12/5『きらめく街並み』
12/6『消えない灯り』
2日分まとめて投稿します。
少し長くなりますが、最後まで読んでいただけたらうれしいです🙇
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◆タイトル『ありがとうに光る街(前編)』
その昔、世界の片隅にある小さな街の外れに、リヒトという十歳の少年が住んでいました。リヒトは少し引っ込み思案な性格で、人と話すのがあまり得意ではありませんでした。
リヒトの日課は、街で唯一の楽器屋さんのショーウインドウ越しに、店内に飾られた青いオカリナを眺めることでした。
『吹けばたちまち人気者』
そのオカリナに添えられたカードの言葉に、リヒトは自分がそのオカリナを吹いている姿を想像しました。楽器から流れ出すメロディに、リヒトの周りに人々が集まり、満面の笑みで手招きをしてくれるような気がしたのです。
「これが吹けたら、ぼくもみんなと仲良くなれるかな……」
リヒトはもう少し近くでオカリナを見たかったのですが、店に入る勇気はありませんでした。お金も持っていないのに、もし店主に声をかけられたらどうしよう。そんなことを思うと、ただただ外から見ていることしかできなかったのです。
ある日、いつものようにオカリナを眺めていたリヒトに、杖をついた老人が近づいてきました。
「このオカリナが欲しいのかい?」
老人の声にリヒトはドキリとして、つい下を向いてしまいます。
「……うん。でも、僕には……」
リヒトは老人に返事をしようとしましたが、言葉がうまく出てきません。
老人はそんなリヒトの様子を見て、懐から小さなガラス玉を取り出すと、静かに微笑みながらそれをリヒトに手渡しました。
「あ……ありがとう……」
リヒトの手には小さなスノードームがコロンと収まっていました。軽く降るとガラスの中でキラキラと白い雪が舞い、その中に小さく作られた街が静かに佇んでいます。
「これをお持ちなさい。この街が光で満ちたとき、君の願いはきっと叶うはずじゃ」
老人の言葉を聞いてリヒトが不思議そうに首を傾げると、彼は杖の先で近くにいたおばあさんを指し示します。
「まずはあのおばあさんに、声をかけてごらんなさい」
老人に言われるがまま、リヒトは胸をどきどきさせながらも、おばあさんに近づいていきました。
途中で怖くなって振り返ると、そこにはすでに老人の姿はありません。しかしどこからかあの老人の声だけが耳に響いてきます。
――大丈夫。勇気を出して……。
「こ、こんにちは……」
リヒトが勇気を出して声をかけると、おばあさんは少し疲れた笑みを浮かべました。どうやら荷物が重たくて困っているようです。
「……運びましょうか?」
リヒトはそう言っておばあさんの荷物を手に取ると、近くの馬車まで運んであげました。
「ありがとうねぇ、助かったよ」
馬車に乗り込んだおばあさんが笑みをこぼした瞬間、リヒトが持っているスノードームの中で、小さな家にぽつりと灯りがともりました。
リヒトは驚きましたが、胸の中にほんのりと温かさを感じました。
次の日、リヒトは市場で転んでいた少年を見つけて手を差し伸べてあげました。
「大丈夫?」
リヒトが尋ねると、少年は袖で涙を拭いながら「うん、ありがとう」と頷きました。
すると、スノードームの真ん中に立っていたツリーに灯りがともります。
その後も、パン屋の煙突掃除を手伝ったり、坂道で農夫の荷車を押してあげたりと、リヒトが人助けをするたびに、街の人々は「ありがとう」と感謝の言葉を告げ、スノードームの街は明るさを増していきました。
その日の帰り道、リヒトがいつもの楽器屋さんでオカリナを眺めていると、店の中で店主が木箱を棚の上に上げられずに困っていました。
リヒトは思いきって店に入り、店主に声をかけます。
「僕もお手伝いします!」
気づけば声を出すのも怖くありません。リヒトは木箱を持ちあげる店主をしっかり支えてあげました。
「ありがとう。とても助かったよ」
店主はそう言うと、トコトコと店の中を走ってリヒトが夢にまで見たあの青いオカリナを持って戻ってきました。
「いつもこのオカリナを見ていた子だね。これはキミにプレゼントするよ」
リヒトは嬉しさのあまり「ありがとう」と満面の笑みを浮かべながら腕を大きく振り上げました。
