買ってもらったばかりの新しい自転車に乗って、前を行くあなたの背中を必死に追いかけた。アスファルトも砂利道も坂道もずっと足を止めず。方向感覚がないから、見失えば迷子待ったなしの状況。ゆるんだ日差しの中、それでもまだ熱気の残る夏の夕暮れ。意味も、目的地もないまま。
〉自転車に乗って
「病は気から」なんて、飽きるほど聞いたけど。それなら気の病みはどこから来るのだろうか。
「はい、今日のプリントとノートの写し」
見慣れた部屋の中。君はいつもの場所に座って、うつむきがちにぼんやりしてた。いつも通り持ってきたものは机の上に置く。
優しすぎる君だから、多くを抱え込んでしまったのかもしれない。誰の痛みも、苦しみも。我が事のように耳を傾け、捉えた果てのがんじがらめ。助けてあげられたらいいのに、その術を持たない。無力さに打ちのめされながら、今日もまた君のとなりに座る。
口をついて出そうになる思いを改めて頭の中で吟味する。どれも言葉にすればなんだか妙に安っぽくなる気がする。もちろん君がそんな風に受け取らないことは知ってる。それでもまた、今日も言わないことを選んだ。ただそばにいる。それが自分なりの最善。
〉心の健康
私はあの子のことが嫌い。
だから、同じ楽器なんて選ぶつもりはなかった。
社会人になると、職場と家の往復が主になる。私の属した会社は色々と自由で、最低限のルールを守ってやるべきことをこなしていれば、あとは楽しくお喋りしたり、お茶を飲んだりと気ままに過ごすことが許されていた。
「楽器やらない?」
似た趣味の先輩と、同じゲームにはまって。その影響をもろに受けて二人で新たな趣味を開拓しよう、と盛り上がった。やるならどの楽器がいい?なんて話しているだけでも面白かったけど、二人とも変なところに行動力を発揮してしまい、それぞれ違う楽器を買った。本当に買った。諭吉が数人消えていったのは言うまでもない。
「似合うね」
先輩はそう言ってくれたけど、私は自分の選択に少し困惑していた。まさか自分があの子と同じ楽器を選ぶなんて。違う、あの子じゃない。これはゲームで推しキャラが演奏していた楽器。躍起になって胸の中で繰り返し言い訳する。だけど本当は、私の記憶の中であの子の奏でる旋律が、ずっと鮮明に残っている。
〉君の奏でる音楽
人生の終点はどこだろうか。
よく「結婚は人生の墓場」なんて聞くから、ある意味では終点だろうか。子育てが落ち着くとセカンドライフが、なんて考え方をするから、こっちが一つ目の終点?でもやっぱり、終わりという意味ならば、命の終わりがそのまま人生の終点と思えば、それもしっくり来る。
部屋の片隅。見慣れた笑顔が飾られているのは、まわりのインテリアと調和するように作られた今風の仏壇。写真の中の母はいつもきれいだ。
皮肉なもので、あなたの終わりが俺にとっては新しい始まりになった。苦戦ばかりの、さながら“弱くてニューゲーム”状態。一部のマニアにしかうけなさそうな仕様だ。
一人減っただけで、家の中はやたらと広く、暗く感じた。親父も俺も、時々料理をするようになった。親父の作る料理は、見た目だけ母さんの料理にそっくりだけど、味は驚くほど個性的だった。
「いってきます」
俺たちは毎日、返事のない声掛けを繰り返す。
〉終点
また、前回の続き。これにておしまい。
ゆらりとゆらめく水面。体温より少し高めに設定した温みが、肌に染みていく。対照的に、疲労感はじわじわと、溶けて染み出ていくようだった。
あれから不定期に観察の日を設け、幾度かオトモダチと出掛けたりもした。服はサブスク頼り。選べないし管理も苦手だから、これが一番。待ち合わせには遅刻せず、それなりに会話も弾んだ……と、思う。自信はない。
一日の終わり。浸かる湯船はいつも反省会の場所。これで良かったのか、次はどうするのが自然か。相変わらず人と少しずれた悩みに惑いながら、日々もがいている。
〉上手くいかなくたっていい
昨日の続きのようなもの。