私の好きな人には、好きな人がいる。
しかも悲しきかなそれは私の大好きな友達らしく。
いやまあ可愛いけど。わかるけど。
「はぁー、しんど」
「どうしたんだよ」
私の心情なんか知る由もなく、私の好きな人はそんな問い掛けを投げてくる。
無神経か、殴るぞ。
とは言える訳もなく、私は大きく伸びをして「なんでもない」と言葉を返した。
「アナタには関係ありませーん」
「腐れ縁だろ、教えろよ」
「いやでーす」
「なん、」
「ごめーん!待たせたぁー!」
他のクラスの私の大好きな友達が、急いで走ってきたのか息を切らしながら私の所へやって来た。
そんな友達に「大丈夫だよー」と笑いながら手を振って、ちらり、と目線を彼へと移す。
あー、そう。その目。絶対好きじゃんね。彼女の事ね。
その視線に彼女は気付かないのか、私に抱き着いて「ごめんよー」と謝りっぱなしだからその頭を撫でて「クレープ奢ってよー」なんて他愛のない話をして、彼を置いて二人で一緒に歩き出す。
ああ、私は彼が好きで。
彼は彼女が好きで。
彼女は私が好きなんだから。
やるせない気持ちでいっぱいだ。
「やるせない気持ち/20240825」
空の青を写し取って、太陽の光を浴びて、水面がきらきらと輝いて波を打つ。
堤防からその様子を見つめて、眩しそうに彼は目を細めた。
じんわりと蒸し暑い真夏の事。
青空を覆い隠さんとする入道雲が、水平線の向こうから襲いかかるように伸びている。
「海で戦えることになったんだ」
彼は、抑揚のない声でそう言った。
自分はただ輝く海を眺めながら「そう」としか言えない。
行かないで、なんて。誰かに聞かれでもしたらどうなるか。
「おめでとう、良かったね」
それしか、言えなくて。
彼はその言葉を聞いて「うん」と、どこか嬉しそうに言った、気がする。
顔は見えない。見たくない。泣いてしまいそうだから。
それから、彼は立派に海へ出て。
結局、帰ってくることはなくて。
数年後。
あの日と同じような空と海を一人で眺めながら、自分は黙って手向けの花を海へと投げ入れた。
「海へ/20240823」
鳥のように飛べたら、君のもとへ行けるのに。
なんて、ロマンティックな事を考えた後に、馬鹿らしいと首を振った。
鳥のように飛んだって、地面で野垂れ死ぬのにさ。
「それに、君の所へ飛んでいく術なんて限られてるし」
名前を掘られた墓標に目を移して、無理矢理笑みを作って、手向けの花を地面に置いた。
ぴちち、と小鳥が空を羽ばたく。
鳥のように、なんて。アホらしい。
「無い物ねだりなんてするもんじゃないね」
自分は君みたいに鳥のようになりたいと空を飛ぶなんて怖くてできないから、自由気ままに生きるとするよ。
またくるね、とそう言って。背中を向けて歩き出した。
「鳥のように/20240822」
空が晴れてる日は神様が喜んでいて。
空が曇ってる時は神様が機嫌悪くて。
雨が降ってる時は神様が悲しんでいて。
雷が鳴ってる時は神様が怒っていて。
空模様は、いつも神様の喜怒哀楽で彩られていて。
「え、じゃあ虹が出た時なんなの」
「神様滅茶苦茶ハッピーみたいな」
「語彙力無さ過ぎでしょ、てか変な宗教かよ」
笑うんだけど、と友達は笑う。
そんなことないよ、って言っても信じて貰えない。
わたしの手元にいる小さな神様がぷくっと頬を膨らます。
それから大きな目に涙がいっぱい溜まったかと思うと、今まで晴天が広がっていた空を雨雲が覆って土砂降りの雨になった。
「うわ、あれ、今日雨だっけ?!」
「君が神様の事笑うからだよ」
「え、マジで?ごめんて神様勘弁して」
「えー、どうしよっかなー」
「アンタの判断な訳?それ?」
嘘じゃんもーやめてよ神様ごめんって信じるよー、と土砂降りの外を見ながら友はそんな事を言う。私の神様はとてもチョロくて、その言葉だけでにこにこと笑うと、土砂降りは直ぐに止んでまた先程と同じく晴天が姿を現した。更には虹付き。
うわすご、神様喜んでる。ウルトラハッピーじゃん。なんて、外を見つめてはしゃぐ友達を見ながら、私は手元の小さな神様を優しく撫でてにこにこと笑顔を浮かべた。
「空模様/20240819」
鏡を見ると、そこに映るのは醜い醜い自分の顔で。
今にも死にそうなその瞳は、じっと鏡の自分を見つめていた。
嗚呼、嫌だ。見ないで欲しい。
私を嘲笑う人たちのように。私を私を蔑む人たちのように。
ぎ、と歯を食いしばる。
嗚呼、居なくなってしまえばいいのに。
「よし、それじゃあ居なくなろうか」
「は?え?」
私の言葉がどこからか聞こえた。
私は一言も喋ってない。何。誰。なんなの。
困惑する私の視界の端で、何かが蠢く。
それは鏡。鏡の方。
恐る恐る視線を向ける。にんまりと笑う私が、そこに居た。
「鏡の世界は良いよ、誰も笑わないし誰も蔑まないもの!」
ほらおいでよ。と腕を伸ばされる。
ああ、嫌だ。なんて。居なくなってしまいたいと思っていた感情が消え失せるほどの恐怖が私を襲う。
そんな私の心境の変化など知る由もないもう一人の私の手が、私に触れた。
ぐ、と鏡の方へ引っ張られる。
嫌だ。嫌だ。誰か、誰か助けて。
なんて、言える暇などなくて。
私はもう一人の私に、鏡の世界へ引きずり込まれた。
「鏡/20240818」