メネ・メネ・テケル・ウパル・シン
お前の罪を数えようーー
明日、私の罪がやってくる
長年抱え続けたわたしの欲望、
隠し続けたわたしの罪
それは、青くて
それは、紅くて、
絶望よりも 青く、
孤独よりも 紅い、
連休前に頼んだモンブランインクのロイヤルブルーとバーガンディレッドーー
了
星の出ている夜でした
息が白い夜でした
両手にゴミ袋を引っ提げて、なだらかなAラインを描くシルエットは星を見上げて、月を見上げて言いました
「こんなに地球が壊れてるってのに、星はまだ見えるもんだねえ」
「そりゃ地球が壊れても、星は遠くで関係なしに輝くからね」俺が言うと
「他人顔した星達だな」
『高潔にも見える』
と一人頷いていました。
横顔にある種の幼さがどうしても引き剥がされずに残っていたことを覚えています。
冬は毎年の様に清廉で、彼は冬が好きで夏が嫌いだと言っていました。「モノが腐るので嫌いだと」
冬の間だけ俺と彼の間にある空気は清廉で、においを、粒子を間に挟まず、ソリッドで互いに自分だけで立っている様に錯覚していた。
今年の夏は彼の背中を見送る。
彼と俺の間の空気に何が含まれていたのか知りません。
ただ外れたAラインに、俺はどこかで梯子の様にもたれかかっていたのかもしれない。
空気が、傾くのです。
あれから、世界が片方だけ斜めに傾くのです。
「あいつは馬鹿だね、何もしなくても人間が死ねば地球なんて百年で元通りになるのに」
発狂したテロリスト。正気のままに醒めて踊る。知りつつ間違うハムレット。
彼と俺の間には、本当に媒介する空気があったのでしょうか。
だって今更くらいに何も知らない。
了
あーきのゆーう
あーきのゆーう
ひーにー てーるやーまーもーみーじー
ひーにー てーるーやーまーもーみーじー
こーいもうーすーいーもー
こーいもうーすーいーもー
かーずーあーるーかーずーあーるーなーかーにーかーにー
「ていうかこの唄小学生用じゃねっ⁈しかも昭和平成のっ?」
クラスで非実在親切ギャルとして名を馳せている『フレンドリー中井』こと、中井ミツは唐突に振り返って叫んだ。二人は文化祭の音楽部の演し物として「うたごえ喫茶」という、誰もが伝説でしか知らない喫茶店を選んだのだ。当然部の全員が「それはどういう喫茶店なんだ」とざわつき、言い出した当人達が喫茶店で歌う簡単でレトロな曲を模索することになった。
ここで冒頭の輪唱に戻る。
「いいんじゃなくて?最近は教科書に載らなくても漠然とは知っているかんたんで懐かしっぽいエモ曲。一瞬で想像できるメロディライン。
そう、わかりやすさは正義!」
ニチアサをこよなく愛する『アニオタお嬢ヒラっさん』こと平野あけるは何故かそこでスペシウム光線を放つムーブをした。
「まあ確かにどこかでは聴いた。聴いたけれども…もうちょっとオシャレな…」
「エモさの質が違う」とギャルが葛藤する。
アニオタお嬢が綺麗に太腿を上げ、片足でバランスを取りながら「いい、わかりやすさは正義!お客さんは全員ズブの素人。しかも別に歌いたくてくるんじゃなくて知り合いに呼ばれて来るだけ。ならばわかりやすさと『皆んなで歌を歌った』という一体感がなんとなくいい思い出として残るの」
「アタシはもっと『レイニーブルー』とかYouTubeで外人が聴いてるようなちょっと切ないシティポップが…」
「そんなマニアックな歌についていけるのはオタクだけ!」
じっさい中井も知らないんでしょ、調べて練習しないと歌えないんでしょ」とアニオタお嬢ヒラっさんが畳み掛ける。中井は反論できない。
「皆んな歌ってくれるかなあ…」
「レイニーブルーよりはね」
「じゃあ我慢する」
「中井はいったい文化祭の喫茶店にどれだけの夢を見ていたの」
冷徹なアニオタである。
突然非実在ギャルが噴き上がった。
「だってヒラっさんとやる最後の文化祭だよ。想い出だよ。エモエモだよ?」
「エモエモ言うな」
「あーわたしもっとヒラっさんと色んな想い出作っとけば良かったー!海とか山とか渋谷ハロウィンとか!マスクと自宅とマスクと自宅でほぼ終わったじゃん!」
「アタシは自宅ニチアサで推し活充実してたわ。でもね、」
アニオタお嬢がすっと架空のベルトを腰にセットする仕草を決めてギャルを見つめた。
「アタシと想い出作りたかったらいつでも遊びに来ていいのよ?」
一瞬、ギャルの脳裏にあの訪ね辛い豪邸が過ったがすぐさま振り払ってギャル中井はお嬢の腰に縋りついた。
