粉末

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5/14/2024, 1:59:30 AM

「私の数年間。なんだったんだろう。」
酒が入るといつもより陽気になってハイセンスな笑いを提供してくれるこの人が、めずらしく遠い目でひとりの世界に入ってしまった。
「ばかだよねえ。何を信じていたんだろ。あいつか。あはは。」
泣いているように見えてひやりとしたが違った。
とろけた目でほとんど水になってしまった梅酒をこくりこくりと飲み干した。
「すっかりおばさんになっちゃったよ。おほほ。」
「おばさんではないだろ。全然。」
「あらあらお上手ねお兄さん。唐揚げあげちゃう。」
はい、あーんとひとくちにしてはでかめの唐揚げを差し出してきたので素直に従う。
「…俺と一緒にいたらいいだろ。あんたのその数年間を取り戻すから。」
「えー?それって私の都合の良いようにとるよ?」
「いいよ。」
「ふふ。ありがと。もうひとつ唐揚げあげちゃう。」
「…どうも。」
俺はこの人のこの笑顔に弱い。
唐揚げなんか無くったってなんだってしてやるさ。


ありがとうね。私と一緒にいてくれて。
とても楽しくて幸せな日々を過ごせているよ。
うーんでもまあどんなに今を充実させても失った時間を取り戻すことは出来やしないんだけどね。
それはそれ。これはこれなのだ。


失われた時間

5/13/2024, 4:21:15 AM

子供のころは大人に憧れた。
大好きなアニメのヒロインは中学生。
おしゃれで、きれいで、すてきな恋人がいて
いつか私もなれるのかなと淡い期待を抱いていた。

でも、いつのまにか大人になるのが嫌になっていた。
自分のこともよくわからないままひとり世の中に放り出されることが怖かった。

そして今。いちおう、大人になった今。

「女湯っていつごろまで入って良いんだろ。」
「え!だめだよ!」
「今じゃなくて。子供の時の話。なんとなくさ、何歳まで良いのかなって思った。」
「…それが頭をよぎった時、もう入っちゃだめって聞いたことある。」
「…ふーん。」
「そんなに女湯入りたいの?」
「ロマンだよ。」
「うえーっ。」
「都合のいいときだけ子供になりたい。」
「うんわかる。ドリンクバー無料とか。」
「地味。」
「いいじゃん別に!」
「はは。」


なんか、別にどうでもいいや。
大人さいこーとか。子供のままでいたいとか。
たまに言われるんだ。素直だなって。
都合よくそこだけは子供のままでいよう。
何もない私の唯一の取り柄だから。


子供のままで

5/12/2024, 3:59:52 AM

なんとなく一緒に映画を見たり。寝ている隣で本を読んだり。奴と過ごす時間は嫌いではないし居心地が良いとさえ思っている。
だがな、それだけだ。それだけ。
それ以外の感情はない。断じて。

それはそれとして俺にはどうしようもないときがある。
ひどく心が乱されて内臓の全てをぎゅうぎゅうに締めつけられていく。
息をするのがやっとで何かにしがみつきたくなる。
その時きまってそばにいるのは奴だ。
普段は余計なことまでべらべらと喋るうるさい奴が
こういうときはだまって俺の言うことを聞いてくれるのだ。
腕を貸してくれる。その腕で抱きしめてくれる。
何も言わず隣で寝てくれる。キスを、してくれる。

好きだ。好き。好きなんだ。
あんたを愛している。
もっともっとそばに。
この手をずっと握って。
嘘でもいい。俺を好きと、愛していると言ってくれ。
気付いてくれ。気付いていないふりをしてくれ。
ひとりではどうしようもない愛を
声には出せない愛を
俺にしか聞こえない声で
いつだって
あんたへの愛を叫んでいる。



愛を叫ぶ。

5/11/2024, 4:31:10 AM

遠目から見ているぶんにはまだ…まあ、うん。
少し寒気がするくらいで済む。
ところがだ。風の悪戯かはたまた奴らの意思か。
急にこちら側に牙をむけたのなら話は別だ。
古代の神々に目をつけられた人間のように俺は無力になる。自分よりもずっと小さな体の奴らから情けなく逃げ惑うほかないのだ。

「…こいつが?」
「ああ、こいつだ。」
「…ただのチョウだが。」
「そうだ。ただのチョウだ。何か問題あるか?」
「…いや。」
「だろ?だから早く追っ払ってくれ。」

天気も良いしたまには自転車で買い物に行こうと思った矢先の出来事だった。こいつがサドルにとまっていた。手で仰いでもびくともしない。これ以上刺激してこちらに向かってきたらどうする。想像しただけで鳥肌が立つ。正気でいられるわけがない。近所中に俺の叫び声が響き渡るぞ。他人事だと思うなよ。もちろんお前も巻き込んでやるからな。

「おら。追っ払ったぞ。」
「すまない。助かる。」
「礼ならいくらでももらってやる。キスでいいぞ。」
「今言っただろ。これ以上は無い。調子に乗るな。」
「…ひでえダーリンだ。」
「なんとでも言え。じゃあ行ってくる。」

赤白黄色のチューリップのまわりを飛びまわる姿。
遠目から見る分にはかわいいだけ。
しかし近付いてよくよく見るとわかる本来の姿を知り
恐怖を感じるかもしれない。幻滅するかもしれない。

「俺は嫌いじゃねえけどな。白いチョウ。」

本性を隠した俺のチョウは白いシャツを風になびかせひとり気ままに出かけて行った。おそらく帰りは夕方になるだろう。


モンシロチョウ

5/10/2024, 4:01:42 AM

ありがたいことに君の笑顔は毎日見ている。
毎日かわいくて愛おしくて俺は幸せだ。

初めて君の笑顔を見た時のことは今でもはっきりと
覚えているよ。
俺を警戒しながらぎこちない笑顔を頑張ってつくっていた時もそれはそれでかわいかったけどね。

本当にしょうもない、くだらないことを俺が言ったんだ。そうしたらふっ、と君が知らない顔で笑った。
口元に手を当てて笑いすぎないように必死で耐えていた姿を見て、もっともっと君を笑わせたいと思ったよ。
そしてこの笑顔を守りたいって。

俺たちのこれからに何が起こるかはわからない。
良いことも悪いこともたくさん。
だから忘れることも多いだろう。

でも、きっと
君のあの時の笑顔は


忘れられない、いつまでも。

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