お題《友情》
切っても切っても、きれないもの。
「魔王様〜今日の夕食は鶏肉のオレンジソテーだって」
部屋いっぱいに明るい声が響く。呼ばれた少年が、本から顔を上げる――淡い金色の髪に、サファイアの瞳。まるで《絵本の世界》からそのまま出てきたような見た目は、見る者を惹きつける。
《雨の中にいた記憶のない少年》――ユーリも、ここ暁の城に置いてもらっている身である。そしてここへ連れてきた少女は、リシュティア。笑顔の可愛らしい少女だ。
傍らに置かれた絵本を見、リシュティアが嬉しそうに言った。
「これクゥちゃんが描いた絵本だ!」
「姫も見るか? 新作だそうだ」
「――あ、ふふ」
「気づいたか」
少女が思わず笑みをこぼした理由を、ユーリは知っている。
「やっぱり、絵本の世界でもふたりは仲よしなんだね」
「だな」
やさしい眼差しの先には、いつもあのふたりがいる。
「クゥちゃんたち待ってるから、いこう魔王様」
「そうだな。待たせたらクオイがうるさい」
手をつないで、部屋を後にする。きっと、今日の夕食もにぎやかだ。
お題《花咲いて》
どんな闇さえも包み込んで、夜明けに変えていく。
その笑顔が曇ることのないように。
「ひめひめー! 会いたかったよ〜」
「わっ」
暁の城への訪問者――西の地方に住まう砂糖菓子工房を持つ少女は、リシュティアを猫のように可愛がり、代々城へ砂糖菓子を献上し、数多の地を駆け回る。
こう見えて、凄腕の少女なのだ。
「今日はどうしたの?」
「えへへ。なんでだと思う? ヒントはねぇ、あなたのそばにいる……あなたを溺愛するお兄さまたちよ」
「お兄さま?」
ちらりと少女は、ルシュラとクオイに視線をやる。
(でもひめひめは私のよ)
「……あー俺とルーくんのことだよねえ」
「もしかしなくても、そうだろう」
前も誰かに言われた苦い記憶がある。離れた場所で、少女とリシュティアを見守っていたふたりは、苦笑いを浮かべるしかない。
「ふふん、頼まれてたイチゴの宝石だよ、はいひめひめ」
「……きらきらしてる」
袋から取り出された砂糖菓子に、リシュティアは瞳を輝かせ――ルシュラとクオイを見る。
「クゥちゃん、ルシュ、ありがとう! 大切に食べるね」
部屋に、花が咲く。
彼女の笑顔は、春を呼ぶ。
「……まいったな」
「……ほんとうに」
彼女の笑顔は砂糖菓子。
お題《もしもタイムマシンがあったら》
名言――迷言? クオイはリンゴマニアである。
今日も暁の城は平和だ。ルシュラが使用人が淹れてくれた紅茶を飲みながら読書をしていると、またまた扉が強く開け放たれる。
「ルーくん! 俺未来いきたい!!」
ルシュラは一瞬ぽかんとし、それはすぐため息に変わる。毎度の事ながら、クオイにはふりまわされる。そして――意味がわからない。
「どうして、その答えにいき着いたのか、その理由を言え」
「ええ〜」
ルシュラは努めて冷静を心がけながら、とりあえず話を聞いた(しかたなく)。
想像しよう、そうしよう。
やはり、クオイはクオイである。
「絶対未来のリンゴの木は、とってもとってもなくならなくて、すぐまた実がなると思うんだ! こーんなでっかいリンゴがあるんじゃないか?!」
スケッチブックにでかでかと描かれたリンゴをえんえんと見せられるし、身振り手振り説明してくれるが――ルシュラは興味がなかった。
リンゴにしか興味がないクオイの話は、ルシュラでも食わない。
お題《今一番欲しいもの》
男クオイには欲しいものがある。
それは――。
「だめだ」
「リンゴの1000個や2000個くらい、べつにいいだろ! ルーくんのひとでなし!」
「良くないに決まってるだろう! だいたいこの前あったリンゴの山はどうしたんだよ?」
「全部アップルパイにして、食べてやったぜ」
「ドヤった顔をするな」
ここは暁の国。早朝から城内に響き渡った声の主はクオイ。――城に居候している、一応僕の親友だ。そして、世間で知らない人はいない有名な絵本作家でもある。
僕? 僕はここの国の王で、ルシュラという。毎日仕事とクオイの世話におわれている(いや、おわされているが正しいな)。
そこへ――。
「ルーシューラっ」
「リシュ」
駆けてきて、勢いよく抱きつくリシュティアを受けとめる。彼女は――《暁の姫》と呼ばれている少女で、僕の大切な存在だ。彼女もまたここへ居候していて、妹のように想っている。
夜空を思わせる長い髪に、ローズクオーツのワンピース。
そして、花のような笑顔。
「みてみてールシュの顔描いたの」
そこに、クオイが詰め寄る。
「えー俺は俺は?」
「あ、描くの忘れちゃった」
彼女の一言にまたわめきだすクオイは放置し、僕は思わずふっと笑ってしまう。そして、あらためて彼女にお礼を言った。
「ありがとう」
「うん!」
僕の、本当に欲しいものは――。
お題《私の名前》
はじめてのおくりもの。
この世で、たったひとつの――。
《名》とはおのれの意味であり、だれかが呼ぶための名だ。存在意義であり、生きていくために必要なもの。
でもわたしは名が無いから、だれにも呼ばれない。捨て子で、どこかの屋敷に拾われて、名前は必要ないと言われ番号で呼ばれる。わたしの他にも色んな子がいて、同じように番号で呼ばれる、それが《あたりまえ》。
そしてまたいらなくなったら捨てられ、また拾われてのくりかえし。もう、あきたの。それくらい《あたりまえ》なんだわたしたち《ドール》は。
人が楽をするためだけに生まれ、生きている屍。
偽りでもいい。
愛されなくてもいい。
《わたし》の居場所がほしい。
だって、名前は居場所でもあるから。
それは、ある日突然世界を変える。
大きな屋敷の広いお庭。光あふれるこの楽園で、ご主人様はわたしに微笑む。
「ローズクオーツからとって、《ローズ》はどうだ? おまえにぴったりだと思うんだ」
光のしずくがこぼれ落ちる。
ご主人様がくれた楽園は――わたしの凍った心をとかしてくれた。