「マジヒラっさんこれからも友達でいてくれるのっ⁉︎イケメンっ❗️しゅきっ❣️」
「幼児に戻るな中居ミツ!」腰に縋りついたギャルをフラフープの要領で振り解きながらアニオタお嬢は気を取り直した。
渋谷ハロウィンはもっての外だが、アキバ巡りと聖地巡礼の『とも』が出来た。
これから各地の聖地へと連れて行ってやろう。
まさか全国のアニメ聖地巡礼に振り回されるとは夢にも思っていないギャル中井ミツである。青春はまだ見ぬスケジュールの中で渋滞している。
了
『大事にしたい』
こんな夢を見た。
自分は入院していて、どこが悪いのか身動きが出来ない。
1日3回、古めかしい白い帽子を被った看護婦がやってきて、洗濯糊のようなドロっとした薄い粥を計量カップのようなプラスチックの容れ物にいれて、口に注ぎ込んでくれる。僕の浴衣の下にはどうやら細いチューブが見える。
ここで天井を見て三日目、三人官女みたいなカラフルな着物を着た小さな女の子が見舞いに来てくれる様になった。
「まだ治りませんか」と幼女は言う。
「ではこれを口に含んでください、噛まないように」
言って薄紅い金平糖を僕の口の中に一粒入れてくれた。少し甘い。苺の香りがする。
二日目は黄色い金平糖を含ませてくれた。バナナの香りがした。
「まだ治りませんか」
三日目は蒼い金平糖を含ませてくれた。
ポカリスエットとラムネの中間みたいな少し不思議な味がした。
「金平糖はあと二つですから、早く快くなってください」しかつめらしく幼女が言う。
四日目の昼、ふと気づいた。ここに来てから看護婦と幼女しか見てない。そして僕は米のとぎ汁みたいな薄い粥と金平糖しか口にしてない。
手も足も出ない達磨さん、何処へも行けず、トイレにも立てない。
"七転び八起き”
連想ゲームで不意に思い出したのだ。
僕は駅の高い階段の天辺で転んで、そのまま地下まで転げ落ちた。その時下半身不随になったのか?
ぞっとした。
このまま動けなくなってしまうのだろうか。
「あした、最期の金平糖を持ってきますから。大事に食べてください。」
幼女が歌うでもなしになんとなく小さく口ずさむ声が幽かに聞こえた
…でんでらりゅーば でてくるばってん
でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん…
来ーん 来ん…
何故かその時、今日この金平糖で起き上がれないなら、自分はもう二度と立てないどころか命すら無いのだと気がついてタラタラと汗をかいた。
幼女はしょうのない人だとでも言うようにつまらなそうな迷惑そうな顔で見ている。
明日は「最期」の金平糖が来てしまう。
じりじりと僕はシーツを掴んで身動きをしようともがきだした。
了
時間よとまれ、お前達は確かに美しい。
カコ、キョウコ、ミライは同じ中学の仲の良い三人組だった。
カコは長い三つ編みが自慢の大人しい頭の良い子、キョウコはふわっとした明るいセミロングの誰にでも優しい八方美人、ミライは黒髪ショートボブの気の強い女の子。
三人は美術部で出会って意気投合した。好きな漫画のキャラクターに似せた絵でポスターを描いて美術部の教師に一緒に怒られた。絵が好きというより、文化系で気の合う仲間と遊んでいられればそれで良かった。
春には歓迎会で意気投合し、夏は部の課題をこなす為に少し冷えたコンクリの校舎で課題をする振りをして机の上で昼寝した。二度目の夏にカコが水難事故で行方不明になった。秋にキョウコとミライはどちらが悪いかと口論して、冬にキョウコは東京に転校した。
三度目の春、ミライは学校に行くのをやめ、部屋に閉じこもった。
そしてその夏、またお盆がやってくる。
キョウコは東京からミライに一通の手紙を書いた。
白い手紙には丸まっちい字で簡単な言葉が書いてあった。
"時間よとまれ、あの時私達は確かに美しかった。来週は三回忌です、カコは本当に天国に行きます。
私達も、動き出してみませんか?”
"生きて、間違おうよ" と。
時間は、いつから止まっていたのだろうか。ミライの髪は肩より長くなった。
「あんまり長くなるとカコを追い抜いちやうな…」
ミライは文具ハサミを取り出して鏡に向かった。
鏡の中のカコ現在ミライ誰でもない女の子が微妙な顔をして泣き笑いしている。
時間よ止まれ、お前達は確かに美しい。
そして砕け散って、
新しい時を作れ。
ハサミが静かに黒髪を落とす時。