粉末

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恋に落ちたことはあるか。
昔からの友人に問われ、俺は無いと答えた。
恋をしたことはある。叶ったものも叶わなかったものも。だが落ちるという感覚はわからなかった。
俺も無い。はははと笑いながら友人は言った。なんなんだ。
もし落ちたら教えてくれ。話を聞かせろ。おごるからさ。
お前にはそんなこと一生無いだろうけどなとでも言いたげな顔だった。この野郎め。まあそれもそうか。


恋に落ちる音を知っているか。
すとん。ずるり。どぷり。どくり。
ずくん、だよ。俺は。
心臓がずくんと疼いて全身の血が上にあがった。
顔が熱くなって目の前がちかちか光った。
光の向こうにきれいなあの人がいる。
今の俺の顔を見られたくなかった。きっとひどい顔をしている。
暑いの?顔赤いよ?ふふ。だってさ。
ああ、少し、暑い…っすね…。必死に声を出してなんとかごまかそうと目をそらした。
どれどれ、そんなあの人の声。ひやりと冷たいものが腕に当たった。
本当だ。暑いね。白いスズランのような可憐な手だった。
こんなのもう戻れるわけがない。
地上がどんなものだったかなんてもう忘れた。
落ちて落ちた底の無い恋。
約束だ。おごれよ。


落下

6/19/2024, 2:30:14 PM