結城斗永

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12/11/2025, 9:02:38 AM

12/11 お題『ぬくもりの記憶』
明日まとめて投稿します🙇

12/9/2025, 10:44:14 PM

タイトル『魔法使いの凍った指先』

 俺、リクト。魔法使いの見習い――なんだけど、寒い日はぜんっぜんダメ。
 師匠が教えてくれる魔法は、指先の細かい動きが大切なんだ。だけど、外へ出たら、全身震えるくらい寒いんだから、そりゃ失敗もするさ。

 今日も師匠が戻るまでに雪掃除しとこうと思って、俺は指先をチョチョイと動かしたんだけど……。
「とりあえずこの辺だけでも……ほいっと!」
 簡単な『あたため魔法』を出そうとしたのに、指先が震えて違う魔法が出ちゃったみたいなんだ。

 目の前の雪がもこもこっと動いて、長い耳がぴょこっと生えて……。
「えっ、ウサギ!?」思わず声が出た。「うわぁ、そっち行っちゃダメ!!」
 雪のウサギは俺の声なんか無視して、ぴょんぴょんと通りの方に逃げていった。

 このままじゃ師匠に怒られる。雪のウサギを追いかけて走りながら、「今度こそ!」って指で修復魔法の印を結んだ。だけど、冷たい風でまた体がぶるっと震えた。
「やべっ!」
 魔法の光が変な形してたから、失敗だってすぐに分かった。でもその時には遅くて、魔法が当たった雪だるまがグググッて立ち上がる。
「俺の指、言うこと聞いて!」
 雪だるまも歩き出して、並んでた別のもついてくる。気がついたら三体、五体、十体と列ができてる。
 なんか街の中心に向かってるし、これはいよいよマズいぞ……。

 こうなったら、みんな一網打尽にしちゃおうって、束縛の魔法を出そうと指をくるくる回す。
『この魔法はト音記号に似ているので注意が必要です――』
 師匠の言葉を思い出した時には遅かった。
 楽器屋の扉が勢いよく開いて、トランペットも太鼓もアコーディオンも、宙に浮いて雪だるまの列に加わった。しかも、行進曲まで演奏し始める始末……。
 
 俺の焦りとは反対に、街の人たちは大喜びだ。
「すごーい!」「お祭りが始まった?」
 拍手して写真とか撮ってるし、子どもは楽しそうにはしゃいでるし。

 いっそ、街の人の記憶ごと消しちゃえば……。
 その魔法も言うまでもなく空回り。
 地面がメキメキ音を立てたと思ったら、街路樹の根っこがグイッと持ち上がって……。
 三メートルくらいある木が何本も雪だるまの後ろを歩き出した。
「はぁ、もう無理だ……。俺じゃ止められない……」
 師匠が帰ってきたら、絶対にイチから修行やり直しって言われるよ……。

 先頭で跳ねる雪のウサギに、雪だるまがドスドス続いて、上空では楽器隊が行進曲を演奏しながら、でっかい木が葉っぱに乗った雪をまき散らしてる。
 もうパレードだ。どう見てもおかしな状況なのに、街の人たちは怖がるどころか、ますます大はしゃぎ。
 いや、みんな楽しんでる場合じゃないんだけどな……。

「リクト……」
 後ろで低い声がして思わず背中がゾクッとする。寒さのせいじゃない……。
 ——師匠だ。
 あまりに静かで気づかなかった。いつからこの大パレードを観てたんだろう。
「留守の間に、ずいぶんと賑やかになりましたね……」
「ち、違うんです!」頭の中が真っ白になる。「寒くて指が震えて、魔法が変になって……止めようとしたらもっと変になって……」
 もう自分でも何言ってるかわかんない。

 ふとテンパってる俺の手の先が急にふわっとあったかくなった。
 顔を上げたら師匠が指先を俺の手に向けて、ぐるっとひと回ししてた。あの時失敗した『あたため魔法』。
 やっぱ師匠はすごいや……。震えてた手がじんわり、とろけるみたいで、しびれていた手がゆっくり生き返っていく。
「これでもう指は震えないでしょう」
 師匠は静かに言った。
「これはあなたがまいた種です。事態を収めるのもあなたの仕事ですよ」
 心臓がキュッとなる。また失敗しそうで怖かった。本当は逃げたいし、この場から消えちゃいたい。
 でも——俺は魔法使いになりたいんだ。

