どこまでも続く青い空に溶けていこうと思った空ソラ
居酒屋でバイト明けの薄明るい裏路地でライムを刻む新人ラッパー、角谷ミツルギである。
soraは空でもいいしラシソラソラドレミ、でもそらそらそら!でも良いが自分の中で決まるのは空ソラだ。溶けてしまう空へ「ソラ」と解き放つリリック。
そんな、方法論を語っても仕方がないしビール瓶の箱は重く腰が痛んだ。
明日はバイト休み、仲間で集まってmeets石井の作ったメロディに角谷のリリックを乗せる。つまり今が宿題の締め切り限界。湧き立て俺の魂、湧き出せ俺のリリック、韻を踏めライム、タイムアウトの前にYou!
…と無駄に単語を掻き立てるも角谷の魂に響くライムは降りてこない。おれにすら響かないライムがどうして石井の魂を湧き立てさせる。どうしたんだ俺の魂、ワ、石の様に堅物だったのか?
速度はラップの命だ滝のように浴びせろWord、の中に込めろ意味を超えた先にある俺の魂、に似たお前の魂、を揺らす為のライム。
「余計なことは考えつくんだよなあ…」
ーー方法論なんてジジイの繰り言か評論家の仕事だぜーー
感性だけで何者かにのしあがろうと企み持つ角谷ミツルギ、23歳。終わらない厨二病真っ盛りの青春が明けていく空に青く、淡く溶けていく。時間は更に溶ける。
了
お題破り〜君を知る旅
7年は軽く憧れて来たボレスワヴィエツ(ポーリッシュポター)のマグを買った。
ボレスワヴィエツ村で作っている陶器を表す、とTVで聞いた。
憧れ続けた丸いシルエット
憧れ続けた唇に完璧に沿った飲み口のくびれ
素朴な手書きらしき絵柄
完璧だ
その上で私はアフタヌーンティーの赤いコーヒーマグに(あ、アフタヌーンティーだからティーマグか)コーヒーと牛乳を注ぐ日が続いている。
ボレスワヴィエツマグに何を注いだら良いのか皆目わからないからだ。
コロンとしたポーランドのおばあちゃんが手書きで描いてそうな柄を持った紺のマグ…
君は何の特質を持っていて、何なら最高に似合うんだ…
こういうのが愛です。
コストをかけ、コストをかけるということ。
異論は認める
メネ・メネ・テケル・ウパル・シン
お前の罪を数えようーー
明日、私の罪がやってくる
長年抱え続けたわたしの欲望、
隠し続けたわたしの罪
それは、青くて
それは、紅くて、
絶望よりも 青く、
孤独よりも 紅い、
連休前に頼んだモンブランインクのロイヤルブルーとバーガンディレッドーー
了
星の出ている夜でした
息が白い夜でした
両手にゴミ袋を引っ提げて、なだらかなAラインを描くシルエットは星を見上げて、月を見上げて言いました
「こんなに地球が壊れてるってのに、星はまだ見えるもんだねえ」
「そりゃ地球が壊れても、星は遠くで関係なしに輝くからね」俺が言うと
「他人顔した星達だな」
『高潔にも見える』
と一人頷いていました。
横顔にある種の幼さがどうしても引き剥がされずに残っていたことを覚えています。
冬は毎年の様に清廉で、彼は冬が好きで夏が嫌いだと言っていました。「モノが腐るので嫌いだと」
冬の間だけ俺と彼の間にある空気は清廉で、においを、粒子を間に挟まず、ソリッドで互いに自分だけで立っている様に錯覚していた。
今年の夏は彼の背中を見送る。
彼と俺の間の空気に何が含まれていたのか知りません。
ただ外れたAラインに、俺はどこかで梯子の様にもたれかかっていたのかもしれない。
空気が、傾くのです。
あれから、世界が片方だけ斜めに傾くのです。
「あいつは馬鹿だね、何もしなくても人間が死ねば地球なんて百年で元通りになるのに」
