結城斗永

Open App

タイトル『白い息』

 冬っておもしろい。はぁ〜って息を吐くと、口から煙が出たみたいに白くなる。ぼくはそれが魔法みたいで楽しくて、寒い日がちょっと待ち遠しかったんだ。
 でも先生が、それは空気が冷たいからだって言ってたのを聞いて、魔法じゃなかったんだって少しだけショックだった。

 とっても寒い日、ぼくは学校から帰る途中で、手袋が片方だけポツンと落ちているのを見つけた。小さな子ども用の手袋で、毛糸で編まれてるやつ。
 拾おうと手を伸ばしたんだけど、ぼくの前を通ったおじさんの足がその手袋をギュって踏んづけてった。おじさんは気がつかなかったみたいに、そのまま歩いて行っちゃった。おじさんの背中は冷たい空気に固められたみたいにクルンと丸まってた。
 地面に落ちてる手袋に黒い足跡がついてて、なんだか胸がキュッと冷たくなった。
 はぁ~って口から出てきた息は、悲しい感じがして、いつもよりも白い気がする。
『息が白いのは、空気が冷たいからだよ』
 先生の言っていたのを思い出す。
 空気が冷たいと、みんなの心も冷たくなるのかな。息が白くなるたびに、ぼくの胸の奥がチクリと痛くなった。

 ぼくは手袋を拾って、近くの交番に届けてあげた。この手袋がなくて手が冷たくなってる子がいるかもしれないからね。
 おまわりさんは「えらいね」って言って、温かい手でぼくの頭をなでてくれた。

 お家に帰ったら、おかあさんは晩ごはんの準備をしていた。おかあさんの後ろでお鍋がグツグツ音を立てて、モクモク湯気をあげてる。おうちは暖かくて心がホッとする。
「おかえり。何かあったの?」
 おかあさんは、ぼくの『ただいま』の声を聞いただけでそう言った。おかあさんはなんでもお見通しだ。
「うん。手袋が落ちてたの」
 ぼくがそう言うと、おかあさんはコンロの火を小さくして、ゆっくりとぼくのほうへ歩いてきた。
「手袋が落ちてて、おじさんに踏まれて黒くなってた」
 あの時の手袋が頭の中に浮かんできて、また少し悲しくなった。
「だから、交番に届けてあげたんだ」
 ぼくがそう言うと、おかあさんはニコっと笑った。
「そっか。善いことしたね」
「うん!……でも、なんかおじさんは冷たいなって思った」
 おかあさんは少し考えて、それからぼくの肩に手を置いた。
「おじさんは心が急いでいたのかもね」
 心が急ぐと冷たくなっちゃうのか。

「ねえ。どうして息が白くなるか、知ってる?」
「空気が冷たいからって先生が言ってた」
 ぼくははぁ~って息を吐く。いまは部屋が暖かいから息は白くならない。
「そう。でもね、息が白くなるのは、あなたの吐く息が温かいからなんだよ」
 後ろでお鍋の湯気がモクモクと上がる。そっか、あの湯気とおんなじなのか。
 おかあさんがぼくの胸に手を当てた。
「まわりが冷たいなって思った時は、胸に手を当てて、自分の温かさに気づいてあげて」
 なんだかよくわからなかったけど、自分の胸に手を当ててみたら、トクトク心臓がなってて、ポカポカ温かい気がした。

 次の日の朝、お家を出た瞬間、寒さに体がブルッと震えた。両手が一気に冷たくなって、ぼくは思わずはぁ~って息を吐く。昨日、おかあさんが言ってたとおり、ぼくの息は温かかった。
 両手をこすると手のひらが少し温かくなった。このくらい手が温かかったら、みんなのことも温かくできるかな。
 ぼくは、みんなの心が冷たいなって思った時に、温かい心でみんなを助けられる人になりたいな。
 はぁ~と空に吐いた息は今日も白かった。でもそれは昨日食べたお鍋の湯気みたいに、モクモクとまわりの空を温めている気がした。

#白い吐息

12/7/2025, 7:38:25 PM