お題《太陽の下で》
花の香りに包まれた揺り籠。
天窓から零れ落ちる光。
大きな窓から見渡せる庭には、陽光を受け煌めく薬草の庭。奥の方には果樹園もある。日頃から丁寧に世話をされているのだと見ればわかる、生命力にあふれた豊かな庭だが――ただ、その姿を一度もまだ、見たことがないのだ。
その代わりに。いつもテーブルに、手紙が置いてあった。
《クロックムッシュ、木いちごのパイを今日は焼いたから庭のカフェスペースで食べて》
《今日は星がたくさん流れる。庭に落ちた星の欠片を集めておいて。明日をお楽しみに》
とりとめのない、日常の手紙。
私は今日も筆をとる。
私の知らない誰かへ。
お題《柔らかい雨》
いつも雨は、嫌な記憶をつれてくる。
星空の町から遠ざかる果ての町で生まれた。
星空の町には、星読み姫がいる。星の姫は、夜の底で煌めくひとしずくの光――星神から遣わされた救いだと云われている。
「ねぇ星の姫が泣くと、流れ星になるって云われてるけど本当なのかな」
「さあな」
幼馴染みのロトアがぶあつい本を片手に、星のようにきらきらとした瞳でこちらを見てくる。
「レンは興味ないの?」
《星の姫》――よく星を読んで聞かせてくれた。
今も心に降る流れ星の雨。
彼女の光に満ちたその笑顔。
忘れられない月灯りの雨を浴びて、交わしたひとひらの言の葉。
落ち着かないのは、全部――彼女のせいだ。
お題《紅茶の香り》
金木犀の雨が蜂蜜色の屋根に降る。聖域のように澄んだ沈黙の空間。
ここは、《アルカナの箱庭》と呼ばれる異世界の果てにある――紅茶と伝承の、《鳥籠》。
「紅茶の本、ティーセット、駄々広い茶畑……でも来客者なんて滅多にこない――どうしてなの?」
黄昏色の髪から覗く星と月の青銀に輝くピアスをした、少し気怠げな少年は答えない。
「ここには、何があるの?」
「俺は何も識らない」
「ここに住んでいながら? もういいわよ、勝手にするから!」
「――識らない方がいい」
お題《束の間の休息》
冬の果ての国。
月のない夜のランプ代わりは、ひとりの青年だった。
月が巡らない夜は、彼が月の代わりを果たす。
「ねえ」
「ん?」
夜闇に浮かぶ青年が、下でぶ厚いマントを羽織った震える少女に視線を落とす。
「寒くないの?」
「ああ、不思議なことにな。この身体はもう空白だな――月の代わりは名誉だ何だもてはやされたけど……でもそれは、俺の中の何かが枯れてゆくんだ」
少女は、その刹那寒さを忘れた。
それほどまでに、青年のその言葉は、深く深く切なさを帯びていた。
お題《静寂に包まれた部屋》
柑橘の香りが咲いている。冬の澄んだ空気のようにキリリとした、心に新鮮な風を運んでくれるわたしの好きな香りだ。
植物図鑑を読みながらダージリンの紅茶で優雅な休息。
静寂に包まれた部屋は、森に似ている。
だからこんなにも居心地いいんだろう。