―【 モンシロチョウ 】―
…
「――▓▓くん?」
茂みから体を起こし、髪にはぽやっとの葉っぱをつけた。
あの日と同じ――
【琥珀色の目の男。】
「…ふぁ〜、…ねみぃ。」
「ちょ、久しぶりに会って一言目あくびって。
相変わらず呑気ですね…まったく、」
「お前も大概だろ。」
「ふふ、確かに。」
そう、久しぶりの会話とも思えない程の。
幼少期に書いた漫画の続きのような事を口に発し、
お互いに苦笑いを浮かべる。
「…それで、今までどこで何してたんですか。
俺、▓▓くんの事探してたんですよ。ずっと」
「え、全然寝てたけど。目覚めたら森で、動く度に全身痛てぇんだよ。」
「1世紀丸ごと寝てたんですか。俺少し引きました。
そりゃあ体痛くなりますよ。はは、大丈夫ですか?」
「はあ?大丈夫じゃねぇに決まっ……。
……1世紀?」
猫が餌を多量に注がれた時と同じような拍子抜けをしたような顔をし、
ジッと琥珀色の目がこちらを見る。
どうやら状況を把握しきれていないようだった。
「はい。もう1世紀立ちましたよ。あの日からね」
「……1世紀って、は?どういう、てかなんで俺生きて…」
冷や汗が月明かりに反射し、宝石のように光り輝く。
――そして長身の男は思い出したように。
「…ああ、忘れてた。」
まるで実験が上手く行ったときのような笑みを浮かべ口を開いた。
「俺があの日、▓▓くんに呪いをかけたんです。
はは、ちゃんとかかかったんですね。よかった。」
「……っあ…?呪い?」
「はい。俺って人間じゃないじゃないですか。
初めは、貴方の命が朽ちるまで。ちゃんと覚えていようって、
そんな感じに思っていたんですけど。
……やっぱり、俺。
置いて行かれると、少し寂しいので。」
「呪いをかけたと?」
「はい。」
「はい。じゃねぇよ…でもお前、忘れてただろ。俺に呪いかけたの。
さっき忘れてたって、バッチリ聞こえてたかんな。」
「あー…。
…まあまあ、そんな所もご愛嬌でしょう。」
そう言い長身の男はにこりと、誤魔化すようにわざとらしく笑った。
海の波が深海を透かし、2人の影は薄暗い地面に映る。
――そして、数分の沈黙が過ぎた後。
長身の男はふと、
頭に浮かんだ【疑問】を琥珀色の目に投げかけた。
「そういえば、…その手の汚れ、なんですか。」
「あ?手の汚れ?……ああ、これ。
モンシロチョウ。」
「モンシロチョウ!?」
「声デカ、」
思わず耳を塞ぐと、長身の男はハッとした顔で咳払いをした。
「ああ……失礼、…でも、…え、は?
モンシロチョウ潰したんですか、貴方。」
「…まあ、そうだけど。てかつぶしたっていうか…食った。」
「えー…不吉〜、美味しいんですかモンシロチョウって。
……てか俺虫無理なんで、しばらく近づかないでくれます?」
「ざけんな久しぶりに会ってんだろうが。
あとモンシロチョウは不味かった。なんか、少し弾力のある花びらみたいな。
身の部分はぷちってしてた、…変な汁出ててきてキモかったわ。」
「………。」
「貴方今めちゃくちゃ最悪な食レポしてますよ、」
「うるせぇ呪いかけ野郎。」
そんなやりとりをしながら夜は明け頃に近づき、影が縮んでゆく。
…だが2人の会話は、まだ止む気配はしなかった。
モンシロチョウの羽根が、海に沈んだ。
―【 忘れられない、いつまでも。 】―
…
深夜の海に反射する命の数ある星が、大きな夜空に浮かんでいる。
「……結局、俺だけですね。」
想いの灯火は月明かりに照らされ見えなくなったらしい。
琥珀色の彼の目は、もう自分の視界では捉えることができなくなってしまいました。
もちろん彼は殺していません。【野次馬に殺された】と。
俺は他人なので断言も出来ません。
俺は何も見ていないので。何も 全て分からないまま。