その瞬間、スノードームの中で、白い雪がふわりと舞い上がり、スノードームを満たしていた光でキラキラと輝きました。
#きらめく街並み
◆タイトル『ありがとうに光る街(後編)』
リヒトはオカリナとスノードームを手に、ルンルン気分で楽器屋をあとにしました。
――早くこのオカリナを披露して、みんなと仲良くなりたいな。
その時です。
カアッ――と甲高い鳴き声をあげながら、黒いカラスが空からやってきて、リヒトの手からオカリナとスノードームを奪って飛び去ったのです。
「まって……!」
リヒトは必死で追いかけましたが、カラスは街の中を飛び回り、追いつくことができません。
カラスがスノードームに爪を立てるたび、中からはガラスの欠片や雪がぱらぱらと落ち、街じゅうに散らばっていきました。
リヒトが諦めかけたその時、あちらこちらから街の人々が顔を出し、一緒にカラスを追いかけ始めました。
転んでいた少年やパン屋の主人、荷車の農夫、それに楽器屋の店主もみんなで手分けしてカラスを追い詰めていきます。
ついにカラスは疲れたのか、オカリナとスノードームをポトリと落として飛び去っていきました。
オカリナは無事でしたが、カラスに振り回されたスノードームは、ガラスも粉々に砕け散り、土台を残して中身は空っぽになってしまいました。もちろん、あの光もどこかへ消えてしまいました。
リヒトはとても悲しくなりましたが、街の人々の手助けに溢れる思いは止まりません。
「みんな……ありがとう」
リヒトが涙ぐみながらそう口にした――その瞬間でした。
まるでリヒトの言葉に反応するように、街のあちこちに散らばったガラス片が、ぽつ、ぽつ……と光りはじめたのです。
家の壁、屋根の上、木々の葉や石畳の水たまりまで。そのどれもが小さな星のように輝き、やがて街全体が静かなイルミネーションに包まれたのです。
「うわぁ、とてもきれい」
リヒトは思わず街を見渡しながら声を上げました。
街の人々もその美しい光景にキラキラと目を輝かせながら、しばらくじっと辺りを見渡したまま動くことができません。
しばらくしてパン屋の主人がポンと手を叩いて言いました。
「そうだ、今日はこの光の下で、みんなそろってパーティーを開きましょう」
街の人々は皆、パン屋の主人に賛同し、街は再び賑やかな活気に包まれました。
その夜、広場には続々と街の人々が集まりました。
パン屋の主人が持ち寄った香ばしいパンの香りと、農夫の作った野菜スープの湯気が、広場を満たすように漂います。
広場の中央では、楽器屋の主人が街の楽器仲間と集まって、小さな演奏会が始まります。
その傍らで、街の子どもたちも踊りながら歌を歌います。その中にはあの転んで泣いていた子どもの姿もありました。
「リヒトくんもこっちに来て一緒に踊ろうよ」
リヒトは誘われるままに踊りの輪に入ります。リヒトはとても楽しくて、ポケットから取り出したオカリナを奏で始めます。
オカリナのふわりと柔らかい音色が、アコーディオンやチェロの音と混ざり合いながら、街に響き渡りました。
その瞬間、街の光が一段と強く煌めき、まるでリヒトの演奏に合わせて鼓動しているかのようでした。
とても賑やかで温かい雰囲気が広場を包みます。あの日、楽器屋の前で思い描いた光景が、いままさにリヒトの目の前に広がっていたのです。
ふと、リヒトは人々の賑わいの向こうに、コツンと杖が地面を打つ音を聞いたような気がしました。
リヒトが音の方に目をやると、きらめく光の中であの老人が静かに微笑みながら立っていました。その肩にはあの黒いカラスがちょこんと大人しくとまっています。
「リヒトくん、今度オカリナ教えてよ」
一緒に踊っていた子どものひとりが、そう言ってにこりと笑います。
「うん、もちろん!」
リヒトも胸を張って笑顔を返しました。
気づくとあの時のように老人の姿はどこかへ消えていましたが、まるでこの街の温かい空気の中に溶けているかのように、老人の気配は賑わいの中に漂い続けていました。
その夜、街に溢れる「ありがとう」のきらめきは、消えることなく灯り続け、祭りは朝まで続きました。
そして、その日から、リヒトも毎日感謝を忘れずに、自分に自信を持って生きられるようになりましたとさ。
めでたし。めでたし。
#消えない灯り
12/6/2025, 10:39:00 PM