目が覚めるとそこは真っ白な箱の中
ではなく
黄ばんだ天井と薄汚れた蛍光灯が私を見下ろしていた。
私は眠っていたのだ。そう、思い出したぞ。
日々の不摂生。睡眠不足と栄養不足でぶっ倒れたのだ。
点滴でもして帰れと医者に軽くあしらわれ
新人らしきナースに何度も何度も針を刺された。
絆創膏だらけの青い腕。それよりも青い血管の中。
赤い血の隙間を満たした黄色の液体は
無理やりに引き裂かれ生まれた私の空白を満たしてくれはしないのだ。
暇だ。脳内ポエムをしたためてしまうくらいには暇だ。
時間が妙に長く感じる。ふるふる震えそしてぴちゃりとその他大勢になっていく雫を眺めるくらいしか娯楽が無い。
まあせっかく病院に来たんだ。栄養不足と同時に睡眠不足の解消をしよう。目をつぶって脳をフラットにする。
点滴が終わったら自分の足で家へ帰るのか。面倒だ。
目が覚めたら見知った天井だと良いのに。
病室
「あの、私の目の色って何色…?」
毎日見ている君の顔。もちろん目もそのひとつ。
「うーん…宇宙みたいな色…。」
「ええ…そうじゃなく黒とか茶色とかで…。」
本当のことなんだけどな。深い宇宙の瞳。その奥には君が見てきたたくさんの物語。うれしいとき、たのしいときにはたくさんの星がきらめく宇宙。もうとにかくいろいろな色があるから何色とは言えない。宇宙色。
「…宇宙みたいな色か。」
「うん。俺のいちばん好きな色。」
「あの、私も。」
「そっか、同じだ。」
好きになったのは君の影響だ。君と出会う前は宇宙や惑星のことなんて少ししか知らなかった。地球と太陽と月と火星とかそのへん。
君のいちばん好きな海王星があんなにきれいなんだって一生知ることもなかっただろう。
君の瞳の中に俺の日常に溶け込んでやさしく寄り添ってくれる宇宙がある。
それが見たいから君を見つめるんだ。
…なんてな。これはただのこじつけ。
君を見つめるなんて日常になってしまったからちょっと格好つけてみた。
「…な、なに?」
「うん?かわいいなって。」
「……変なの…。」
いいじゃん。理由なんてなくても。
日常なんてそんなもんさ。
好きな色
日常
恋に落ちたことはあるか。
昔からの友人に問われ、俺は無いと答えた。
恋をしたことはある。叶ったものも叶わなかったものも。だが落ちるという感覚はわからなかった。
俺も無い。はははと笑いながら友人は言った。なんなんだ。
もし落ちたら教えてくれ。話を聞かせろ。おごるからさ。
お前にはそんなこと一生無いだろうけどなとでも言いたげな顔だった。この野郎め。まあそれもそうか。
恋に落ちる音を知っているか。
すとん。ずるり。どぷり。どくり。
ずくん、だよ。俺は。
心臓がずくんと疼いて全身の血が上にあがった。
顔が熱くなって目の前がちかちか光った。
光の向こうにきれいなあの人がいる。
今の俺の顔を見られたくなかった。きっとひどい顔をしている。
暑いの?顔赤いよ?ふふ。だってさ。
ああ、少し、暑い…っすね…。必死に声を出してなんとかごまかそうと目をそらした。
どれどれ、そんなあの人の声。ひやりと冷たいものが腕に当たった。
本当だ。暑いね。白いスズランのような可憐な手だった。
こんなのもう戻れるわけがない。
地上がどんなものだったかなんてもう忘れた。
落ちて落ちた底の無い恋。
約束だ。おごれよ。
落下
「僕がじいさんになるころにはもうちょっと介護も楽になってると良いねぇ。」
「そうですね。」
「ロボットとかAIとかさうまく活用できればねぇ。」
「はい。全くその通りです。」
「やっぱりまだイメージ悪いかね。」
「残念ですがそのようです。」
「…ロボットごっこ?」
「これが普通です。」
「君みたいなロボットなら楽しそうだ。」
「私はいらないと?」
「そうじゃないよ。その、なんというか。」
「私は旦那様と一緒に過ごす日々が愛おしく思います。これから先の未来も共に歩めたらと。」
「そうか。それはうれしいな。」
「人体改造手術を受けるなら指先をマシンピストル、膝をライフルにしたいです。」
「腰から強化アームは?」
「良いですね。6本は欲しいです。」
「目からビームは?」
「この国を海に沈めなければいけない時に使用します。」
「そんな未来が来ないことを祈るよ。」
「左様ですか。残念です。」
未来
2024.06
「今月までじゃないか。」
まだ先だと思っていた賞味期限が目の前に迫っている。
「ええ…じゃあもう1年以上経ったということか…。」
時の流れは早い。25くらいを過ぎたあたりから急激に早くなった気がする。
「1年か…。」
去年の今ごろは何をしていただろうか。いろいろあってお互いバタバタしていたから思い出が特に無い。
ふとスマホの写真フォルダを開く。
「去年の6月…うーん…ん?」
何かのレシピのスクショが出てきた。米、しょう油、白だし…。
「…ああ焼きおにぎりか。」
ひと手間加えた焼きおにぎり。少しにんにくが効いていて美味いんだ。おにぎりを何個も握るのは面倒だが。
「最近作ってなかったな。」
あいつも美味いといってまた作れとせがんできたな。
そういうことは珍しい。思い出した。
「…あいつが、か。」
いつのまにか思い出のほとんどにあいつが登場するようになった。癪だ。
「…休みだし、ひさびさに作ってみるか。」
無性に焼きおにぎりが食べたくなったんだ。俺が。
あいつは関係ない。うん、関係ない。
1年前