私はお姉さんが好き。
姉さんの使っている紅が好き。
いつも窓辺の化粧台の上に置いてある
綺麗な細工の入った銀のコンパクトの中に
咲く紅の赤
姉さんはいつも鏡台の前に座って紅を引く
鏡越しに映る白く半開きの口元を紅が
染めていく様子がとても蠱惑的に見えた。
あまりに私が見るものだから、優しい姉さんは
ちょいちょいと私を手招きして鏡台に座らせ紅を
塗ってくれた、恥ずかしいような、
くすぐったいような。
鏡に映る私の頭上で微笑む紅がずっと欲しくてたまらない。
ある日、何層にも重なった紅の様な色の空の中
姉さんは男の人を家連れてきた
玄関先で紹介してくれたその人はとても優しそうで
いい人だった。
男の人を紹介してくれる姉さんの口元に朝に
ひいた紅の色は無く、代わりに姉さんの
白い頬にうっすらと紅の色が咲いていた。
姉さんの祝言がある朝、
私はずっと姉さんが座っていた鏡台の前に座り、
紅をさす。
ずっと欲しかったが結局、
手に入ることのなかった紅を思いながら
綺麗な細工の入った銀のコンパクトをそっと鏡台の上に置いた
こんどいっ・・
僕のとんまな口がやっと絞りだした言葉を電車の発射を告るブザーがかき消していく。
かき消された僕の言葉を拾おうと彼女の口元が言葉をつむぐ時には、無機質で恨めしい壁が、僕と思い人の間に立ち塞がっていた。
車掌のぶっきらぼうなアナウンスが
僕と彼女の最後のお別れを告げているように聞こえた
ああっ・・・
僕の間の抜けた後悔の叫びは無機質な鉄の中に飲み込まれた彼女には届く事なく
僕と彼女を引き離してしまった。
僕は燃えかすみたいになって電車の行った先を名残り惜しく見つめ続けた。
あれから数十年…
あの時、ドアの窓越しに見えた彼女の口元が何かを紡いでいたのを未練がましく思い出しては、
電車の去った先を目で追ってしまう。
また・・・巡り会えたなら。
「何もいらないよっ!!」
ガタッとテーブルの上にあった水がぽたぽた溢れる
「君さえいてくれたら、君さえぞはにいてくれるなら
僕は何もいらないよ!!」
すがりつくように掴んだ手は震えている、
ぜぇぜぇ肩で息をする僕の目に映る彼女はとても穏やかな微笑みを浮かべている、
ふふっ……そうよね、でもあなたの家族はいいの?
「いいさッ!!!そんな事よりもうどこにもいかないでくれよ!!ずっと一緒にいてくれよッ……!!」
荒く乱れた息の間に無理やりねじ込むように絞り出した恨み言のような懇願を聞いても、淡い蜃気楼ごしに揺らいて見える彼女の表情は僕に微笑んだままだった
えぇ、考えなくもないけれど…。仕事はどうするの?
私といる時にずっと話してた夢のことはいいのかしら?
「いいさ、いいさッ、そんな事…もういいのさ。
なぁ….ずっと一緒だよ、、ずっと、ずーっと、、」
頭痛が混ざって感じる彼女の愛撫が心地がいい
ふわふわとした光の中、僕を見つめる彼女の微笑みがすーっと淡くなっていく
「嗚呼っ!!!ああっ、行かないで……くれっ!
お願いだ……ッ!!!嫌だッ!ヤダ……嫌…だっ!」
あぁ、彼女が消える、消えてしまうッ……また僕の人生が冷たい灰色に包まれてしまう…。
最後に残った一粒を僕は震えた手の中で握りしめ、
すでに無気力となった腕を動かして、貪るように口にそれを頬張った
真っ暗闇の部屋の中、さっきこぼした水の水滴と僕の咽び泣くような荒息が染み渡っていく
これでまた…君にあえるね……
何もいらない
「LINE来てるでしょう?」
カフェで俺の向かいに座る彼女が疑惑の視線が刺さる
遠くからどんどん近づいてくるパトカーのサイレン
彼女がくる前に俺の座席の裏に隠れてもらった
今はブロンドのカツラでバッリメイクの女装した
彼女のお父さん、
さっきからカフェの窓越しに必死の形相で俺にハンドサインを送る親友
「ああ、、なんでもないよ」
嗚呼、もう俺はスマホを叩き割りたい、
アラームかよと言わんばかりに鳴り続けるLINEの通知
さっきからずっと俺に注文を取りに来るウェイトレス
もう俺にいったい何が起こっているんだ
俺が悪いのか?俺はただ、今朝のTVで見た占いを信じてラッキーアクションの"LINEで友人に謎のスタンプを送ろう"を実践しただけじゃないか!!
私が葉を分け入るように進むと同時に葉に乗った朝露の雫がホロホロとこぼれ落ちる。
朝霧の沈む静けさと、木々の間の淡い木漏れ日のなか群青、紺碧、暗紅色が視界に入ってはとうりすぎていく。
淡い白色の絹の日傘がかすかに葉をかすめた音がする
白磁の肌の上にうっすらとのった紅が私の名前をかすかに呼んだ気がする