小さい頃読んだ絵本の名前が未だに思い出せない。
確か、赤い糸で結ばれた男女は幾つもの障壁を乗り越えて幸せになるという話だった。
私はあの絵本のお陰で離婚せずに済んだのに、思い出せない。
運命の赤い糸を信じて頑張れたきっかけのあの絵本を、もう一度読みたいのに。
いっそ私が絵本のキャラクターになって、あの本の筆者を救えたらいいのにな。
そうすればあの本に恩返しできるから。
まあ、どうせ物語の主人公になれるほど濃い話もないのだけれど。
でも、もしなれるなら
あの絵本を探す「夫婦」のお話だろう。
私にとっての「宝物」は、煌煌としたものではない。
山のような小判や宝石などではなく⋯
思い出、だ。
小さな頃に遊んでいた玩具や通っていた学校など明るいものから、元彼と別れる時の喧嘩や今はこの世に居ない母親の泣き顔⋯。 そんな暗い記憶さえも思い出の1部だ。
これを私は、防衛反応だと思っている。
いい思い出も悪い思い出も、全てひっくるめて宝物にしてしまうことで心に傷をつけない防衛反応。
この宝物を捨てて初めて、成長だって言えるのかもしれない。
それでも、私には必要だから。
「宝物」。
それは、私を守ってくれる優しいものだった。
「お誕生日おめでとうー!」
そんな声とともに、ケーキの「キャンドル」の火を吹き消す。
今日は11歳の誕生日。
最近は寒くなってきたけれど、大好きなチョコケーキを食べると少し元気が出る気がする。
11月20日産まれの私の、産まれた月と同じ年齢になる日。
暖かい電気の灯りとチョコケーキに元気づけられて、1年頑張れるようにと願った。
子供の頃いつも行っていた公園は取り壊しになってしまったし、仲が良かった友人とは連絡をとっていない。
大好きだったオレンジジュースはもう売っていないし、通っていた学校は廃校になってしまった。
アルバムを無くした今では、あの頃のことは私の脳内にしかない。
私しか覚えていない思い出だって、きっとある。
私の心には、そんな「たくさんの思い出」が詰まっている。
早く冬が来ないかな、そう思いながらアイスを頬張る。
2XXX年、地球の平均気温はとても上がっていた。
あまりの暑さに体が痛くて外には出られないから、殆どの会社が夏に数週間の長期休暇を設けた程だった。
こんな日々だからか最近はとても冬が恋しくなっている。
冬が来たらあれを食べて、これをして⋯
なんて毎日考えている。
今の夢は冬だ。
だが、きっとその夢は叶わない。
薄々わかっている。
私が生きているうちには冬は来ない。
嫌でも気づいてしまう。
でも、もしも冬が来るなら。
また寒くなるなら。
「冬になったら」、実家で母の手料理を食べながら大晦日の特番を見たい。
そう、思った。