目に痛いほどの光が風が吹くたびにキラキラと降り注ぐ。どこまでも青く広がる空と緑のコントラストが美しく目を細める。こんなにも広い世界でどこに行っても馴染めない。毎日なんとか胸を張って歩いているが後ろから押されれば崩れてしまいそうなほど自分でも限界を感じている。昼休みのこの時間だけが唯一の気の抜ける時間だ。このまま空に溶けてしまえたらどんなに楽だろう。願いも虚しく重力に縛られどこにも行けない。あぁ、苦しい。苦しいけれど命は続く。きっとどこかに私と同じ人がいるはずだ。同じ貴方へ、今日も一緒に一日をやり過ごそう。きっといつか貴方も私も、幸せになれるから。ただただ今はやり過ごそう。
ずっと隣で笑って居てほしい。
テレビから流れてきた流行りの映画のCMが流れヒロインに向け今人気の若手アイドルがそう囁いていた。ぼんやりと画面を見ながら考える。いつか自分にもそんな風に思える相手が出来るのだろうか?テーブルに置いたアイスティーのグラスが汗をかいている。腕時計を確認すれば幼馴染の幸太郎との約束の時間が迫っていた。もう出なくては。
-なんてことのない夏休みの宿題を一緒にという約束。
まだそんなに日は強くない。麦わら帽子を被り着慣れたワンピースに楽なサンダル。幸太郎との約束ならば気取る必要もない。手提げに入れた課題と筆記用具と財布とスマホ。それだけを持ち近くの図書館に向けて歩く。しばらく歩いていれば聞き慣れた声が近づいてくる。待ち合わせをした意味なかったな。などと考えていればすぐ隣に。
「よー。一緒にいこうぜ?持つか?」
「いいよ。そんなに重くないし。」
「えーいいって。こういう時はじゃあお願い。って言っとけよ?その方が可愛いだろ?」
「…あんたに可愛いって思われても私は嬉しくないけど?」
どこか間伸びした低めの声が心地よい。他のクラスメイトとはこんな雑な会話をしないのに、こいつとだけは何故か自然と居られる。
「…あっ」
「え?」
曲がり角、会話に夢中だったために一瞬気づくのが遅れた。目の前にトラックがあった。ダメだ!と目を瞑った瞬間後ろにぐっと引かれる。
「おー、あぶねー!!お前ちゃんと前みろよ?」
あれ?こいつこんな大きかったっけ?…力も強く…え?
「嘘…。え、そんな…」
「あ?お、おい?どっか痛かったか?」
「これかぁ…。幸太郎だったの……」
つい残念な声が漏れる。…どうか吊橋効果であってほしいけれど、未だ捕まれたその手に高鳴る鼓動が鳴り止まない。…夏休みはまだ始まったばかりなのに。
待ってて
不意にあなたはいつもハッとした表情になる。私には聞こえない微かな…ほんの僅かな誰かの縋る声を察知しまっすぐ前を見据えその瞳が凛と鋭くなるその瞬間が私はとても好きだ。そしてとても寂しい。
「ごめん、行ってくる」
その言葉と共に凄まじいスピードで貴方は今日も誰かの希望になる。その瞬間からあなたが帰ってくる瞬間まで私の不安は続く。
ある時あなたは帰ってこなかった。
一年、三年、五年……そして十年が過ぎた。
いい加減に諦めたら?と周りは言う。私も何処かで分かっていた。けれど…
そしてまた三年が経ったある日、あっさりあなたは帰ってきた。照れ臭そうに笑いながら。
そしてまたハッとした表情を浮かべる。
「ごめん、行ってくる」
一瞬で姿は見えなくなる。下を向いたその時見慣れた靴がそこにあった。
「忘れてた、行ってきます。必ず帰るから安心して待ってて?」
その言葉を聞いた瞬間目から涙が溢れた。
「いってらっしゃい。」
やっと言えた。
「…どうでしたか?」
「あ…何が?」
