あんなに一緒にいられるよう願っていたのに、この空虚な感じはなんだろう。隣にいるのに、ずっと遠くにいるような気がするのは何故だろう。
会話もどこか虚しく、言葉が行き交う。さりげない仕草も優しげで、なんの問題もなさそうなのに。表向きは穏やかそうに見えるのだろうか。本当の心はいったいどこを向いているのだろう。
一人でいるのは寂しいと思うこともあった。でも、二人でいるのに感じる寂しさは、ずんと心に響く。
「寂しくて」
あんまり近づかれると、さっと避けたくなる境界線がある。その線の手前から恐る恐る人と接しているのだけれど、時々、ぽんと飛び越えてくる人がいる。うわっと思うけれど、よくよくその人のことを知ると、目が離せなくなったりする。
でも、さらに知っていくと、その人こそ踏み込めない線がずっと手前にあった。核心のところには容易に近づけない。だから、勇気を出して、自分の線をえいっと飛び越えようとしてみる。でもぱっと出て、すぐ戻ってしまう。
そんな臆病なやり取りを繰り返しては、ずっと平行線をたどっている。自分は線を張ったまま、相手には、またぽんと越えてきてくれないかなんて思ってしまう。本当に面倒くさい。
「心の境界線」
夏の終わりごろ、ベランダに一匹セミが転がっていた。あっと思っていると、どこからともなく鳥が飛んできた。鳥が飛び立った後、透明な羽根が一枚残されていた。
コンクリートの床の上で、風がかすかに羽根を揺らす。夏の終わりのセミは、どこかはかなげだ。どうして羽根の色が透明なのだろう。季節の移り変わりを知らせるかのような鳴き声も切なく聞こえる。セミの地上での短い命を思った。
そのままぼんやり眺めていたら、シュッとまた鳥が現れた。あっという間にその羽根をくわえていってしまった。
「透明な羽根」
陶器製の家の形をした置き物。中にキャンドルを入れると、家に灯りが灯ったようになる。
せっかくだからと少し照明を落とす。テーブルに置いたその小さな家がぽーっと浮かびあがる。
キャンドルの炎は、ゆらゆらと不規則に揺れて、私たちは、飽きることなくその灯りを見つめた。
そのうちに、キャンドルに仕込まれている香りがふわっとしてきた。優しいハーブの香りに、「ほぉーっ」と思わず声がもれる。気づいたら「私さ、気になる人いるんだけど…」。「いやあ、最近落ち込んでて」とか独り言のように、それぞれの心のもやもやが出てきた。
そして、その言葉たちは、小さな家の灯火の中にするすると吸い込まれていく。しゅーっしゅーっと一つ一つ燃えていくような気がした。揺れる灯りに映る私たちの顔は、何だかとても安らいでいた。
「灯火を囲んで」
街のイルミネーションの準備が始まっている。朝晩、すっかり冷え込むようになってきた。
気になるあの人がステキなコートを羽織っている。コート姿は、何故か何割増しかで、かっこよく見える。それに合うマフラーをさりげなく巻いたなら、さらに増し増しになる。
そして、「さあ、今日は早く帰ろう。そろそろ冬支度しなくちゃ」なんて言う。さぞかし、おしゃれなものだろうと思って「一人暮らしで、どんなことをするの?」と聞くと、「こたつ出して…、みかん買うかな」。純和風か。そのアンバランスさも、なかなか心憎いのだ。
「冬支度」