お題:安心と不安
「コウモリ!」
「うむ……」
ごきぶりポーカーというゲームがある。
可愛らしい絵で描かれた害虫達を押し付け合うという割と悪趣味なカードゲームだ。
それぞれの忌み者のカードを名前と共に裏側で出し、本当か嘘かを当てるダウトに近いゲーム性を持っている。
詳細なルールは省くが、もちろんカードをたくさん貰ってしまうと負けてしまう。
今出されたカード、本当にコウモリかもしくは別の何かか……
「む……」
天井を仰ぐ。
もしここでコウモリをつかまされるとかなりピンチだ。
他ならまだ耐えられる……はず。
ここは安全策をとって……
「そのカードは……本当にコウモリだ」
その宣言に彼女は口の端をニッとあげ
「残念、カエルでした。」
とカードを表にしたのだった。
「はぁ……。」
コーヒーを飲んで一息つく。
あの後、結局同じようなことの繰り返しでカードを掴まされ、二進も三進も行かなくなり負けたのだった。
「私の勝ち。祐介はわかりやすいなぁ。」
勝った彼女はご機嫌でかなり饒舌だ。
この手のゲームでは彼女に勝てた試しがない。
……が、悔しいものは悔しい。
「結局、目先の不安を回避するために安全策ばかり講じるからそうなるの。少しはチャレンジしなきゃ。」
何事もそう。
彼女はそう付け足した。
何事もそう?
最悪を回避して何が悪いっていうんだ。
「それで取り返しのつかないことになりたくない。なんだってそうだ……」
言い終えるか否かのあたりで、彼女はハッとしたような表情を浮かべた。
よく見ると少し青ざめている。
咄嗟に下を向く。
何か悪いことを言ったかな。
でも僕の言ったことは何も間違ってない。
チャレンジすることも、その先の結果も、どうしたって怖いじゃないか。
沈黙に耐えかねて彼女の方を見ると、いつもの顔に戻っていた。
少し間をおいて彼女は言う。
「私も、臆病かも。祐介のこと言えないね。えへへ。」
彼女の持つカップは、少し震えていた。
お題:逆光
蝉の鳴くうだるような夏の日のこと。
僕はデジカメを持った彼女と共に歩いていた。
僕らが通う大学から少ししたところに、大きな池のある公園がある。
そこは桜の名所なのだが、夏場はその木が木陰を作るため理想的な散歩コースなのだ。
そんなこんなで池の周りを歩いているが、彼女は一向に写真を撮らない。
デジカメを握りしめたまま僕と並んで歩くだけだった。
そろそろ3周目かなぁ。
僕は隣を見て言った。
「どうしたの?写真、撮らないの?」
「……うーん、あのさ。実はカメラ触ったことないの。」
首に下げたデジカメを撫でながら彼女は言った。
「でもせっかく祐介に貰ったなら、素敵な写真が撮りたいなって。それでパソコンで調べたの。」
写真の撮り方。
彼女は呟いた。
曰く調べた時に出てきた見本の写真たちに圧倒されたとのこと。
自信を無くしてしまったらしい。
「なんか、言葉にしづらいんだけど……すごく綺麗だった。」
日差しの元で足を止め、彼女は言う。
太陽が肌をジリジリと焼いた。
「まあ、あんまり考えずに撮ったらいいよ。」
「それができればね……。」
彼女が天を仰ぐ。
どんな表情をしてるのだろう。
「ほら、思い出でも撮れればって思って買ったやつだからさ。それ。僕たちが振り返って見れればいいんだよ。」
家電量販店の型落ち値引き品をプレゼントした罪悪感から、僕は早口でそう言った。
すると、空を見ていた彼女が突然こっちを見た。
握りしめたカメラをこちらに向け唐突にシャッターを切る。
パシャリ。
なぜか焚かれたフラッシュが少し眩しい。
太陽を背にしてるからだろうか。
カメラずらして顔を覗かせた彼女が少し悪戯っぽく笑う。
「なら、いろいろ撮ろうかな。最初の1枚、見せてあげる。」
カメラを操作している彼女は輝いて見えた。
そんな彼女の表情を見ると、余計に罪悪感が増す。
今度はちゃんと準備しよう。
「うーん……。」
しばらくカメラをいじっていた彼女は、スッとカメラを握り直した。
「見せてくれるんじゃなかったの?」
彼女は少し悩んだ後そっぽを向いた。
「もう少しいいの撮れたらにする。」
お題:こんな夢を見た
僕は薄暗い細い路地を走っている。
えも言えぬ焦燥感がこみあげて無我夢中で走る。
息が上がってる。なのにあの肺が焼けそうな感覚がない。
不思議と走り続けることができる。
何から逃げているのか。そんなの決まってる。
僕を殺そうと、殺人鬼が追ってくるのだ。
だから必死に逃げる。
逃げるのだが……
結局追いつかれたのか覚えていないまま目が覚める。
今日の夢の話を終えたところで彼女がテレビから僕に視線を向けた。
「その夢、よく見るの?」
「よく……ではないけどそこそこ見るかも。」
