粉末

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4/19/2024, 6:44:54 AM

私の見る世界は基本色が無い。単なる比喩だが。
白黒映画のようと言えば聞こえは良い。
内容は気色の悪い笑顔と共におべっかや嫉妬、腹の探り合い、安い会話が只々くり返される駄作だ。
そんなものを見た日の夜はひとり部屋で煙草をくゆらせ現実を煙の向こうに追いやる。
くそったれ共の顔も幾分かマシになるからな。

日の光と肌寒さに叩き起こされた朝。
開ききらない眼の奥で見た
煙草の煙の向こうにいる彼には確かに色があった。
「おはよ。」
「おはよう。…君、そんな顔をしていたのか。」
「うん?そうだけど。」
「そうか。男前だな。」
「今気付いたの。」
ああ。今やっと気付いたよ。君の髪、眼、肌の色。
日の光と煙の白から浮き上がってくっきりと見えた。
「それは私のだろ。そんなに吸いたいなら煙草ぐらい自分で買いたまえよ。」
「別に無くったって死なないから。これは格好つけ。
前にさ、煙草を吸う姿が俳優みたいで良いって言われたんだ。」
「はは。まあそれは否定しない。だが何のために。」
彼はふーっと気だるげに煙を吐き、慣れた手付きで灰皿に灰を落としたあと私に近寄ってきた。私はその黒曜石のような眼に捕らえられ、そして
「そんなの、あんたに好かれたいからに決まってる。」
にっ、と煙草をくわえたままのいたずらな笑顔を向けられたのだ。

彼が離れればたちまち色を失い元に戻るであろう脆い世界。そうしたらまた君の手で乱暴に彩ってほしい。
煙草なんかより簡単に飛べそうだ。


無色の世界

4/18/2024, 5:33:21 AM

「今年もあっという間だな。」
「そうだね。」

いつの間にか咲いていつの間にか散っている。
暑さに耐え、寒さに耐え
やっとその時を迎えたのに
それはあまりに短すぎる。

「ちょっと寂しいけどまた咲くよ。だってこの子達は生きているからね。」

ふんわり。可愛くて儚げなこいつの笑顔は桜の花のようだ。そしてその芯は強く桜の木のようにしっかりと根を張っている。

「みんなお花見したのかなあ。」
「だろうな。俺は花見なんかしたことがない。」
「私もだよ。桜の下でお弁当広げて
お昼なのにビールなんか飲んで。いいなあ。」
「来年してみるか。花見。」
「うん。忘れないようにしなきゃ。」

俺たちが来年も共にいれる保証はどこにも無い。
けれどこうして未来の約束をする。来年もまた桜が咲くと信じて。

「来年もまた同じ会話をしそうだ。」
「ふふ。あり得るね。」


桜散る

4/17/2024, 5:05:06 AM

「子供のころの夢は何だった?」
めずらしい君からの過去の話題。
うーんと幼いころを思い出してみる。
ヒーロー、スポーツ選手、宇宙飛行士、パイロット…。
わりといろいろ出てくるな。まわりの影響でころころ変わっていただけだけど。
運動も勉強もぱっとしなくてそうそうに諦めた夢達。
何かになりたいと思わなくなったのはいつ頃からだったろう。
「君は?」
目を逸らして明らかにもじもじし出した君。かわいい。
「…お姫様とか。お花屋さんとか。ぬいぐるみ屋さんとか…。」
かわいい。かわいすぎる。女の子の夢としてはポピュラーなんだろうけど今の君が言うとギャップがあってとてつもなくかわいい。
そしてふと気になることが。
「…お嫁さんは?」
なんとなくね。なんとなく。
「それは一回も思ったことが無いな。」
即答。まあいいのさ。これからだ。これから。

夢を見る心は大切だ。余裕を持つという意味でも。
目標という意味でも。
何年かぶりに何かになりたいと思うようになった。


夢見る心

4/16/2024, 5:25:34 AM

「またそんな格好で外に出たの?!」
「…ゴミ出しに行っただけだ。」
距離の問題じゃない。何度も何度も言っているのに。
「…誰も見ていない。」
「そんなのわからないでしょ。」
そのうすーいインナーシャツが何を守ってくれるというのだ。体のラインをくっきりさせて君を更に魅力的に見せることしか出来ないだろ。
「そんな物好きいない。」
「俺だったら絶対見る。」
彼女はむう、と少しむくれてそのまま何も言わずに履いていた部屋着のスウェットパンツに手を掛けた。
「だから!窓際で着替えないで!見えちゃうよ!」
「…考えすぎ…。」
「なに?なんか言ったかい?」
「…別に。」

君はとても魅力的だということを
もっと自覚を持ってほしい。
嫉妬深い俺はいつもやきもきしているんだよ。
もう何年も一緒にいるのに
この思いは君にはあまり届いていないようだ。



届かぬ思い

4/15/2024, 4:34:11 AM

「はいまた僕の勝ち。アイス買ってこい。」
「うぐぅ…くそー…。」
今日も2人が楽しそうでなによりだ。
「…ねえ、何か買い物ある?」
蚊帳の外だった私にも気をつかい声を掛けてくれた。
優しい子だ。
「では私にはコーヒーを頼む。そら、これでアイスも買いなさい。」
ゲームの敗北者は近所のコンビニへ買い出しの刑らしい。上着を羽織りスマホだけを持ったこの子に小遣いを手渡す。
「え!いいの?やったあ!ありがと!」
「ちょっと。あんたがお金を出したら意味ないんだけど。」
「まあ良いじゃないか。気をつけて行くんだよ。」
いってきますと元気に出ていった姿を見送り煙草に火を点けた。あの子の前ではどうも吸う気が起きない。
息を深く吸い込み煙を脳へ行き渡らせふうと吐き出すと生きた心地がする。私も立派なニコチン中毒なのだろうか。
余韻に浸る間もなくひと吸いだけした煙草は後ろから伸びて来たしなやかな手にぱっと奪われた。
「こら。」
「まあ良いじゃない。」
彼は私よりも年下だが落ち着きがあり背も高い。
さも当たり前のように私が口をつけた煙草を吸い軽口と共に煙を吐き出す姿は妙に様になっている。
「ほどほどにしときなよ。早死にするよ。」
「それ1本にするつもりだったんだがなあ。」
「そう。じゃあ返すよ。」
そう言うと彼はふーっと私に煙を吹きかけ、少し短くなった煙草を唇に押しつけてきたのでそれに答えてやった。
「こらこら。」
「早く吸わないとあいつ戻ってくるよ。」
「そうだな。窓も開けないとな。」
「まあ戻ってこなくていいけど。あんたと2人の時間も欲しいし。」
「こら。」

私は今幸せだ。それが誰かの犠牲の上に成り立っていることはわかっている。
欲深い私が死んで地獄に堕ちるのは構わない。
だが神様。この子達を道連れにはしないでくれ。
私のからっぽの心が満たされ幸福を感じる時
誰にも言えないこの願いを煙草の煙に乗せて
いるのかいないのかわからない神様へ祈っている。


神様へ

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