「……はいっ!」
 俺は人差し指を掲げて、師匠に教えてもらった正しい指の形を思い出しながら空をなぞった。
 ひとつずつ魔法が解けていく。雪だるまはその場で動かなくなって、楽器も静かに楽器屋へ戻っていった。元の場所に歩いていく街路樹の後ろ姿もなんだか名残惜しそうだった。
 まるでパレードがあったのが嘘みたいに街は元通り。それでも人々は笑顔のままだった。
「すごいもの見たなぁ」「またやってほしい」
 いやいや、もうこりごりだよ……。

 足元で「キュー」と鳴き声がした。雪ウサギが赤い目でじっとこっちを見上げて、ちょこんと座ってる。
「おまえ……戻んなかったのか?」
 抱き上げると、冷たい雪なのに、不思議とあったかい。あまりに可愛いくて、雪に戻しちゃうのは気が引けた。
「あの、師匠……。この子、飼っちゃダメですか?」
「ちゃんと責任を持って育てるんですよ」
 俺はうれしくて雪ウサギの頭を軽く撫でた。散々な一日だったけど、この子が残ったなら、まあ、いいか。
「さて、稽古を始めましょう」
 師匠の言葉に気合が入る。
 冬の寒さはまだ続くけど、この相棒がいれば大丈夫。そんな気がしてちょっとだけ世界があったかくなった気がした。

#凍える指先 

12/9/2025, 1:36:13 AM

またもボリュームが大きくなって前後編に分かれてしまいました。
少し長いですが、どうぞ最後までお楽しみくださいませ🙇
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【雪幻の夜市(前編)】

 雪の降る夜になると、直哉の胸の奥はきしむように痛んだ。
 志乃が山道の崩落に巻き込まれて命を落としたあの夕暮れから、現し世はどこか薄い膜を隔てた向こう側の景色のように思われていた。それがよりにもよって、自分が頼んだ遣いの帰りであったという事実は、氷の刃となって喉の奥に刺さりつづけている。

 あのとき、今日でなくともよいと言えたなら。
 雪がやむまで待てと、ひと声かけられたなら――。
 どうあがいても過去は戻らぬと知りながら、叶わぬ想いばかりが雪片のごとく胸の底へと降り積もっていく。

 隣の部屋では、母が静かな寝息を立てている。
 最近はめっきり食も細り、床に臥す日も増えた。直哉は仕事から戻れば茶を淹れ、薬を飲ませ、手足を摩ってやる。そのあいだは幾ばくか志乃のことを忘れていられるのだが、夜更けに床へ入れば、しんとした冬の静けさが胸の堰を切り、抑えていた想いがあふれ出してやまない。

 ――家にいると、息が詰まる。
 直哉は外套を引っかけると、逃げるように戸口を出た。行くあてもないまま、白く塗りつぶされた坂道を下を向いて歩く。足音は雪に吸い込まれ、世界の音が遠のいていくようであった。

 どこかへ辿り着きたいという思いと、どこにも辿り着かなくてよいという諦めが、同じ場所でゆらゆらと揺れている。
 このまま歩き続けてしまえば、いっそ楽になれるのかもしれぬ。そんな危うい囁きが、胸の内で形を帯びはじめていた。

 どれほど歩いたころであったか。
 さらさらと、水の流れる音がした。

 雪深いはずの山間で、耳に馴染まぬ音である。直哉は顔を上げた。
 目の前に、見覚えのない川が横たわっていた。淡い雪明かりを受けて、水面だけが黒く揺れている。

 ――あそこが、いい。

 そのようなことを考えながら、その意味までを、直哉は深く追及しようとはしなかった。ただ、あの水の冷たさの中へ身を沈めてしまえば、胸に巣くう後悔も痛みも、ようやく静まるのではないかという感覚だけが、ぼんやりと灯をともした。

