椿灯夏

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7/21/2022, 11:31:47 AM

お題《今一番欲しいもの》


男クオイには欲しいものがある。


それは――。





「だめだ」

「リンゴの1000個や2000個くらい、べつにいいだろ! ルーくんのひとでなし!」

「良くないに決まってるだろう! だいたいこの前あったリンゴの山はどうしたんだよ?」

「全部アップルパイにして、食べてやったぜ」

「ドヤった顔をするな」



ここは暁の国。早朝から城内に響き渡った声の主はクオイ。――城に居候している、一応僕の親友だ。そして、世間で知らない人はいない有名な絵本作家でもある。


僕? 僕はここの国の王で、ルシュラという。毎日仕事とクオイの世話におわれている(いや、おわされているが正しいな)。



そこへ――。


「ルーシューラっ」

「リシュ」


駆けてきて、勢いよく抱きつくリシュティアを受けとめる。彼女は――《暁の姫》と呼ばれている少女で、僕の大切な存在だ。彼女もまたここへ居候していて、妹のように想っている。


夜空を思わせる長い髪に、ローズクオーツのワンピース。


そして、花のような笑顔。


「みてみてールシュの顔描いたの」


そこに、クオイが詰め寄る。


「えー俺は俺は?」

「あ、描くの忘れちゃった」



彼女の一言にまたわめきだすクオイは放置し、僕は思わずふっと笑ってしまう。そして、あらためて彼女にお礼を言った。



「ありがとう」

「うん!」




僕の、本当に欲しいものは――。



7/20/2022, 11:50:58 AM

お題《私の名前》


はじめてのおくりもの。


この世で、たったひとつの――。




《名》とはおのれの意味であり、だれかが呼ぶための名だ。存在意義であり、生きていくために必要なもの。



でもわたしは名が無いから、だれにも呼ばれない。捨て子で、どこかの屋敷に拾われて、名前は必要ないと言われ番号で呼ばれる。わたしの他にも色んな子がいて、同じように番号で呼ばれる、それが《あたりまえ》。


そしてまたいらなくなったら捨てられ、また拾われてのくりかえし。もう、あきたの。それくらい《あたりまえ》なんだわたしたち《ドール》は。



人が楽をするためだけに生まれ、生きている屍。



偽りでもいい。


愛されなくてもいい。



《わたし》の居場所がほしい。


だって、名前は居場所でもあるから。





それは、ある日突然世界を変える。



大きな屋敷の広いお庭。光あふれるこの楽園で、ご主人様はわたしに微笑む。



「ローズクオーツからとって、《ローズ》はどうだ? おまえにぴったりだと思うんだ」





光のしずくがこぼれ落ちる。



ご主人様がくれた楽園は――わたしの凍った心をとかしてくれた。



7/19/2022, 12:00:17 PM

お題《視線の先には》



秋の雪がはらはらと散りゆく街は黄昏色に染まる。


切り取られた季節は繰り返す。



ある青年は言った。「ここは誰かの夢。誰かの季節。失いたくない、このままでいたい――“繰り返す”にはじゅうぶんだろう?」



ある少女は嘆いた。「想いは時に人を苦しめます。それでも想わずにはいられないでしょう、わたしたち人は」



ある少年は、それを絵に描きのこす。


「僕にできることは、絵を描くことだから。この街を描くんだ。それがきっと救いになるって信じてる」





誰かの夢。


誰かの季節。



たったひとりの誰かを救うことが、この季節の先に繋がるんだ。



7/18/2022, 11:22:27 AM

お題《私だけ》



長い旅路の果ての足跡は 私が今まで歩んできた軌跡


誰にも歩むことなんてできない



私だけの旅


私だけの宝物



《あなた》だから、ここまで来れた


《あなた》だけの旅の


《あなた》だけの物語を聞かせて?



紅茶に星屑を落として 心地よい風に揺られて


物語は始まる――



7/17/2022, 11:51:03 AM

お題《遠い日の記憶》


永遠に色あせないあの日の夢。


夢を語ったあの日――竜とはじめて、永遠の絆が生まれた。




竜を生涯の絆《パートナー》とし生きる竜黎《りゅうれい》の民。


ともに学び、ともに働き、ともに夢をみる、伝承の民。




だけど、俺とその竜は……。



竜は部屋の片隅に丸くなって眠っている。黎明を思わせる美しい色をした竜だ、いつも日常をともに過ごしてても――俺にはまったく興味がない。



「あのさ、レクイエムの丘の向こうに、美味しい月菓子の店ができたんだって。今度一緒に行ってみないか?」



竜は相変わらず何の反応も示さない。



……俺、どれだけこいつに嫌われてるんだろう。


本当は。本当はもっと、仲良くなりたいんだけど……。やっぱりうまくいかないよな。


俺の夢は――永遠に叶わないのかもしれない。





いつものように、レクイエムの丘へいくと、少年が笛を奏でていた。その傍らには夜色の竜がいる。この丘には竜が好きな花が咲いているから、いつも来るが――この少年とははじめて会う。



露が光る金色の花に囲まれた少年がこちらに気づく。



「こんにちは。ここはいいところだよね」

「……ああ」


一目でわかる。この少年と夜色の竜の、色あせない絆。一瞬たりとも揺らいだりしない、強い絆が。



「うらやましいな、君と竜の絆が。俺にはないものだ」


「――僕もはじめはそうだった。竜は永遠とも知れない長い時間を生きるもの、だからこそ大切なんだ絆は。あなたはどれほど竜と語った?」


「そ、それは」


少年は服の裾をひく夜色の竜の顎を撫でてやる。その表情は幸福に満ちていて、心にゆっくりと沁み渡っていくようだ。


「だったら、語ってあげて。あなたの夢を」

「夢を……?」

「うん、きっとあなたの竜もそれを待ってるんじゃないかな」



その言葉におされて、俺は竜に語った。


俺の夢を。



この日生まれた絆は永遠だ――。



あの少年と夜色の竜と会うことは二度となかったけれど、きっと夢を叶えることができたのなら――いつかまた。



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