お題《今一番欲しいもの》
男クオイには欲しいものがある。
それは――。
「だめだ」
「リンゴの1000個や2000個くらい、べつにいいだろ! ルーくんのひとでなし!」
「良くないに決まってるだろう! だいたいこの前あったリンゴの山はどうしたんだよ?」
「全部アップルパイにして、食べてやったぜ」
「ドヤった顔をするな」
ここは暁の国。早朝から城内に響き渡った声の主はクオイ。――城に居候している、一応僕の親友だ。そして、世間で知らない人はいない有名な絵本作家でもある。
僕? 僕はここの国の王で、ルシュラという。毎日仕事とクオイの世話におわれている(いや、おわされているが正しいな)。
そこへ――。
「ルーシューラっ」
「リシュ」
駆けてきて、勢いよく抱きつくリシュティアを受けとめる。彼女は――《暁の姫》と呼ばれている少女で、僕の大切な存在だ。彼女もまたここへ居候していて、妹のように想っている。
夜空を思わせる長い髪に、ローズクオーツのワンピース。
そして、花のような笑顔。
「みてみてールシュの顔描いたの」
そこに、クオイが詰め寄る。
「えー俺は俺は?」
「あ、描くの忘れちゃった」
彼女の一言にまたわめきだすクオイは放置し、僕は思わずふっと笑ってしまう。そして、あらためて彼女にお礼を言った。
「ありがとう」
「うん!」
僕の、本当に欲しいものは――。
お題《私の名前》
はじめてのおくりもの。
この世で、たったひとつの――。
《名》とはおのれの意味であり、だれかが呼ぶための名だ。存在意義であり、生きていくために必要なもの。
でもわたしは名が無いから、だれにも呼ばれない。捨て子で、どこかの屋敷に拾われて、名前は必要ないと言われ番号で呼ばれる。わたしの他にも色んな子がいて、同じように番号で呼ばれる、それが《あたりまえ》。
そしてまたいらなくなったら捨てられ、また拾われてのくりかえし。もう、あきたの。それくらい《あたりまえ》なんだわたしたち《ドール》は。
人が楽をするためだけに生まれ、生きている屍。
偽りでもいい。
愛されなくてもいい。
《わたし》の居場所がほしい。
だって、名前は居場所でもあるから。
それは、ある日突然世界を変える。
大きな屋敷の広いお庭。光あふれるこの楽園で、ご主人様はわたしに微笑む。
「ローズクオーツからとって、《ローズ》はどうだ? おまえにぴったりだと思うんだ」
光のしずくがこぼれ落ちる。
ご主人様がくれた楽園は――わたしの凍った心をとかしてくれた。
お題《視線の先には》
秋の雪がはらはらと散りゆく街は黄昏色に染まる。
切り取られた季節は繰り返す。
ある青年は言った。「ここは誰かの夢。誰かの季節。失いたくない、このままでいたい――“繰り返す”にはじゅうぶんだろう?」
ある少女は嘆いた。「想いは時に人を苦しめます。それでも想わずにはいられないでしょう、わたしたち人は」
ある少年は、それを絵に描きのこす。
「僕にできることは、絵を描くことだから。この街を描くんだ。それがきっと救いになるって信じてる」
誰かの夢。
誰かの季節。
たったひとりの誰かを救うことが、この季節の先に繋がるんだ。
お題《私だけ》
長い旅路の果ての足跡は 私が今まで歩んできた軌跡
誰にも歩むことなんてできない
私だけの旅
私だけの宝物
《あなた》だから、ここまで来れた
《あなた》だけの旅の
《あなた》だけの物語を聞かせて?
紅茶に星屑を落として 心地よい風に揺られて
物語は始まる――
お題《遠い日の記憶》
永遠に色あせないあの日の夢。
夢を語ったあの日――竜とはじめて、永遠の絆が生まれた。
竜を生涯の絆《パートナー》とし生きる竜黎《りゅうれい》の民。
ともに学び、ともに働き、ともに夢をみる、伝承の民。
だけど、俺とその竜は……。
竜は部屋の片隅に丸くなって眠っている。黎明を思わせる美しい色をした竜だ、いつも日常をともに過ごしてても――俺にはまったく興味がない。
「あのさ、レクイエムの丘の向こうに、美味しい月菓子の店ができたんだって。今度一緒に行ってみないか?」
竜は相変わらず何の反応も示さない。
……俺、どれだけこいつに嫌われてるんだろう。
本当は。本当はもっと、仲良くなりたいんだけど……。やっぱりうまくいかないよな。
俺の夢は――永遠に叶わないのかもしれない。
いつものように、レクイエムの丘へいくと、少年が笛を奏でていた。その傍らには夜色の竜がいる。この丘には竜が好きな花が咲いているから、いつも来るが――この少年とははじめて会う。
露が光る金色の花に囲まれた少年がこちらに気づく。
「こんにちは。ここはいいところだよね」
「……ああ」
一目でわかる。この少年と夜色の竜の、色あせない絆。一瞬たりとも揺らいだりしない、強い絆が。
「うらやましいな、君と竜の絆が。俺にはないものだ」
「――僕もはじめはそうだった。竜は永遠とも知れない長い時間を生きるもの、だからこそ大切なんだ絆は。あなたはどれほど竜と語った?」
「そ、それは」
少年は服の裾をひく夜色の竜の顎を撫でてやる。その表情は幸福に満ちていて、心にゆっくりと沁み渡っていくようだ。
「だったら、語ってあげて。あなたの夢を」
「夢を……?」
「うん、きっとあなたの竜もそれを待ってるんじゃないかな」
その言葉におされて、俺は竜に語った。
俺の夢を。
この日生まれた絆は永遠だ――。
あの少年と夜色の竜と会うことは二度となかったけれど、きっと夢を叶えることができたのなら――いつかまた。