 川へ向けて一歩を踏み出した、そのときである。
 風が、突如として吹き上がった。雪は一斉に舞い上がり、視界は白い渦に飲まれる。直哉は思わず外套の袖で顔を覆った。

 風が凪ぎ、辺りがしんと静まり返る。
 直哉がおそるおそる顔を上げると、川のせせらぎははるか遠くに聞こえ、雪原のただ中に、提灯の灯りがいくつも浮かんでいた。
 小さな露店が細い路地のように並び、その一軒一軒から柔らかな光と、かすかな湯気のようなものが立ち上っている。どこか縁日のようでいて、しかし喧騒というものがまるでなかった。

 近づいてみると、店先には白い影がひとつ立っていた。輪郭だけは人の形をしているが、顔立ちは霞のように曖昧である。その影が、小瓶を一つ差し出した。

 蓋を少し開けると、甘やかな香りがふわりと立ちのぼった。
 志乃の香りであった。

 抱きしめたとき、胸もとにそっと残った、あの微かな匂い。
 最後の日、外套の襟を直してやったとき、うなじのあたりからふわりと漂ってきた香り。その一瞬の温みまでが、鮮やかに蘇る。

 胸の内側を、焼けた手で握られたような痛みが走った。
 志乃の笑い声、冬の日溜まりの中で並んで歩いた道、他愛もない言葉のひとつひとつが、香りに引き出されるように立ち上がる。

 いつの間にか、直哉の足は夜市の奥へと向かっていた。

 少し先へ進むと、露店の店先に小さな石の指輪が一つ、淋しげに置かれていた。古めかしさのある素朴な銀色の輪である。指を触れた途端、胸の中に別の声が満ちた。
 ――直哉、帰っておいで。
 母の声であった。

 幼い頃、凍える夜に毛布をかけてくれた大きな手。
 最近はその手もやせ細り、箸を持つ指の力も心許ない。それでも、こちらを見上げるときの笑顔だけは直哉の幼い頃のままのように思えた。
 ここまで育ててくれた恩。弱りつつあるその肩を、今度は自分が支えねばならぬはずである。その思いが、指輪の冷たさに触れた掌の内側から染み出してきた。

 直哉の足は、夜市の入口の方へふいに引き戻されるようだった。
 夜市の奥に感じる志乃の気配と、入口の薄明かりに漂う母の面影が、どちらも彼を呼び止めている。
 生と死のあわいで、心がふらつく。
 雪の冷たさだけが、かろうじて身体をこの側につなぎとめていた。

 そのとき、耳の後ろで細い音が一筋、雪の夜気を震わせ、直哉は思わず息を呑んだ。確かに聞き覚えのあるその音に、直哉の心は強く引き寄せられていくのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【雪幻の夜市(後編)】

 雪原の静けさを裂くように、その音はたしかに響いていた。
 遠くとも近くともつかぬ、澄んだ旋律。風に触れながらもかすれぬその響きは、直哉の胸の奥に眠っていた記憶を、そっと指先で撫でるように揺らした。

 オルゴールの音色。
 志乃が好んだ、あの優しい調べに似ている。

 直哉は無意識のうちに足を前へ運んでいた。
 石の指輪の温もりはまだ掌に残っている。だが、その温もりよりも強く、音色の方が彼を引き寄せる。

 露店の列の奥、白い影が小ぶりな木箱の蓋を静かに開いていた。
 そこからこぼれ落ちる音の粒ひとつひとつが、直哉の心のひだを淡く照らし出す。

 志乃と過ごした冬の夜が、音色とともに甦る。
 肩を寄せあい、布団の中で聴いた微かな調べ。
「この音、胸が温かくなりますね」と照れたように笑った志乃の横顔。

 直哉はオルゴールを手に夜市の奥へと歩みを進めた。緩やかな下り坂が自然と直哉の足取りを速めていくようだった。 
 目前の川では、提灯の灯りが川面に揺れ、対岸には、のれんのかかった宿屋のような建物が見える。
 ふと、川の向こう岸に、人影が一つ立っているのが見えた。

 雪ごしでも、その佇まいは志乃のものに違いないと直哉には思われた。
 肩の線、髪の揺れ方、両手の組み方。輪郭こそ朧げだが、未練がふくれあがるほど、その形は少しずつ確かになってゆく。

