『大事にしたい』
こんな夢を見た。
自分は入院していて、どこが悪いのか身動きが出来ない。
1日3回、古めかしい白い帽子を被った看護婦がやってきて、洗濯糊のようなドロっとした薄い粥を計量カップのようなプラスチックの容れ物にいれて、口に注ぎ込んでくれる。僕の浴衣の下にはどうやら細いチューブが見える。
ここで天井を見て三日目、三人官女みたいなカラフルな着物を着た小さな女の子が見舞いに来てくれる様になった。
「まだ治りませんか」と幼女は言う。
「ではこれを口に含んでください、噛まないように」
言って薄紅い金平糖を僕の口の中に一粒入れてくれた。少し甘い。苺の香りがする。
二日目は黄色い金平糖を含ませてくれた。バナナの香りがした。
「まだ治りませんか」
三日目は蒼い金平糖を含ませてくれた。
ポカリスエットとラムネの中間みたいな少し不思議な味がした。
「金平糖はあと二つですから、早く快くなってください」しかつめらしく幼女が言う。
四日目の昼、ふと気づいた。ここに来てから看護婦と幼女しか見てない。そして僕は米のとぎ汁みたいな薄い粥と金平糖しか口にしてない。
手も足も出ない達磨さん、何処へも行けず、トイレにも立てない。
"七転び八起き”
連想ゲームで不意に思い出したのだ。
僕は駅の高い階段の天辺で転んで、そのまま地下まで転げ落ちた。その時下半身不随になったのか?
ぞっとした。
このまま動けなくなってしまうのだろうか。
「あした、最期の金平糖を持ってきますから。大事に食べてください。」
幼女が歌うでもなしになんとなく小さく口ずさむ声が幽かに聞こえた
…でんでらりゅーば でてくるばってん
でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん…
来ーん 来ん…
何故かその時、今日この金平糖で起き上がれないなら、自分はもう二度と立てないどころか命すら無いのだと気がついてタラタラと汗をかいた。
幼女はしょうのない人だとでも言うようにつまらなそうな迷惑そうな顔で見ている。
明日は「最期」の金平糖が来てしまう。
じりじりと僕はシーツを掴んで身動きをしようともがきだした。
了
時間よとまれ、お前達は確かに美しい。
カコ、キョウコ、ミライは同じ中学の仲の良い三人組だった。
カコは長い三つ編みが自慢の大人しい頭の良い子、キョウコはふわっとした明るいセミロングの誰にでも優しい八方美人、ミライは黒髪ショートボブの気の強い女の子。
三人は美術部で出会って意気投合した。好きな漫画のキャラクターに似せた絵でポスターを描いて美術部の教師に一緒に怒られた。絵が好きというより、文化系で気の合う仲間と遊んでいられればそれで良かった。
春には歓迎会で意気投合し、夏は部の課題をこなす為に少し冷えたコンクリの校舎で課題をする振りをして机の上で昼寝した。二度目の夏にカコが水難事故で行方不明になった。秋にキョウコとミライはどちらが悪いかと口論して、冬にキョウコは東京に転校した。
三度目の春、ミライは学校に行くのをやめ、部屋に閉じこもった。
そしてその夏、またお盆がやってくる。
キョウコは東京からミライに一通の手紙を書いた。
白い手紙には丸まっちい字で簡単な言葉が書いてあった。
"時間よとまれ、あの時私達は確かに美しかった。来週は三回忌です、カコは本当に天国に行きます。
私達も、動き出してみませんか?”
"生きて、間違おうよ" と。
時間は、いつから止まっていたのだろうか。ミライの髪は肩より長くなった。
「あんまり長くなるとカコを追い抜いちやうな…」
ミライは文具ハサミを取り出して鏡に向かった。
鏡の中のカコ現在ミライ誰でもない女の子が微妙な顔をして泣き笑いしている。
時間よ止まれ、お前達は確かに美しい。
そして砕け散って、
新しい時を作れ。
ハサミが静かに黒髪を落とす時。