「よく精神的に追い詰められてる時は追いかけられる夢見るって言うよね。」
コーヒーを飲みながら呟くように言う。
「追い詰められてるかぁ……」
「まあ確かに私の誕生日近いし、プレッシャーに感じてるのかも?」
その一言で、僕がまさにくちづけたカップが見事に停止する。
この反応じゃ忘れてることはバレてそうだ。
観念するように恐る恐る視線を向けると、彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべ
「期待してるから。」
と言った。
バイトは……もうシフト入れちゃったから増やせないよなぁ。
「逆に追われる夢見たことないの?」
話を逸らそうと夢の話を振ってみた。
すると彼女は少し苦々しい顔をしながらあるよと言った。
「昔、1人で帰ってた時にさ。刃物持った男に襲われたの。怖くってさ。動けなくてもう死んじゃうって時に、男の子に助けてもらったんだ。」
明後日の方を向きながら彼女は言う。
「でもね、その男の子死んじゃったの。」
彼女は舌をべっと出した。
関連:逆光
お題:タイムマシーン
ピンポーン。
インターホンの音が響く。
よく冷え込んだ12月の早朝、僕はいつもの木造アパートの一室の前に立っていた。
ほどなくてして玄関が開き、彼女が顔を出す。
「おはよ。来てくれてありがとう。」
「……別に。大丈夫。」
あがって。と言われたので素直にリビングへ歩き出す。
僕がくるまでに用意してくれたのか、コーヒーのいい香りが漂っていた。
「それで、なんでこんな朝早くに呼び出したの?」
問いかけると、彼女は明後日の方向を見ながらああ。と呟き
「パソコン。なんか動かなくなっちゃって。でもさっき再起動したら治った。」
「……。」
なら僕がくる意味はなかったじゃないか。
朝ごはんを食べてない空きっ腹も相まっていい気分じゃなかった。
彼女は時折こういった形で僕を振り回す。
付き合いたての頃は何度も意味のないお遣いを頼まれたものだ。
思い出すだけで腹が立ってきた。
「ごめん、機嫌なおしてよ。ほら、コーヒー。好きでしょ?」
「……。」
僕は無言でそれを飲む。
何も摂取してない胃は、刺激物でもそれなりに喜んでくれたようだ。
なんだかんだで好みは把握されてるなぁ。
カップの上の水面を見つめながらぼんやりと考える。
思えば貰ったプレゼントの類で外れたことがない。
そのタイミングで的確に僕の欲しいものをくれるのだ。
「欲しいもの話とかそんなにしてたっけ?」
「ん?なに?」
「あ、いやさ。僕そんなにこれが欲しいとか、あれが欲しいとかいってたっけ?と思って。」
彼女はポカンとした顔をした後、少し笑って言った。
「祐介がわかりやすいだけだよ。」
それからは2人でぼんやりとテレビを見ていた。
ニュースでは物騒な事件や事故が他人事のように流れていく。
テレビの中の出来事はそれだけで自分には関係のない、遠い出来事のように思えてしまう。
そんな中、傷害事件のニュースが流れてきた。
刃物を持った男が人を刺しただとかなんだとか。
そういえば彼女と出会ったあの日も、家の近くの公園で傷害事件が起きてたっけ。
「なぁ、初めて会った時のこと覚えてる?」
「もちろん。」
誇らしげに口の端を歪める彼女。
「実はその日傷害事件があったんだ。家近くの公園でさ。ちょっと怖かったの覚えてる。」
話終え彼女の方を向くと、彼女はテレビに視線を戻していた。
そしてそっけなさそうに
「ふーん。」
と返事をした。
まあ自分とは関係のない事件のことだ。
興味もないよな。
僕もなんで思い出したかわからないくらいだし。
でも彼女はよく事件絡みのニュースをピックアップして見ていることを知っていただけに、少し残念だった。
2杯目は流石に自分で入れるか。と思い、カップを持って席をたったその時だった。
臨時ニュースのテロップと共にアナウンサーが台本を読み始めた。
画面が変わる。
見ると市街地の一部分だけが崩壊しているようだった。
「悲惨だなこれ……」
惨状を見ながらコーヒーをいれ、席に戻る。
と、さっきまでぼんやり見ていた瓦礫の山から目を離せなくなった。
心臓が何かに鷲掴みにされたような感覚が襲う。脂汗が止まらなかった。
「……ここ、僕の……」
僕の住む一人暮らしのアパート。
その周辺を含めた一帯がテレビには映し出されていたのだ。
呆けていた僕のそばで聞き慣れた声が聞こえた。
「あら、ここ祐介の家だよね?」
ばっと振り返ると彼女がこちらを見ていた。
その顔には驚きというより安堵の表情が見られた。
「家潰れちゃったなら、しばらくここに泊まってく?」
少し微笑みながら、困ったような表情で彼女はそう言った。