くもり、ところにより雨
の雨に当たってしまうとは。ついていない。
まだまだ行く予定の場所があるのに。
さてどうしようか。
うーむとひとり考えていたら
目の前の君が空のマグカップを撫でて言った
「おかわり、もらおうか。」
メインのお菓子は食べてしまったけど
カフェオレを飲みながら君とゆっくり話す時間はとびきりの甘いひとときになるだろう。
「そうだね。雨宿りしよう。」
「…お店に悪いからもうひとつ何か頼もうかな。」
そうかやっぱりか。どこか物足りなさそうな顔してたもんな。
雨はもう止んだけれど
君が満足するまでそれは黙っておこう。
ところにより雨
俺にとって君は特別な存在だけれども
君にとっての俺はどうなのだろう。
君の手にある古いけれど大切にされてきた本を見てそんなことを考えてしまった。
「この本は特別。昔からの友だちみたいなものだ。」
へえ、そっか。なんてつまらない嫉妬を出してしまう。本に嫉妬なんて。いよいよだな。
「その子は特別?ずっと一緒にいるんだろ?」
その子、と呼ばれた俺の膝にいる犬のぬいぐるみ。
とぼけた顔でくったりと寝そべった姿が気に入ってるし触り心地もいい。
お腹いっぱいになって昼寝をしたときも
悲しくて泣きながら眠った夜も
あと5分あと5分を繰り返した朝もずっと一緒だった。
「うん、特別だ。だから君も抱っこして撫でてあげて。あ、ちゃんと洗ってるから!」
「ふふ。ありがとう。じゃあこの本を読んでみるか?
そんなに長くないし、わかりやすい。」
活字は苦手だけれど頑張ってみるか。
お前を知れば彼女の特別になれるかもしれないからな。
ぺらりとページをめくってすぐに頭がくらりとした。
なれる、だろうか。
「その本は誰にも触らせたことがない。特別だ。」
特別な存在
「はいこれ。よかったら受けとって。」
と、渡された包み。小さいけれど重みはある。
「ありがとう。」
せっかくだからその場で開けた。
本だ。星の本。きれいな表紙に思わずため息が出た。
「きれい。うれしいよ、ありがとう。」
「どういたしまして。本屋でこの本を見かけたとき思い浮かんだんだ。この本を読んでいる君はどんな名画より美しいだろうなって。」
…うん?本の中身がどうとかより本を読んでいる私が見たいだけなのか?
「ねえ、いま読んでみて。写真撮りたい。」
「まわりの迷惑になる。だめだ。」
「じゃあ写真は撮らないから。読んでいる姿見せて。」
…本当馬鹿みたいだ。もの好きなこの人も。
それに乗せられてしまう私も。
バカみたい
「雨だ。」
ぽつりとこぼれた声に閉じかけていた瞼が開く。
うん、そうだね。そう答えたら起こしてごめんと謝られた。
良いんだ。君と話しながら眠りにつくのはとても優しい時間だもの。
「落ち着く。雨の音は好きだ。」
そうなんだ。知らなかった。
君の顔にはらりと落ちた髪。耳にかけて頭を撫でてやると子猫のように目を細めた。
「こうしていると世界に二人ぼっちになったような気がする。」
世界に二人ぼっち。不思議な表現だけど悪いことではない。
少し冷えた君の肩にタオルケットをかけて優しく抱きしめる。
まだ鳴り続ける雨音。
ふたりのおだやかな時を雨が見守ってくれているようだった。
二人ぼっち
真っ暗な野っ原にふたりで寝転んで
数えきれない星々を眺めている。
深い色の夜空は少し怖くて
隣の彼女の手を握ったが感触はなかった。
あ、これ夢かな。
そう思ってちらと隣を見ると彼女と目が合う。
真っ暗なはずなのにくす、と妖艶な微笑を浮かべる顔がはっきり見えた。
いつもの恥じらった笑顔とは違う姿に胸が熱くなる。
触れたい。
しかし肝心なときに体が自由に動かない。
ああ頼むよお願いだから
1回くらいキスさせてくれ。
夢が醒める前に