今俺たちは空を見上げている。焚き火の火はとうに小さく消えかかっているがそれよりも、目が離せないのだ。星が次から次へと流れていく。これが流星群なのだろうか?先程淹れたコーヒーを注いだマグカップで手を温めつついれば隣の男は静かで穏やかな声音で聞いてくる。主語が抜けている以上一瞬では理解出来ず思考はフリーズするも直ぐに意図することは分かった。同時に流れ星じゃなくその話かよと笑いが溢れた。
「わりぃ。一瞬考えたは。質問がわからなくて。…お前と抜け出したあの夜からずっと最高だよ」
「そうでしたか。それならよかったです。…君を誘ってよかったのか…ずっと気になってたんですよ。」
「あんなとこに居るよりはよっぽどよかったよ。それに、多分普通に生きてたら見れないもんを沢山見れた。俺は結構満足してるよ。…お前は?」
「僕も。まさかこの歳でこんな大冒険をするなんて大学に居た頃は思いもしなかったですけど充実しています。」
その時、一際大きく歪な何かが俺たちの後ろから飛んでいった。
「あとどれくらい続くんですかね?」
「さあなー。それまでに俺たち以外は皆死んじまったりして。」
「うわー、それ一番嫌なやつじゃないですか?」
きっと普通の時なら俺たちはもっと呑気に暮らして接点なんかなく、一生お互いを知らないままだったのだろう。軽口を叩き合うたび居心地の良さを感じる。こいつに会えてよかった。この状況に感謝をしてるなど口が裂けても言えないが。
「さてと。また明日も移動だからそろそろ寝ようぜ。」
「そうですね。」
体も冷え始めてきたため自然の中に隠すようにはったテントに入る。俺たちはいつか幸せになれるのだろうか…それとも置いてきたあいつらの呪いを受けるのだろうか?まだ分からない。ただこいつとならば結構どこでも、何をしていても悪くない。いつかのその日だって。
「おやすみな。」
「おやすみなさい。」
いつも通りの挨拶だ。明日はどこに向かおう。
俺たちの果てはまだ来る気配がない。
就職氷河期などと言われ、前途多難に始まった俺たちの社会への船出。周りの友達がどんどんと内定をとり船を港へと停泊させ新たな人生を始めたと言うのに俺だけは一向に停泊させるべき港が見つからない。二歳下の妹が笑う。
「お兄ちゃん、そんな顔してたら取れるものも取れないよ?」
「分かってはいるんだけど仕方ないだろう?もうお祈りメールと手紙ばかりみたせいで自信が放浪の旅に出ちまったんだよ。あんたとはいれないって。」
「あはは、なにそれ」
ふと腕時計を見れば次の面接に向かう時間だった。妹は俺の視線で察したらしい
「いってらっしゃい。大丈夫だから。笑顔でシャキッと頑張ってね!」
人が緊張にせっつかれ始めたというのに妹はそんなことどこ拭く風で、屈託なく笑うその笑顔を見ればなんとなく大丈夫な気がした。
一週間すぎた頃、いつもと少しだけ違う雰囲気の封筒が届いた。宛先を見ればあの日あの後に受けたところだった。ダメ元で自分には無理だろうと。まさか、そんな筈…開けてみれば受かっていた…。あぁ、お前まさか分かってたのか?どこか勘の鋭い所のあるやつだったからあれは俺を安心させるためでなく本当だったのかもしれない。
「よぉ。あん時お前が言ってたとこ、受かってたわ。お前分かってたのか?」
問いかけても返事はない。だがそこにいる気がする。
「俺、頑張るよ。お前みたいに頑張ってる奴らのためにも。な?だから見ててな。」
妹は世界でも珍しい病気だった。結局生涯を病院のベットで過ごした。そんな妹がひとつだけ俺にここで働いてほしいと珍しく真剣に行ってきたのがこの製薬会社だった。
面接からほどなくあいつは先に天国へ行ってしまった。最後の頃会社に入ったら…とまだ決まってもいないのにあれこれアドバイスを受けたっけな。何故製薬会社なのか全然わからないがいつかあいつに会える日までは頑張ってみようと思う。そして会えたならこの仕事の事を俺の人生を経験をいつかお前に届けたい。