 直哉は、吸い寄せられるように川べりへ歩み寄った。
 水音が、足もとで細かく跳ねる。
 あと一歩で、冷たい流れへ足を踏み入れられるところまで近づいたときである。

 握りしめていた石の指輪が、掌の中でふっと温もりを帯びた。

 ――直哉。

 遠くで、母の声がしたように思えた。
 その声が、川のせせらぎにはっきりとした輪郭を与え始める。
 いまも志乃の影は、向こう岸で静かにこちらを見つめている。呼ばれているようでもあり、見送られているようでもあった。指先を伸ばせば、その腕に触れられるのではないかという錯覚が、胸を締めつける。

 一歩、前へ。
 いや、と直哉は思い直した。

 ここで足を踏み入れれば、志乃に会える代わりに、母のもとへ戻る道を、自ら断つことになるのだろう。そう理解した瞬間、足がどうしても前へ出なかった。

 ​直哉は、ゆっくりと後ろへ下がった。
志乃の姿は、雪の帳の向こうで、やはりその場を動かない。呼びかけることも、手を振ることもない。ただ静かに、直哉の選択を見守っているようだった。
 ​川のせせらぎは、現実の音として耳に響きながらも、遠くで鳴るオルゴールの旋律と、奇妙なほど調和していた。
 ​直哉が、握りしめた指輪を胸元に当て、大きく息を吐き出した、その一瞬。
 夜市の奥、露店から立ち上っていた柔らかな光が、一つ、また一つと、蝋が尽きるように力を失っていく。
​ オルゴールの音も、巻かれたぜんまいが尽きたように、途切れ、やがて完全に沈黙した。
 ​強く吹いた風に雪の粒が舞い上がり、世界が再び白い幕に包まれる。直哉は外套で顔を覆った。

 風がやんだとき、先ほどまでの夜市の灯りは跡形もなかった。
 しかし、川の流れる音だけは、背後の暗がりの中でなお続いている。
 振り向けば、あの水面がまた見えてしまうような気がして、直哉はあえて前だけを見て歩きだした。
 遠くに見える村の灯り。その中で彼を待つ母のために。

 あの夜からしばらくの時が経ち、直哉の生活は普段どおりに戻りつつあった。
 朝になれば起き、仕事へ出かけ、帰れば母の手伝いをする。茶を淹れ、薬を飲ませ、床に入る。そうした営みの一つひとつが、細い糸のように直哉をこの側へ繋ぎとめているのだと、頭では分かっている。

 それでもふとした折に、あの夜市のことを思い返すことがある。
 冬の街角で、見知らぬ女の纏った香水の奥に、志乃の匂いがかすかに香るとき。
 古道具屋の前を通り、擦り切れたオルゴールの音色の陰に、志乃の囁きが僅かに混じるとき。
 胸の奥では、あの雪の夜の灯りと川の気配が、ひそやかに息を吹き返すのであった。

 もしあの夜、もう一歩だけ前へ出ていたなら――。
 自分は川を渡り、志乃の腕の中で、冬の冷たさも痛みも忘れていたのだろうか。

 そう考えてはならぬと思いながらも、直哉はなお、川の向こうを想像してしまう。志乃が微笑み、抱きとめてくれる姿を。現し世の雪とは異なる、どこかあたたかな白の中へ沈んでゆく自分を。

 あの夜の灯りと川の気配は、いまも直哉の胸の内に消えずに残っている。
 いまも隣で眠る母を置いて、あの雪原へ足を運びたくなる衝動を抑え、深々と降る雪の音を聞きながら、直哉は静かに目を閉じ床につくのだった。

#雪原の先に

12/7/2025, 7:38:25 PM

タイトル『白い息』

 冬っておもしろい。はぁ〜って息を吐くと、口から煙が出たみたいに白くなる。ぼくはそれが魔法みたいで楽しくて、寒い日がちょっと待ち遠しかったんだ。
 でも先生が、それは空気が冷たいからだって言ってたのを聞いて、魔法じゃなかったんだって少しだけショックだった。

