私が微笑むと 貴方も微笑む。
私が貴方を疑うと 貴方も私を疑う。
私が見つめると 貴方も見つめ返す。
貴方を「愛している」と私が願うと 私を「愛している」と貴方から伝えられる。
――― そして貴方の言葉で 簡単に私は壊れる。
『鏡』
ガタン……ゴタン……ガタン……ゴタン……
連結された隣の車両が時折、大きく揺れている。3両編成の液晶広告も流れない、素朴な昔の車両。
昭和の香りが纏う、旧式の扇風機がエアコンの風をさらに車内に届かせる為に、ゆっくりと首を振っている。
座席も久し振りに座るタイプ、四人が向い合せになり、窓にはとても小さなテーブルも付いている。
車窓を流れる景色は、いつか何処かで見たような、記憶の欠片に似ていた。暫く、海沿いの景色が続いている。反対側の車窓は、新緑に染まる緩やかな山、そして麓にはぽつりぽつりと民家が点在している。
随分、古いタイプの家だよなぁ……昔、何処かで……あっ!祖父が住んでいたところと似ているのか……
いまは過疎化が進み廃墟しかないが、祖父が住んでいた山間地域に似ていた。
まだこんな景色が残っているのか、懐かしいなぁ……たしか、よく遊んでいた従兄弟の友達がいたよなぁ。そうそう、あの青いトタンのスレート屋根に、隣は段々とした小さな水田が……えっ!あそこにいるのは……私たち……
いつからこの電車に乗っているのだろうか。
こんな単純な疑問も抱かないなんて。そもそも、駅に私はいただろうか。
私はどこから来て、そしてどこへ向かっているのだろうか。
恐怖に襲われて、逃げ惑い叫びたくなる状況なのに、不思議とそういう気持ちにはならない。
何故だろう……どこまでも美しい青い海が心を凪いでく。
『終点』
完璧な人なんていない。
不安に押し潰され、逃げ出したくなる衝動。
本当にこれで良かったのだろうか?と後悔をする。
それを繰り返すのが、人間なんだろう。
希望に瞳を燦めかせ、苦しいと溜息を零す。
矛盾な感情に翻弄され、疲れ果てても、また同じことを繰り返す。
それが、生きるということなのだろう。
足掻いた傷痕は糧となり、証として自身へ刻まれていく。
『上手くいかなくたっていい』
「女の子は結婚するまでは大切な借り物、大事に育てないといけないのよ」
そんなことを幼い頃の私に、母はよく言っていた。
「あなたのせいで、私が悪く言われるの!早く泣き止みなさい!私が泣かせたと思われるでしょ!これは、あなたの為にやっていることなの!」
そう怒鳴りながら、私が泣き止むまで叩いた。だから、嗚咽を堪えて早く泣き止まないと、焦るほど泣くことを止められない。
今思えば、感情なんてそう簡単にコントロールできない。そしてこれは、幼少期から小学生まで続く。
きっと傍目から見ても虐待だけど、私は『私の為にやっている』という言葉の呪縛によって、つい最近まで『私が泣くから悪い』と思っていた。
母も祖母に食事を与えられず、栄養失調で入院するほどの虐待を受けていた。だから母も母親がわからなかった、そして優等生の母は完璧な母親になろうとして壊れていく。
「辛いの……もう私のこと、お母さんと呼ばないで」
まだ私も幼かったけど、もっと幼い妹はもっと辛かったはず、その日を境に私たちは母のことを『硝子さん』としか呼ぶことができない。
こんな環境で育った私たちは、誰も結婚願望なんて持たなかった。いや、子供を育てたくても母と同じことをしてしまう恐怖が勝っていたのが本音。
人生とは不思議で私は結婚、そして母となった。
私の中で子育てをするときのルールがある、それは自分がして欲しかったことを娘たちにする。
手を繋ぐ、抱き締める、一緒に遊ぶ、笑い合う、抱っこをする、頭を撫でる、そして褒める。
私は子育てをしながら、自分を育て直しているのかもしれない。
『蝶よ花よ』
もう何度目だろう、数えるのは止めてしまった。
私は、この世界のバランスを保つ駒であるらしい。しかし、他の存在には出会ったことがないので、真実なのかわからない。
何故なら、歪みがでたときだけ、剪定者と名乗る人物から、私は本を渡される。その本は厚さがまちまちだが、指示されることは同じ。ただ、本を読み、その本の主人公の人生をなぞるだけ。
どのようにするのか、それは至極簡単で主人公と自分を重ねる想像をすると、私は本の世界に入り込むことができる。
主人公でいる間は、様々な感情に支配されるが、本が終わると私の人生も終わりを迎え、次の人生が始まるまで眠りにつく。
そして夢で微睡む間は、本来の私に戻れているはず。
なぜ、自分のことがわからないのか?
たぶん、そういう理なのだろう。
そして、本の世界のことも覚えていない……
私の存在理由とは……
きっと、この思考も消えてしまうのだろう。
『最初から決まってた』