懐かしく思うことは数え切れぬ程
四季の風が香る度、季節の色が変わる度、
いつだってその時その時が必死だった
苦すぎる失敗も、塩辛い涙の味も
その度によく聴いていたあの曲も
懐かしめるようになったのなら
僕にしては上々だろう
今頃あの人はどうしてるだろうか、と
お世話になった人達のその後を思う度
その人達との日々がまた懐かしくて
戻りたい、と寂しくなってしまう僕は
まだまだだなぁ、と苦笑いしてしまうよ
その内今の自分を懐かしむ日が来たなら
その時の自分はどう思うんだろうか
愛想笑いで流され諦め生きてる今の僕を
ほんと馬鹿だったな、と笑うんだろうか
この先、自慢話も名誉も成果も
何も残せそうにもないからさ
味気ない過去になるんだろうけど
まぁいいか、
笑ってくれるんなら
静寂に包まれた部屋の中
少しだけ開けた窓の隙間から
またひとつ、季節が流れる風の匂いがした
名も知らない小さな花が揺れていて
虚しさ続くここ数年
汚れてく未来にもう夢を描けなくなった
普通に生きることさえ難しくなったこの時代に
まだかろうじて心だけは
あの頃を宿したまま
散らかったこんな部屋の中からでも
見えるこのありふれた景色を
綺麗だ、と思える心が
まだ残っていて良かった
窓から見える景色をただ眺めていた
真っ直ぐ走る電車の中
座席の端に肘をついて
レールと車輪の擦れる音だけ響いていた
終点は無いらしい
各々ここだと決めて降りていった
ポツポツと降りてく背中を見送って
色々あったなぁと思い返しては
窓に反射した自分の顔はちゃんと笑えていた
もう十分かもしれない
だってこれ以上もう頑張る意味が無い気がした
絶望はしたよ 悲観も嫌になるくらいに
あがいて あがいて
一人隠れて泣いた夜も人並みにあった
だから、もういいよ
ここまでこれたなら十分だ、と
そう思った自分に驚いたけど
案外あっさり受け入れられたのは
きっと後悔は無かったから
見ての通りこんな世の中だ
助けてくれる人は居ないと分かって
自分で決めて、選んで進んできた道程だ
結末を決めるのも自分自身だ
だから終点を決めた
窓から見える景色は
焼き付けるにはあまりに見飽きてしまったから
少しだけひと眠りしたら
この電車を降りよう
よく頑張ったよ、と
笑って降りよう
自分の中にある大事にしたいもの
それを守る為に
捨ててきたもの、諦めたもの、
頭を下げて、恥もかいて、嘘もついて、
それでも足りないなら命まで懸けて、
もう、無理かもしれない
そう思っても
辛い、と口にしてしまえば
涙が止まらない事を知っているから
大丈夫、とせめて強がって
震える一歩を今日もなんとか前に出して
どうかそんな日々を
いつか笑って話せる時がきますようにと
時を告げるはずの時計の針は
いつまでも止まったまま
ただそこにあった
明日取り壊される家の中、ただ静かに
この場所が好きだった
古い日本家屋、縁側に寝そべる野良猫
畳の匂い、いつも綺麗な仏壇と兵隊さんの写真
風に揺れる風鈴、頭を撫でるしわくちゃな手
そして、あの時計
苦労してきたんだなって思った
あまりに顔をくしゃくしゃにして笑うから
あまり字を書けない人だったけど
器用で、料理上手で、とにかく世話好きで
優しい人だった、僕は皺一つない
ほんと愛想悪いガキだったのにさ
いい子だね、なんて
救われてたんだ、なのに
僕はあの人を救えなかった
都合よくしょうがないと呟いた奴も
一緒に連れてってと思ってしまった僕自身も
ますます嫌いになった
少しだけ皺が増えた僕は
今も願い続けている
神様も天国も信じてないけど
どうか、どうか
報われますようにと