 とっても寒い日、ぼくは学校から帰る途中で、手袋が片方だけポツンと落ちているのを見つけた。小さな子ども用の手袋で、毛糸で編まれてるやつ。
 拾おうと手を伸ばしたんだけど、ぼくの前を通ったおじさんの足がその手袋をギュって踏んづけてった。おじさんは気がつかなかったみたいに、そのまま歩いて行っちゃった。おじさんの背中は冷たい空気に固められたみたいにクルンと丸まってた。
 地面に落ちてる手袋に黒い足跡がついてて、なんだか胸がキュッと冷たくなった。
 はぁ~って口から出てきた息は、悲しい感じがして、いつもよりも白い気がする。
『息が白いのは、空気が冷たいからだよ』
 先生の言っていたのを思い出す。
 空気が冷たいと、みんなの心も冷たくなるのかな。息が白くなるたびに、ぼくの胸の奥がチクリと痛くなった。

 ぼくは手袋を拾って、近くの交番に届けてあげた。この手袋がなくて手が冷たくなってる子がいるかもしれないからね。
 おまわりさんは「えらいね」って言って、温かい手でぼくの頭をなでてくれた。

 お家に帰ったら、おかあさんは晩ごはんの準備をしていた。おかあさんの後ろでお鍋がグツグツ音を立てて、モクモク湯気をあげてる。おうちは暖かくて心がホッとする。
「おかえり。何かあったの?」
 おかあさんは、ぼくの『ただいま』の声を聞いただけでそう言った。おかあさんはなんでもお見通しだ。
「うん。手袋が落ちてたの」
 ぼくがそう言うと、おかあさんはコンロの火を小さくして、ゆっくりとぼくのほうへ歩いてきた。
「手袋が落ちてて、おじさんに踏まれて黒くなってた」
 あの時の手袋が頭の中に浮かんできて、また少し悲しくなった。
「だから、交番に届けてあげたんだ」
 ぼくがそう言うと、おかあさんはニコっと笑った。
「そっか。善いことしたね」
「うん!……でも、なんかおじさんは冷たいなって思った」
 おかあさんは少し考えて、それからぼくの肩に手を置いた。
「おじさんは心が急いでいたのかもね」
 心が急ぐと冷たくなっちゃうのか。

「ねえ。どうして息が白くなるか、知ってる?」
「空気が冷たいからって先生が言ってた」
 ぼくははぁ~って息を吐く。いまは部屋が暖かいから息は白くならない。
「そう。でもね、息が白くなるのは、あなたの吐く息が温かいからなんだよ」
 後ろでお鍋の湯気がモクモクと上がる。そっか、あの湯気とおんなじなのか。
 おかあさんがぼくの胸に手を当てた。
「まわりが冷たいなって思った時は、胸に手を当てて、自分の温かさに気づいてあげて」
 なんだかよくわからなかったけど、自分の胸に手を当ててみたら、トクトク心臓がなってて、ポカポカ温かい気がした。

 次の日の朝、お家を出た瞬間、寒さに体がブルッと震えた。両手が一気に冷たくなって、ぼくは思わずはぁ~って息を吐く。昨日、おかあさんが言ってたとおり、ぼくの息は温かかった。
 両手をこすると手のひらが少し温かくなった。このくらい手が温かかったら、みんなのことも温かくできるかな。
 ぼくは、みんなの心が冷たいなって思った時に、温かい心でみんなを助けられる人になりたいな。
 はぁ~と空に吐いた息は今日も白かった。でもそれは昨日食べたお鍋の湯気みたいに、モクモクとまわりの空を温めている気がした。

