脳裏に浮かぶのはあの人の笑った顔。
脳裏に浮かぶのはあの人の驚いた顔。
脳裏に浮かぶのあの人の嬉しそうに泣く顔。
脳裏に浮かぶのはあの人の寂しそうに笑う顔。
脳裏に、嗚呼、脳裏に浮かぶのは。
──なんだったかな。
写真立てに飾られている写真を見つめて首を横に傾ける。
若い男女が二人、結婚式だろうか着物を着て笑みを浮かべて立っている写真。
さて、この人は誰だったろうか。
脳裏に浮かぶあの人の顔のような気もするし、違う気もするしわからない。
そんな写真を見て目を閉じて、暖かな陽気に身を委ねてうたた寝をしていると脳裏のあの人がにこりと笑った気がした。
「脳裏/20241109」
真っ暗な世界から一変。眩しい世界に包まれる。
最初は刺激が強くて、怖くて、意味がわからなくて、ぎゃんぎゃんと大きな声でわけも分からず泣いていたけれど。
優しい、柔らかい、あたたかななにかに抱かれて。
「ああ、初めまして。私の光」
優しい声が、そう降り注いできて。
まだまともに見えやしない目でもわかる。
やわらかな光のような笑顔を、その人は自分に向けていた。
「やわらかな光/20241016」
私の好きな人には、好きな人がいる。
しかも悲しきかなそれは私の大好きな友達らしく。
いやまあ可愛いけど。わかるけど。
「はぁー、しんど」
「どうしたんだよ」
私の心情なんか知る由もなく、私の好きな人はそんな問い掛けを投げてくる。
無神経か、殴るぞ。
とは言える訳もなく、私は大きく伸びをして「なんでもない」と言葉を返した。
「アナタには関係ありませーん」
「腐れ縁だろ、教えろよ」
「いやでーす」
「なん、」
「ごめーん!待たせたぁー!」
他のクラスの私の大好きな友達が、急いで走ってきたのか息を切らしながら私の所へやって来た。
そんな友達に「大丈夫だよー」と笑いながら手を振って、ちらり、と目線を彼へと移す。
あー、そう。その目。絶対好きじゃんね。彼女の事ね。
その視線に彼女は気付かないのか、私に抱き着いて「ごめんよー」と謝りっぱなしだからその頭を撫でて「クレープ奢ってよー」なんて他愛のない話をして、彼を置いて二人で一緒に歩き出す。
ああ、私は彼が好きで。
彼は彼女が好きで。
彼女は私が好きなんだから。
やるせない気持ちでいっぱいだ。
「やるせない気持ち/20240825」
空の青を写し取って、太陽の光を浴びて、水面がきらきらと輝いて波を打つ。
堤防からその様子を見つめて、眩しそうに彼は目を細めた。
じんわりと蒸し暑い真夏の事。
青空を覆い隠さんとする入道雲が、水平線の向こうから襲いかかるように伸びている。
「海で戦えることになったんだ」
彼は、抑揚のない声でそう言った。
自分はただ輝く海を眺めながら「そう」としか言えない。
行かないで、なんて。誰かに聞かれでもしたらどうなるか。
「おめでとう、良かったね」
それしか、言えなくて。
彼はその言葉を聞いて「うん」と、どこか嬉しそうに言った、気がする。
顔は見えない。見たくない。泣いてしまいそうだから。
それから、彼は立派に海へ出て。
結局、帰ってくることはなくて。
数年後。
あの日と同じような空と海を一人で眺めながら、自分は黙って手向けの花を海へと投げ入れた。
「海へ/20240823」
鳥のように飛べたら、君のもとへ行けるのに。
なんて、ロマンティックな事を考えた後に、馬鹿らしいと首を振った。
鳥のように飛んだって、地面で野垂れ死ぬのにさ。
「それに、君の所へ飛んでいく術なんて限られてるし」
名前を掘られた墓標に目を移して、無理矢理笑みを作って、手向けの花を地面に置いた。
ぴちち、と小鳥が空を羽ばたく。
鳥のように、なんて。アホらしい。
「無い物ねだりなんてするもんじゃないね」
自分は君みたいに鳥のようになりたいと空を飛ぶなんて怖くてできないから、自由気ままに生きるとするよ。
またくるね、とそう言って。背中を向けて歩き出した。
「鳥のように/20240822」