<気象庁は13日、東京地方で木枯らし1号が吹いたと発表しました。2020年以来、3年ぶりとなります>
2020年。もう3年も経つか。
季節が秋から冬に変わろうとしている、
祖母が死んだのはそんな時期だった。
当時の情勢の影響で最期を看取ることはできなかったし、
葬儀もずいぶんと簡素なものだった。
小さい頃、両親の墓参りの度に祖母と2人で歩いていた道。
1人で歩くのは気が滅入って、私の足は遠のいていた。
「風っていう漢字の中が虫みたいなのじゃなくて木……
これなんて読むの?」
「凩、こがらし。木枯らしとも書くのよ」
木枯らし1号という風の存在を教えてくれたのも祖母だった。
秋風と冬風の間で吹く風。
時期は10月半ば〜11月末。その他に気圧配置、風向き、風速が定められていて、その規定内の風が初めて吹くと木枯らし
1号とみなされる。
そんなに明確に条件を定めるなんて趣がないね
と言う僕に対し祖母は、
秋の終わりがはっきりわかるから好きなのよ
ずっと秋でいてほしいけど、秋風だと思ってたのが実は冬風でした、なんて一番悲しいもの
と言っていたのを思い出す。
3年ぶり。祖母がいなくなって初めて、秋の終わりを感じ取れた気がする。
祖母に今年の秋の話をしよう。
一緒に冬を迎える準備をしよう。
あそこのお花屋、まだ開いてるかな。
「また会いましょう、だって。めっちゃ距離感じるよなあ」
『3年間まともに目も合わせられなかった高嶺の花と最後に話せただけ良しとしとけよ』
「A組いったらもう長蛇の列できててさ。アイドルの握手会かと思ったわ」
『そのアイドルのファンの1人にしかなれなかったお前は、認知もされず卒業後の進路も聞けずに退散してきたってわけね』
「来年から何するんだろ〇〇ちゃん。都内でキラキラJDになっちゃうのかな」
『俺と同じ大学っていう可能性もあるよな』
「来週だっけ?引越し」
『そう、日曜。早い方が見積もり低く出せるって言うから』
「…………。でも〇〇ちゃんも地元に残るならまた会える可能性もあるよな。"また"会いましょうってことは、向こうも会う気はあるだろうから、」
『いやないね』
「おい」
『高校卒業っていう結構大きな分岐点で"また会いましょう"なんて抜かすやつは、もしまた会ったとしても"また会いましたね"で済ませるんだよ』
「えー、だったら"また"とか言って期待させんなよぉ」
『いいか?放課後に帰るとき、毎日顔をあわせるクラスメイトには何て言う?』
「……また明日?」
『毎年恒例のお正月特番の終わりの挨拶は?』
「また来年!」
『そういうこと。"また"が本来の意味を成すのは次の予定が決まってるときだけ。それ以外の挨拶ではただの常套句なんだよ』
『お前と高嶺の花子ちゃんはそれまでの関係ってことだ』
「じゃあ、来月から社会人になる俺と、大学生になるお前は、」
『何だと思う?』
「……また会いましょう」
『来週の日曜日に俺の家でまた会いましょう、だ』
(やっぱ寂しかったんだ〜!)
(お前絶対に新居荒らすなよ!?)
玉ねぎを粗いみじん切り、鶏もも肉を一口大にカット
鍋を中火で熱したら、油をひいて肉を炒める
焼き色がついたらお皿に移し、次は玉ねぎを飴色に
さっきのお肉とトマト缶
今日は酸味が欲しいから、トマト缶はイタリア産を選んだ
ニンニクと生姜でコクを
ヨーグルトでまろやかさを
ここまで来たらいよいよお楽しみの時間
クミンにカルダモン
色付けにはターメリック
チリペッパー、多めに入れてみようかな
私が感じるスリルなんか、
新しい味つけに挑戦したときくらいでじゅうぶん
かなう見込みのない恋心を煮込まなくてもよかったのにね
中火のまま20分
鶏肉の中に火が通るまで
ここはスリルを求めちゃだめ
お気に入りのお皿に盛り付けたらできあがり
いいにおい
2日目のカレーも美味しいけれど、
今回はすべて今日中に食べ終えてしまおう
酸いも辛いも、今日のうちに
いま 私の願いごとが
叶うならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように
白い翼 つけてください
2083年。10年前に蔓延したウイルスにより、新生児が背中に翼をたずさえて生まれてくることが一般的となった。
翼を持った子供たちが使う現代の音楽の教科書にも『翼をください』が掲載されているなんて、伝統とはつくづく滑稽なものである。
「"白い翼"じゃなくてアイツのは"黒い翼"だよね」
「毎日遠くのスーパーまで行ってるから汚いんじゃない?ほらアイツんちビンボーだから」
子供たちの背中には白い翼がついているし、鳥のように飛ぶことだってできた。
しかしキミの翼は黒くくすんでいて、そしてボクの翼は──
「〇〇くんのって本当に白くて綺麗」
「アイツのもペンキでこのくらい白く塗ってやろうぜ」
他とは違って一際目をひく、シルクのような艶のある純白だった。
それもそのはず。運悪く翼を持たずに生まれて来てしまったボクは、世間体を気にした親の財力によって造り物の翼を手に入れたのだ。
血も神経も通わない翼では飛べるはずもない。
他の子のように空を飛んでおつかいに行くなど出来やしない。
萎れた翼を畳んだキミの背中をそっと見つめる。
──飛べない翼だなんて決してバレてはいけない。
大人たちに合わせて今は地上での生活を中心としているが、数十年も経てば状況は変わってくるだろう。
飛ぼう。飛ぶよ。
ボクも、キミも。
この大空に翼を広げ
飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ 行きたい
目の前に広がるススキの絨毯は、今日も変わらず風に揺れている。
「だったら私と別れてあの子と付き合えばいいでしょ!可愛いしお洒落だし、私なんかよりもお似合いだよ」
言い訳を聞くどころか、彼の顔すら見れずに家を飛び出して来てしまった。
『望月サァン、今日の夜もダメですか?』
今日も彼を甘えた声で呼んでいたあの子。
素直に人を頼れる子。好意を隠さずに伝えられる子。
外見も中身も、私にはない全てを持っている子。
どうでもいいけど、職場にそんな甘い香水はつけてこない方がいいよ。まぁどうでもいいけど。
ポケットから伝わる振動が、先程までよりも長いものに変わる。
電話に出たら一言目に「今かけて大丈夫だった?」って聞いてくれる、そんなところも好きだったな。
しばらくすると振動が止み、短い通知音がひとつ。
さわさわと揺れるススキはなんだか心を落ち着かせてくれる。月明かりに照らされた黄金色の輝きは穏やかで、どこか憂いを帯びていて。
写真を撮ろうと取り出したスマホには何件もの着信とメッセージ。
[もう夜遅いから家にいてほしい。迎えに行くから場所教えて][何度も電話してごめん。どこか泊まる場所があるなら無視していいから]
ああ、どこまでもこういう人だった。
私がどんなに疑っても否定しても変わらない体温で包みこんでくれるような、そんな人だった。
再びの着信に、今度は応答ボタンに指が伸びる。
側で照らしてくれる。ゆらゆらと揺れる私を見守ってくれる。
綺麗に咲いた花を案じる必要なんてなかったんだ。
だって、月にはススキがお似合いでしょう?