#白い吐息

12/6/2025, 10:39:00 PM

12/5『きらめく街並み』
12/6『消えない灯り』
2日分まとめて投稿します。
少し長くなりますが、最後まで読んでいただけたらうれしいです🙇

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◆タイトル『ありがとうに光る街(前編)』

その昔、世界の片隅にある小さな街の外れに、リヒトという十歳の少年が住んでいました。リヒトは少し引っ込み思案な性格で、人と話すのがあまり得意ではありませんでした。
リヒトの日課は、街で唯一の楽器屋さんのショーウインドウ越しに、店内に飾られた青いオカリナを眺めることでした。
『吹けばたちまち人気者』
そのオカリナに添えられたカードの言葉に、リヒトは自分がそのオカリナを吹いている姿を想像しました。楽器から流れ出すメロディに、リヒトの周りに人々が集まり、満面の笑みで手招きをしてくれるような気がしたのです。
「これが吹けたら、ぼくもみんなと仲良くなれるかな……」
リヒトはもう少し近くでオカリナを見たかったのですが、店に入る勇気はありませんでした。お金も持っていないのに、もし店主に声をかけられたらどうしよう。そんなことを思うと、ただただ外から見ていることしかできなかったのです。

ある日、いつものようにオカリナを眺めていたリヒトに、杖をついた老人が近づいてきました。
「このオカリナが欲しいのかい?」
老人の声にリヒトはドキリとして、つい下を向いてしまいます。
「……うん。でも、僕には……」
リヒトは老人に返事をしようとしましたが、言葉がうまく出てきません。
老人はそんなリヒトの様子を見て、懐から小さなガラス玉を取り出すと、静かに微笑みながらそれをリヒトに手渡しました。
「あ……ありがとう……」
リヒトの手には小さなスノードームがコロンと収まっていました。軽く降るとガラスの中でキラキラと白い雪が舞い、その中に小さく作られた街が静かに佇んでいます。
「これをお持ちなさい。この街が光で満ちたとき、君の願いはきっと叶うはずじゃ」
老人の言葉を聞いてリヒトが不思議そうに首を傾げると、彼は杖の先で近くにいたおばあさんを指し示します。
「まずはあのおばあさんに、声をかけてごらんなさい」
老人に言われるがまま、リヒトは胸をどきどきさせながらも、おばあさんに近づいていきました。
途中で怖くなって振り返ると、そこにはすでに老人の姿はありません。しかしどこからかあの老人の声だけが耳に響いてきます。
――大丈夫。勇気を出して……。

「こ、こんにちは……」
リヒトが勇気を出して声をかけると、おばあさんは少し疲れた笑みを浮かべました。どうやら荷物が重たくて困っているようです。
「……運びましょうか?」
リヒトはそう言っておばあさんの荷物を手に取ると、近くの馬車まで運んであげました。
「ありがとうねぇ、助かったよ」
馬車に乗り込んだおばあさんが笑みをこぼした瞬間、リヒトが持っているスノードームの中で、小さな家にぽつりと灯りがともりました。
リヒトは驚きましたが、胸の中にほんのりと温かさを感じました。

次の日、リヒトは市場で転んでいた少年を見つけて手を差し伸べてあげました。
「大丈夫?」
リヒトが尋ねると、少年は袖で涙を拭いながら「うん、ありがとう」と頷きました。
すると、スノードームの真ん中に立っていたツリーに灯りがともります。

その後も、パン屋の煙突掃除を手伝ったり、坂道で農夫の荷車を押してあげたりと、リヒトが人助けをするたびに、街の人々は「ありがとう」と感謝の言葉を告げ、スノードームの街は明るさを増していきました。

その日の帰り道、リヒトがいつもの楽器屋さんでオカリナを眺めていると、店の中で店主が木箱を棚の上に上げられずに困っていました。
リヒトは思いきって店に入り、店主に声をかけます。
「僕もお手伝いします!」
気づけば声を出すのも怖くありません。リヒトは木箱を持ちあげる店主をしっかり支えてあげました。
「ありがとう。とても助かったよ」
店主はそう言うと、トコトコと店の中を走ってリヒトが夢にまで見たあの青いオカリナを持って戻ってきました。
「いつもこのオカリナを見ていた子だね。これはキミにプレゼントするよ」
リヒトは嬉しさのあまり「ありがとう」と満面の笑みを浮かべながら腕を大きく振り上げました。
その瞬間、スノードームの中で、白い雪がふわりと舞い上がり、スノードームを満たしていた光でキラキラと輝きました。