発狂したテロリスト。正気のままに醒めて踊る。知りつつ間違うハムレット。
彼と俺の間には、本当に媒介する空気があったのでしょうか。
だって今更くらいに何も知らない。
了
あーきのゆーう
あーきのゆーう
ひーにー てーるやーまーもーみーじー
ひーにー てーるーやーまーもーみーじー
こーいもうーすーいーもー
こーいもうーすーいーもー
かーずーあーるーかーずーあーるーなーかーにーかーにー
「ていうかこの唄小学生用じゃねっ⁈しかも昭和平成のっ?」
クラスで非実在親切ギャルとして名を馳せている『フレンドリー中井』こと、中井ミツは唐突に振り返って叫んだ。二人は文化祭の音楽部の演し物として「うたごえ喫茶」という、誰もが伝説でしか知らない喫茶店を選んだのだ。当然部の全員が「それはどういう喫茶店なんだ」とざわつき、言い出した当人達が喫茶店で歌う簡単でレトロな曲を模索することになった。
ここで冒頭の輪唱に戻る。
「いいんじゃなくて?最近は教科書に載らなくても漠然とは知っているかんたんで懐かしっぽいエモ曲。一瞬で想像できるメロディライン。
そう、わかりやすさは正義!」
ニチアサをこよなく愛する『アニオタお嬢ヒラっさん』こと平野あけるは何故かそこでスペシウム光線を放つムーブをした。
「まあ確かにどこかでは聴いた。聴いたけれども…もうちょっとオシャレな…」
「エモさの質が違う」とギャルが葛藤する。
アニオタお嬢が綺麗に太腿を上げ、片足でバランスを取りながら「いい、わかりやすさは正義!お客さんは全員ズブの素人。しかも別に歌いたくてくるんじゃなくて知り合いに呼ばれて来るだけ。ならばわかりやすさと『皆んなで歌を歌った』という一体感がなんとなくいい思い出として残るの」
「アタシはもっと『レイニーブルー』とかYouTubeで外人が聴いてるようなちょっと切ないシティポップが…」
「そんなマニアックな歌についていけるのはオタクだけ!」
じっさい中井も知らないんでしょ、調べて練習しないと歌えないんでしょ」とアニオタお嬢ヒラっさんが畳み掛ける。中井は反論できない。
「皆んな歌ってくれるかなあ…」
「レイニーブルーよりはね」
「じゃあ我慢する」
「中井はいったい文化祭の喫茶店にどれだけの夢を見ていたの」
冷徹なアニオタである。
突然非実在ギャルが噴き上がった。
「だってヒラっさんとやる最後の文化祭だよ。想い出だよ。エモエモだよ?」
「エモエモ言うな」
「あーわたしもっとヒラっさんと色んな想い出作っとけば良かったー!海とか山とか渋谷ハロウィンとか!マスクと自宅とマスクと自宅でほぼ終わったじゃん!」
「アタシは自宅ニチアサで推し活充実してたわ。でもね、」
アニオタお嬢がすっと架空のベルトを腰にセットする仕草を決めてギャルを見つめた。
「アタシと想い出作りたかったらいつでも遊びに来ていいのよ?」
一瞬、ギャルの脳裏にあの訪ね辛い豪邸が過ったがすぐさま振り払ってギャル中井はお嬢の腰に縋りついた。
「マジヒラっさんこれからも友達でいてくれるのっ⁉︎イケメンっ❗️しゅきっ❣️」
「幼児に戻るな中居ミツ!」腰に縋りついたギャルをフラフープの要領で振り解きながらアニオタお嬢は気を取り直した。
渋谷ハロウィンはもっての外だが、アキバ巡りと聖地巡礼の『とも』が出来た。
これから各地の聖地へと連れて行ってやろう。
まさか全国のアニメ聖地巡礼に振り回されるとは夢にも思っていないギャル中井ミツである。青春はまだ見ぬスケジュールの中で渋滞している。
了