彼は俺の前から姿を消しました。
「一人って、意外と寂しいんですよ。
…貴方なら分かっていたでしょう。」
そう、海の響きに任せるように身を揺らした。
溢れ出る眠気と波の雑音がどこか鼻について、
俺はそこから動けませんでした。
「居るなら、返事くらいしてくださいね。…俺、かくれんぼ苦手なんで。」
小さく拗ねたような口で、ボソッ…と呟いた。
膝を抱え体育座りで、こんな長身の男が…と、フッ、と息を吐いた。
それが呆れからくるため息なのか、自嘲しているのか。
自分でもよく分からなくて。でも、答えをくれる人はもう居なくて。
なんだか虚ろを見つめている気分になった。
「……セイレーンにでもなって、帰ってこないかな、」
やっぱり、忘れたくないものは忘れられない。ありえない可能性と、
【もしかして】と期待する自分が気持ち悪かった。
けれど。それでも…気持ち悪くても。
「俺はずっと。」
忘れられない、いつまでも。
…
―
「……さて、」
そのまま数時間、夜空の下で座っていた。
雨の匂いが仄かにして、俺は雨が降る前に帰ろうと立ち上がると。
その時、南風がふく音に紛れて。茂みから葉音がした。
――「……え、」
―【 耳を澄ますと 】―
…
5/5(火) 自分の担当の事を知るべく、俺は研究室で日記のような物を探し出した。
古くさい紙の質感と鼻につくような音、日記いうよりも…記録の様だった。
俺は窓もない研究室の隙間風に髪をゆられながら、記録を開いた。
「【あんな子がここに居るなんて、頭がおかしくなる。】、
【純粋で笑顔が素敵で…考えると罪悪感で狂ってしまいそうで】、
【小さい子なのに、怖がらず自分にも明るくしてくれました。こっちが悪者なった気分で】、
そのような言葉が次々と出てくる。
前担当は皆、数日で牢を壊し暴れる。戦争の中に一つ綺麗に咲いたひまわりがあったら、気が狂うのと同じで。罪悪感で潰れおかしくなってしまったのだろう。
…でも、偉い人が来るとみんなこう言うんだ。【被験体が暴れてしまい申し訳ございません。】、彼女に全てをなすりつけるんだ。
そしてまた罪悪感となすりつけてしまった自分への嫌悪で頭がかち割れそうになる、でもそこで彼女はにこっと太陽のように笑い。
【大丈夫ですかっ?】と心配する。その黄色の曇のない目を見たものは、自分がどれだけの事をしたかを理解し、精神が崩壊。そのまま自殺をするか、
精神科医などに連れられる。…ああ、なんとも。彼女は不憫な太陽なのだろうか。」
耳を澄ますと、また彼女の声が聞こえてきてしまいそうで。
俺は思い腕を動かし、そっと耳を閉じた。
―【 春爛漫 】―
…
「ね〜ぇっ!早くしないとおいてくよ〜!」
そう、元気な若々しい声が春爛漫の中で響いた。花が暖かい日差しに照らされ、
水やりをした際の残った水滴が反射でガラス玉のように光輝いている。
4月、高校2年生に進級した。専門学校と言うこともあって1年の時は色々なことをしていた。
そして、1年生の終わりの時…2年生になったら、何か変わるんじゃないか。とか、
急にそう思ってしまって。不安だらけで曇ったすりガラスのような気持ちになって、
それ以上考えられなかった。
「……?どしたのっ?そんな暗い顔して、…あ、お腹空いたっ??
何かあるかな〜…お菓子とか。」
呑気なボケを言い放ちながら、黒髪を揺らし彼女はバッグを巣穴を掘る様に漁っている。
私は、そんな彼女を川沿いの石を見るかのような目で見つめた。
「えっ゛……何その顔〜っ!なになに!?
間違えたとか!?お腹空いてないのっ!?」
そう全てを見透かしたと思っていたであろう、驚いたように彼女は言った。
「…むむむ、……まあいいや!…あ、そういえば!2年生になってもうすぐあれだよ!
