食べた。
「ねーねー、何でこの団子は赤いの?」
「それはね、味に飽きを出さない為だよ。ふふっ。」
「うまいこというなー!」
記念を祝うかのように銀杏と紅葉が、夕焼けの空を背景に落ちた。
初めて見た時は未来への期待で、何気ない住宅街も輝いて見えた。この景色と共に喜怒哀楽を感じていくと思うと、心がムズムズしていた。じっくり見ていたせいでダンボール開封をしている家族に軽く言われたけど。
「これから頑張るぞ!」
特に大きな出来事もない私の人生とは裏腹にお外はカラーリングをコロコロと変えていく。近所の桜はゆったりと舞い散り、人の家の屋根にいろんな色の鯉のぼりがたなびいていた春。暑さが強くなったり、快晴の夜空にかかった川を見たり、子供とセミが賑やかな夏。秋は、ただ紅葉が綺麗で寒くなってきた印象だな。深く考える事が無くなってきた。
入居してから8ヶ月後、私は寒さと布団への愛着で起床困難になっていた。脳を覚醒させるためにスマホを見る、そこには衝撃の事実が書かれていた。私はさっきの困難を忘れさせるくらいの素早さを見せて、カーテンを開けた!
「わぁ…!」
地元では見られなかった景色が今ここで見られた。しばらく不動だった顔も今は笑窪を浮かべているし、普段は出せない声もするすると出せた。もう、これを見れただけで満足だ。仕事の事も、何もかも、忘却の彼方へと一直線に向かわせられた。
「さあ、いこうかな!」
これが最後で最高のシーナリー、おそらく雪で遊んでいる子供のはしゃぎ声をBGMにして私は向かった。綺麗な部屋、最高の窓の外、自分が反射した窓もこれが最後だ。
「いってきます!」
最後は、キラキラしていた。
形の無いものと言ったら何を浮かべるだろうか。突然初めての先生が生徒に出した、哲学的な問いは私を思考の底へと落とした。残酷なことに、一人ずつ答えていくらしい。さあ、運命の順番はというと。
「じゃあ手前の奴から。」
ガッツポーズが心に現れ、脳内にハレルヤが流れる。四季の自然に悩まされ、エアコンは当たらず、早く帰れない私の席、通称『主人公席』。恨みしかない主人公席を今回初めて喜んだ。
さあじっくり考えよう。形の無いものは基本見えなかったりする。文字は形があるから違う、生命も過去も時もだいたい形で表せられる。生命は我々だったりさまざまな生き物が形を成している。過去は写真やら遺跡やらそれこそ本だったり文字がそれを表している。時は時計が一番それらを示していると言っても過言ではない。
再び思考の底で彷徨うはめになった、どうすればいいんだろう。周りと被ったっていい、唯一なんて求められていないのだから。変に目立つことを言ったら、今後への影響とこれまでの印象崩壊が大変なことになる。
そうだ、感情って言おう。世間一般の単語であり、全員が、いや、大体が納得する答えだ。「感情には形があるだろう?」と言われるやも知れないが、感情の形であって、感情そのものに形はない。(問い詰められたら適当にそれっぽいことを言って難を逃れるだけだ。)気持ちというそのものに形はない、表すことは可能だが。
ついに私の番となった。
「最後、はい。」
「私は、感情だと思いました。」
「何故?」
「真っ先に思い浮かんだからです。それと、感情は五感で認識は出来ます、しかしそれらはただの表現であって本来の形自体はないと考えたからです。」
「…なるほど。じゃあ今回は、君かな。」
「へ?」
と言われると、黒ずくめの何者かが現れて私を何処かに連れていく。抵抗したが、無駄だった。誰もこちらを見ていなかった、まさか。
「哲学的思考を持っている子は大好きなんだ、だから色々あんな実験させてもらうよ?…ありがとうね、反面教師になってくれて。」
最初から仕組まれていたのか、ああそういうことに逆らったら巻き込まれたら自分が被害を受けるから、だんまりとしている。この後何をされるか分からないが、これだけは言える。
「先生、形の無いものは不変です。だから、この感情は変わらずに残っていきます。それは置いといて」
「ありがとうございます、自ら犯罪者であることを明かしてくれるなんて。」
「二人は、倒しました。みんな、協力してくれてありがとう。終わったら通報して、パーティをしよう。さあ、最後にもう一度協力してほしい。駄目、殺さない。死は形があるようで無いもの、ですから。」
叛逆の狼煙は形として有るけどね。