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お題:タイムマシーン

ピンポーン。
インターホンの音が響く。
よく冷え込んだ12月の早朝、僕はいつもの木造アパートの一室の前に立っていた。

ほどなくてして玄関が開き、彼女が顔を出す。

「おはよ。来てくれてありがとう。」
「……別に。大丈夫。」

あがって。と言われたので素直にリビングへ歩き出す。
僕がくるまでに用意してくれたのか、コーヒーのいい香りが漂っていた。

「それで、なんでこんな朝早くに呼び出したの?」

問いかけると、彼女は明後日の方向を見ながらああ。と呟き

「パソコン。なんか動かなくなっちゃって。でもさっき再起動したら治った。」
「……。」

なら僕がくる意味はなかったじゃないか。
朝ごはんを食べてない空きっ腹も相まっていい気分じゃなかった。

彼女は時折こういった形で僕を振り回す。
付き合いたての頃は何度も意味のないお遣いを頼まれたものだ。
思い出すだけで腹が立ってきた。

「ごめん、機嫌なおしてよ。ほら、コーヒー。好きでしょ?」
「……。」

僕は無言でそれを飲む。
何も摂取してない胃は、刺激物でもそれなりに喜んでくれたようだ。
なんだかんだで好みは把握されてるなぁ。
カップの上の水面を見つめながらぼんやりと考える。
思えば貰ったプレゼントの類で外れたことがない。
そのタイミングで的確に僕の欲しいものをくれるのだ。

「欲しいもの話とかそんなにしてたっけ?」
「ん?なに?」
「あ、いやさ。僕そんなにこれが欲しいとか、あれが欲しいとかいってたっけ?と思って。」

彼女はポカンとした顔をした後、少し笑って言った。

「祐介がわかりやすいだけだよ。」



それからは2人でぼんやりとテレビを見ていた。
ニュースでは物騒な事件や事故が他人事のように流れていく。
テレビの中の出来事はそれだけで自分には関係のない、遠い出来事のように思えてしまう。
そんな中、傷害事件のニュースが流れてきた。
刃物を持った男が人を刺しただとかなんだとか。
そういえば彼女と出会ったあの日も、家の近くの公園で傷害事件が起きてたっけ。

「なぁ、初めて会った時のこと覚えてる?」
「もちろん。」

誇らしげに口の端を歪める彼女。

「実はその日傷害事件があったんだ。家近くの公園でさ。ちょっと怖かったの覚えてる。」

話終え彼女の方を向くと、彼女はテレビに視線を戻していた。
そしてそっけなさそうに

「ふーん。」

と返事をした。

まあ自分とは関係のない事件のことだ。
興味もないよな。
僕もなんで思い出したかわからないくらいだし。
でも彼女はよく事件絡みのニュースをピックアップして見ていることを知っていただけに、少し残念だった。

2杯目は流石に自分で入れるか。と思い、カップを持って席をたったその時だった。
臨時ニュースのテロップと共にアナウンサーが台本を読み始めた。
画面が変わる。
見ると市街地の一部分だけが崩壊しているようだった。

「悲惨だなこれ……」

惨状を見ながらコーヒーをいれ、席に戻る。
と、さっきまでぼんやり見ていた瓦礫の山から目を離せなくなった。
心臓が何かに鷲掴みにされたような感覚が襲う。脂汗が止まらなかった。

「……ここ、僕の……」

僕の住む一人暮らしのアパート。
その周辺を含めた一帯がテレビには映し出されていたのだ。

呆けていた僕のそばで聞き慣れた声が聞こえた。

「あら、ここ祐介の家だよね?」

ばっと振り返ると彼女がこちらを見ていた。
その顔には驚きというより安堵の表情が見られた。

「家潰れちゃったなら、しばらくここに泊まってく?」

少し微笑みながら、困ったような表情で彼女はそう言った。

1/22/2023, 11:19:48 PM