あれ!…絵描くやつ!あれちょ〜~っあたし楽しみなんだよねっ!……あ、締め切り…。
……やっぱ前言撤回!!!」
そう、わちゃわちゃとしてる彼女がなんだか面白く感じて。
私は抑えながらも、少し笑いが溢れた。
「なに笑ってんの〜っ!ねえひどーいっ!笑」
春爛漫の中で2人の高校2年生の女の子が、笑い合っている。
風でどちら共の髪が揺れ、色が混ざり合っている。
突然、彼女はピタリと止まり…口を開いた。
「……あれ、ね、ねえ!今時間何時っ!?もうそろ遅刻じゃないっ!?」
私は慌てて腕時計で時間を確認する、
あと3分でチャイムが鳴ってしまうそうだ。
黒髪がブワッと驚いたように上がり、目が見開かれる。
「 さ ん ふ ん !? えっ!?急がなきゃじゃん! 」
そうわたわたと慌ててビシッと背筋を伸ばす黒髪。
私は笑いながら淡々と歩き出し、彼女を置いて教室まで走っていった。
放心状態だった彼女はビクッと意図に気付き「あー!」っと口に出した。
「ねえ~!!一人だけ遅刻を免れるつもりだなあ!?
きーさーまーっ!外道!さいてー!裏切りものぉ〜っ!!」
そう悲鳴じみた声が聞こえたが、それをも無視した。
「早くしないとおいてくぞー?笑」
私はそう言い教室へと足を踏み込んだ。
春爛漫の朝、チャイムの音が鳴り響いた。
―【 誰よりも、ずっと 】―
…
「……お前、なんでさっき…【他の方とは比べ物にならないくらい、俺は違います】
…って、言ったんだよ。……違うってなんだよ。」
そう、彼は俺の事を真っ直ぐと…狼が獲物仕留めた後、その死体が動いた時のような…
未確認生命体を見つけたときの様な、不安と心配の混ざった目で見つめて言いました。
髪の毛が月明かりに照らされ、俺が水面を眺めていても…ジッと見つめてきて、
なんだか心地よい様な…悪い様な。
彼が何かを考えるような素振りをして、首をかしげて…
俺に何か言おうとした後、口を閉じ…また口を開きました。
「……なんも分かんねえ。お前の事」
一生懸命考えているのに、分からないなんて。なんだか可愛いなと思い少し微笑みました。
俺は一歩でも分かりやすく出来るよう…ちょっとした例え話をしました。
彼は真剣に聞いていて、深夜の暗闇の中では琥珀色の目が光輝きよく映えました。
なんだかそれが、懐かしくて。照れくさくて…俺も人間みたいになったなと思いました。
「………。」
彼は、無言でただ俺を見つめて居ました。色々な感情が空きビンに詰まって、
開かなくなってしまった様な。そんな複雑で不思議な顔。
何処か現実を受け止められない、星空をゆらゆらと舞うクラゲのような感じでした。
なんだかそれが可笑しくて、可笑し過ぎて少し困ってしまって。
また、空白を埋めるように。俺は微笑みを彼に向けました。
「なんで、…お前はそんな事言うんだよ。分かんない、ああ分かんねえよ。
分かりたくもねえ…!……でも!それでお前は哀しくねえのかよ…!
……誰にも理解されずに、普通ちょっとは哀しいとかあるだろ…!」
…彼は必死に、縋り付くように俺に言いました。
声を発し、セイレーンのような面持ちで。
でも俺は生きてゆくから、哀しくなんてないんです。
人間でもない、不完全な生き物。
これから何億年も、何前兆年も生きてゆく中で、そんな事を気にしてられない。
彼は黙って、ひまわりが凋んだ様に月を見上げました。
夜風がふき彼の髪を撫でるように動かしていて、それが凄く美しく感じて。
……もし、彼が「俺みたいに生きられたら」。なんて馬鹿みたいなことを考えました。
…でも、いつか終わる彼の命と人生。
この景色が朽ち果てようと、この世界が滅びようと。
俺は必ず彼の事を覚えていようと思いました。
俺は、誰よりも、ずっと。
彼の事が大好きだから。