私の見る世界は基本色が無い。単なる比喩だが。
白黒映画のようと言えば聞こえは良い。
内容は気色の悪い笑顔と共におべっかや嫉妬、腹の探り合い、安い会話が只々くり返される駄作だ。
そんなものを見た日の夜はひとり部屋で煙草をくゆらせ現実を煙の向こうに追いやる。
くそったれ共の顔も幾分かマシになるからな。
日の光と肌寒さに叩き起こされた朝。
開ききらない眼の奥で見た
煙草の煙の向こうにいる彼には確かに色があった。
「おはよ。」
「おはよう。…君、そんな顔をしていたのか。」
「うん?そうだけど。」
「そうか。男前だな。」
「今気付いたの。」
ああ。今やっと気付いたよ。君の髪、眼、肌の色。
日の光と煙の白から浮き上がってくっきりと見えた。
「それは私のだろ。そんなに吸いたいなら煙草ぐらい自分で買いたまえよ。」
「別に無くったって死なないから。これは格好つけ。
前にさ、煙草を吸う姿が俳優みたいで良いって言われたんだ。」
「はは。まあそれは否定しない。だが何のために。」
彼はふーっと気だるげに煙を吐き、慣れた手付きで灰皿に灰を落としたあと私に近寄ってきた。私はその黒曜石のような眼に捕らえられ、そして
「そんなの、あんたに好かれたいからに決まってる。」
にっ、と煙草をくわえたままのいたずらな笑顔を向けられたのだ。
彼が離れればたちまち色を失い元に戻るであろう脆い世界。そうしたらまた君の手で乱暴に彩ってほしい。
煙草なんかより簡単に飛べそうだ。
無色の世界
4/19/2024, 6:44:54 AM