#きらめく街並み

◆タイトル『ありがとうに光る街(後編)』

リヒトはオカリナとスノードームを手に、ルンルン気分で楽器屋をあとにしました。
――早くこのオカリナを披露して、みんなと仲良くなりたいな。
その時です。
カアッ――と甲高い鳴き声をあげながら、黒いカラスが空からやってきて、リヒトの手からオカリナとスノードームを奪って飛び去ったのです。
「まって……!」
リヒトは必死で追いかけましたが、カラスは街の中を飛び回り、追いつくことができません。
カラスがスノードームに爪を立てるたび、中からはガラスの欠片や雪がぱらぱらと落ち、街じゅうに散らばっていきました。

リヒトが諦めかけたその時、あちらこちらから街の人々が顔を出し、一緒にカラスを追いかけ始めました。
転んでいた少年やパン屋の主人、荷車の農夫、それに楽器屋の店主もみんなで手分けしてカラスを追い詰めていきます。
ついにカラスは疲れたのか、オカリナとスノードームをポトリと落として飛び去っていきました。

オカリナは無事でしたが、カラスに振り回されたスノードームは、ガラスも粉々に砕け散り、土台を残して中身は空っぽになってしまいました。もちろん、あの光もどこかへ消えてしまいました。

リヒトはとても悲しくなりましたが、街の人々の手助けに溢れる思いは止まりません。
「みんな……ありがとう」
リヒトが涙ぐみながらそう口にした――その瞬間でした。
まるでリヒトの言葉に反応するように、街のあちこちに散らばったガラス片が、ぽつ、ぽつ……と光りはじめたのです。
家の壁、屋根の上、木々の葉や石畳の水たまりまで。そのどれもが小さな星のように輝き、やがて街全体が静かなイルミネーションに包まれたのです。

「うわぁ、とてもきれい」
リヒトは思わず街を見渡しながら声を上げました。
街の人々もその美しい光景にキラキラと目を輝かせながら、しばらくじっと辺りを見渡したまま動くことができません。
しばらくしてパン屋の主人がポンと手を叩いて言いました。
「そうだ、今日はこの光の下で、みんなそろってパーティーを開きましょう」
街の人々は皆、パン屋の主人に賛同し、街は再び賑やかな活気に包まれました。

その夜、広場には続々と街の人々が集まりました。
パン屋の主人が持ち寄った香ばしいパンの香りと、農夫の作った野菜スープの湯気が、広場を満たすように漂います。
広場の中央では、楽器屋の主人が街の楽器仲間と集まって、小さな演奏会が始まります。
その傍らで、街の子どもたちも踊りながら歌を歌います。その中にはあの転んで泣いていた子どもの姿もありました。
「リヒトくんもこっちに来て一緒に踊ろうよ」
リヒトは誘われるままに踊りの輪に入ります。リヒトはとても楽しくて、ポケットから取り出したオカリナを奏で始めます。
オカリナのふわりと柔らかい音色が、アコーディオンやチェロの音と混ざり合いながら、街に響き渡りました。
その瞬間、街の光が一段と強く煌めき、まるでリヒトの演奏に合わせて鼓動しているかのようでした。
とても賑やかで温かい雰囲気が広場を包みます。あの日、楽器屋の前で思い描いた光景が、いままさにリヒトの目の前に広がっていたのです。
 
ふと、リヒトは人々の賑わいの向こうに、コツンと杖が地面を打つ音を聞いたような気がしました。
リヒトが音の方に目をやると、きらめく光の中であの老人が静かに微笑みながら立っていました。その肩にはあの黒いカラスがちょこんと大人しくとまっています。
「リヒトくん、今度オカリナ教えてよ」
一緒に踊っていた子どものひとりが、そう言ってにこりと笑います。
「うん、もちろん!」
リヒトも胸を張って笑顔を返しました。
気づくとあの時のように老人の姿はどこかへ消えていましたが、まるでこの街の温かい空気の中に溶けているかのように、老人の気配は賑わいの中に漂い続けていました。
その夜、街に溢れる「ありがとう」のきらめきは、消えることなく灯り続け、祭りは朝まで続きました。
そして、その日から、リヒトも毎日感謝を忘れずに、自分に自信を持って生きられるようになりましたとさ。

めでたし。めでたし。

#消えない灯り

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