「今年もあっという間だな。」
「そうだね。」
いつの間にか咲いていつの間にか散っている。
暑さに耐え、寒さに耐え
やっとその時を迎えたのに
それはあまりに短すぎる。
「ちょっと寂しいけどまた咲くよ。だってこの子達は生きているからね。」
ふんわり。可愛くて儚げなこいつの笑顔は桜の花のようだ。そしてその芯は強く桜の木のようにしっかりと根を張っている。
「みんなお花見したのかなあ。」
「だろうな。俺は花見なんかしたことがない。」
「私もだよ。桜の下でお弁当広げて
お昼なのにビールなんか飲んで。いいなあ。」
「来年してみるか。花見。」
「うん。忘れないようにしなきゃ。」
俺たちが来年も共にいれる保証はどこにも無い。
けれどこうして未来の約束をする。来年もまた桜が咲くと信じて。
「来年もまた同じ会話をしそうだ。」
「ふふ。あり得るね。」
桜散る
「子供のころの夢は何だった?」
めずらしい君からの過去の話題。
うーんと幼いころを思い出してみる。
ヒーロー、スポーツ選手、宇宙飛行士、パイロット…。
わりといろいろ出てくるな。まわりの影響でころころ変わっていただけだけど。
運動も勉強もぱっとしなくてそうそうに諦めた夢達。
何かになりたいと思わなくなったのはいつ頃からだったろう。
「君は?」
目を逸らして明らかにもじもじし出した君。かわいい。
「…お姫様とか。お花屋さんとか。ぬいぐるみ屋さんとか…。」
かわいい。かわいすぎる。女の子の夢としてはポピュラーなんだろうけど今の君が言うとギャップがあってとてつもなくかわいい。
そしてふと気になることが。
「…お嫁さんは?」
なんとなくね。なんとなく。
「それは一回も思ったことが無いな。」
即答。まあいいのさ。これからだ。これから。
夢を見る心は大切だ。余裕を持つという意味でも。
目標という意味でも。
何年かぶりに何かになりたいと思うようになった。
夢見る心
「またそんな格好で外に出たの?!」
「…ゴミ出しに行っただけだ。」
距離の問題じゃない。何度も何度も言っているのに。
「…誰も見ていない。」
「そんなのわからないでしょ。」
そのうすーいインナーシャツが何を守ってくれるというのだ。体のラインをくっきりさせて君を更に魅力的に見せることしか出来ないだろ。
「そんな物好きいない。」
「俺だったら絶対見る。」
彼女はむう、と少しむくれてそのまま何も言わずに履いていた部屋着のスウェットパンツに手を掛けた。
「だから!窓際で着替えないで!見えちゃうよ!」
「…考えすぎ…。」
「なに?なんか言ったかい?」
「…別に。」
君はとても魅力的だということを
もっと自覚を持ってほしい。
嫉妬深い俺はいつもやきもきしているんだよ。
もう何年も一緒にいるのに
この思いは君にはあまり届いていないようだ。
届かぬ思い
「はいまた僕の勝ち。アイス買ってこい。」
「うぐぅ…くそー…。」
今日も2人が楽しそうでなによりだ。
「…ねえ、何か買い物ある?」
蚊帳の外だった私にも気をつかい声を掛けてくれた。
優しい子だ。
「では私にはコーヒーを頼む。そら、これでアイスも買いなさい。」
ゲームの敗北者は近所のコンビニへ買い出しの刑らしい。上着を羽織りスマホだけを持ったこの子に小遣いを手渡す。
「え!いいの?やったあ!ありがと!」
「ちょっと。あんたがお金を出したら意味ないんだけど。」
「まあ良いじゃないか。気をつけて行くんだよ。」
いってきますと元気に出ていった姿を見送り煙草に火を点けた。あの子の前ではどうも吸う気が起きない。
息を深く吸い込み煙を脳へ行き渡らせふうと吐き出すと生きた心地がする。私も立派なニコチン中毒なのだろうか。
余韻に浸る間もなくひと吸いだけした煙草は後ろから伸びて来たしなやかな手にぱっと奪われた。
「こら。」
「まあ良いじゃない。」
彼は私よりも年下だが落ち着きがあり背も高い。
さも当たり前のように私が口をつけた煙草を吸い軽口と共に煙を吐き出す姿は妙に様になっている。
「ほどほどにしときなよ。早死にするよ。」
「それ1本にするつもりだったんだがなあ。」
「そう。じゃあ返すよ。」
そう言うと彼はふーっと私に煙を吹きかけ、少し短くなった煙草を唇に押しつけてきたのでそれに答えてやった。
「こらこら。」
「早く吸わないとあいつ戻ってくるよ。」
「そうだな。窓も開けないとな。」
「まあ戻ってこなくていいけど。あんたと2人の時間も欲しいし。」
「こら。」
私は今幸せだ。それが誰かの犠牲の上に成り立っていることはわかっている。
欲深い私が死んで地獄に堕ちるのは構わない。
だが神様。この子達を道連れにはしないでくれ。
私のからっぽの心が満たされ幸福を感じる時
誰にも言えないこの願いを煙草の煙に乗せて
いるのかいないのかわからない神様へ祈っている。
神様へ
今日はいいお天気。世の中も白い雲もお休み。
お店のお花達もあたたかい太陽を浴びていきいきと色付いている。それに比べて私は不謹慎にも少しぼんやりしてしまっていた。
お客さんも店長さんもいない。そしてこのぽかぽか陽気。気を抜いたら居眠りしてしまいそう。立ったまま寝ちゃう。あ、だめ。これ寝ちゃう。寝ちゃう…。
そんな私をカランコロンとお店のベルが起こしてくれた。
いけないいけない。仕事中なのだから。
あわててお客さんに視線を移す。
「いらっしゃいませ。」
そこにはとても見慣れた顔がいた。今朝もいってらっしゃいと見送ってくれた顔だ。
「こんちは。」
見慣れた、けど珍しいお客さんだ。お互いの休みが合わない日は大体家でのんびりしている人なのに。
毎日会っているのにこうして会うと新鮮でわくわくする。それに愛する人の顔が見れてうれしかった。
「何かお探しですか?」
単なるひやかしかもしれないけど。あえてこう聞いてみた。
「あ、ええと。奥さんにプレゼントしたいんだけれど。何かおすすめありますか?俺、疎くて。」
「…でしたら、こちらのバラはいかがですか?きっとよろこんでくれますよ。」
「…お姉さん。値段で選んでいないよな。」
「ふふ。どうでしょう。」
今日はいい天気だ。雲ひとつない。
外にいると少し暑いくらいだ。
だが室内であるはずの店はいま外よりも暑そうだし
なによりふたりの時間に影を落とす雲になるのが嫌で
俺は配達用の車から出られなかった。
いっそこのままふたりでピクニックでも行ったらどうだと薄暗い車内でひとりごちた。
快晴