お題《時間よ止まれ》
春は零れ落ち
花弁となって空へと逃げていく
魔王様と手にした日常が幻想でもいい
魔王様と交わした約束が自分にはちゃんとある
魔王様と紡いだ泡沫の日常は鮮やかに胸の奥で咲いている
リシュティアの手の中には暁の薔薇の花びらがある
涙の雫を吸ったその花が彼女に届けたのは
彼が生きた物語の証だった
すべては雨の日から始まった
どんな残酷な運命も夜明けに変わる
カタストロフィさえもそれは変えられない
《途中書き》
お題《君の声がする》
朱に染まりゆく空はまるで血
地上を煌々と燃やす炎の花が天をもあかくする
この夜《世》こそが地獄かもしれない
下弦の月が見下ろす夜
すべてが一変した
君の声が
君の声は
もう、きこえない
涙の雫をすすり
不変の覚悟を心奥に抱いて
ひたすら地を蹴る
いつもきこえていた君の声が
いつもはなしかけてくれた君の声が
この世から悪は絶対なくならない
何故ならばそれは――人間がこの世界にいるからだ。
俺はそれを良しとはしない。
でも君が。
君が――――望むから。
俺は。
俺のやり方で、この世を正す。
お題《ありがとう》
茜咲く季節に妖精の翅を見つけた
まれに人の国にも妖精は現れるらしい
人間の暮らしを学びに訪れるらしい
《らしい》というのは風のうわさで耳にし
この瞳でまだ、妖精を見たことはない
誰も彼もが妖精に憧れを抱き
妖精の物語を聞いてみたいと思っている
ある学者が言っていた
「この国には夢物語が必要だ。人は永遠ではいられない。時にはそんな夢見が、人を救うことだってある」のだと。
――その言葉が琴線に触れる
僕の無意味だとなんでも決めつける世界に
静かな水面に波紋を落とすように
《途中書き》
お題《そっと伝えたい》道標の塔、墓標の塔
森の海に眠る高く高く聳え立つ塔
草花が寂しくゆれ
錆びついた風景
凍りついた時間
塔の周りを風が巡る
風は真新しい香りを運び
時間をゆっくり解かしてゆく
いつの時代からあるか誰も知らないが
この塔の意味を誰もが知っている
それは今へと語り継がれる伝承のように
秋の終わり森は終焉を迎える準備へと移り変わる
絵描きの少年は家族のお土産の茶葉と焼き菓子を買い
帰路を急ぐ
いつもならいつも通りなのに、
この日は何故か違ったのだ
何かに誘われるように、
森へと誘われる
奥へ奥へと歩いていくと――塔があった
そして、その塔を無言のまま見つめる杖をつきたたずむ老婆と出会う
《途中書き》
お題《未来の記憶》
菫色の瞳は静かに水面を揺らす
それは合図
森の海の向こうに閉ざされた国
永遠の死を告げる死神蝶
邂逅の果てに蘇る
死季が始まり
国は永遠となる
その国は世界を揺るがす厄災となるだろう
先見の少年は《紫季》と名乗り
明日
明後日
遠い遠い先の果て
――あなたの命日も視ることができるという
しかしそれは同時に失うことを意味する
大切な者の、大切な記憶を
紫季は思う
望まれ先見をし
望まぬ真実を識った愚者たちは
彼を《紫の悪魔》だと罵る
この瞳は呪いの根源であり
相手にとっては必然
自分にとっては――――《贖い》であると
命の音がしない冬の森で
ひとり聴く悪夢は
永遠に紡がれる罪の象徴であるのだと