しんと静まり返った部屋に、ひとり束の間の休息を堪能している。
特に何をするわけでもなく、ぼっーと窓を眺めている。時間の無駄遣いだなと思いつつも、この時間は私にとって最高の贅沢。
庭に咲き誇る花たちが、風に揺られている。ただ、ゆったりとした時間が流れていく。
今日の晩御飯は、何にしようかな?
冷蔵庫の中身でも確認をしようかと立ち上がり、台所へ向かう。
ガチャガチャとドアの鍵があけられて、勢いよくドアが開けられる音がした。
「ただいまー!あれ?お母さん、いるの?」
ドタドタと走ってきた息子が、嬉しそうにリビングのドアを開けて入って来る。
「おかえりなさい、ほら先に手を洗ってきなさい」
「はーい」
ランドセルをソファにぽいっと放り投げると、洗面所へ向かう為に、またバタバタと走っていく。
「さてとお腹空いた攻撃、始まるぞ」
仕方がないなぁと思いつつも、自然と笑みが溢れていた。
『嵐が来ようとも』
線路沿いの緩やかな坂道を、ぽつりぽつりと続く街頭を頼りに歩いていく。
いつもとほぼ同じ時間に、最寄り駅も降りていたはず。
先程から何か違和感を感じる、だからなのか?纏わり付く空気が重く、いつもより街頭の明かりも暗い気がしてならない。
駅まで戻ろうか……
自分の予感なんて曖昧なものは、普段は頼りにしない。だけど、今日は素直に受け入れることができた。
踵を返し、歩いてきた道を戻ろうとしたが、それはもう遅すぎた。
あるはずの道は暗闇に塗りつぶされ、跡形もなく消えている。もう前に進むしかなく、強張る身体を引き摺るように前へと歩いていく。
感覚もおかしくなっているのか、どれ程歩いたのかわからない。
何処からともなく、甘い花のような薫りが漂ってきた。
そして吸い寄せられるように、その薫りを辿っていく。その薫りのことしか考えられなくなり、身体も軽く、そして自分の身体でないような甘く気怠い痺れが全身を覆った。
いつの間にか、今まで聞いたことがない美しい調べ、そしてこの世と思えない歌声が身を包んでいた。
「おやおや、招かざれる客人かな?宴はまだまだおわらぬからな、まぁよい、お前もこちらへ来るがよい」
いつの間にか私の横に、上背のある青年が立っていた。その青年は真っ白な平安時代のような格好をしている。
何故だろう……思考がますます鈍くなり、思うように考えられなくなっていった。そして、ただ静かに私は青年に頷いていた。
『お祭り』
「今月の生きたもん勝ちで賞、当選おめでとう!栄えある強運のそなたに素敵な賞品をプレゼントしよう」
目の前に全身白いスーツを着た青年が現れた。
いつも通り、会社からの何の変哲もない帰り道だったはず。しかし、そこはただ全てが白い世界に変貌してしまっていた。
そして、その青年の顔は、何故か認識することが出来ない。状況が上手く飲み込めずに、ただ私は呆然とその青年を眺めた。
「さて、お待ちかねの賞品だが、好きな場所、時間、過去、未来、別の世界、どこでも構わない、たった一度だけ願いを叶えてやる」
なんとなく、柔らかい笑顔を浮かべている感じはする。その青年が発する声らしきものは、直接、頭に響いて聞こえた。
なんでも……だけど、彼はきっと優しい存在ではないはず、いままでいた場所へは戻れなくなるはず。
それでも構わない、私はずっと後悔していることがあったから……
「私をあの場所へ戻して下さい」
目の前の白い景色は消え去り、懐かしい人が私の顔を覗き込んでいた。
「ごめん、酔いすぎたかな……忘れて」
思わず、抱き締めていた私から離れようとする彼の腕を掴んでいた。
「ねぇ、どうしてキスしたの?私のこと好きなの?」
自分に自信が無さすぎて、彼と私では釣り合わないと最初から全てを否定してた。でも、ずっと知りたかった答え……
お互いの視線が絡み合い、時間が止まっていた。そして私を抱き締める、彼の腕に力が入る。
「聞いて欲しいことがある……俺のこと、信じてくれる?」
『神様が舞い降りてきて、こう言った。』
仕事として、何らかの形で実質的な貢献している人が多いと思う。
生活の一部として、またはカタチあるモノでなかったとしても。
では家庭ではどうだろうか?
家族に家事として、お手伝いとして関わって生活していることが多いはず。
学生ではどうだろうか?
行動としてではなく、家族、友達に人として当たり前に関わっている。そして言葉を交わしていることが、それだけで誰かの救い、願い、慰め、支えにもなる。
何も出来てない、出来ることが出来ない、そういうときは生きて存在しているだけでいい。
そういうときは忘れてしまうが、それも誰かの支えになっている。
だから大丈夫、あなたらしく笑っていればいいよ。
『誰かの為になるならば』
窓から空を眺めながら、やりたいことを思い描き、指折り数えるのが私の日課。
美味しいご飯も、何不自由の無い生活は幸せだと思う。
こうして綺麗に片付けられた部屋を見回しても、何も代わり映えはしない。そう刺激が何も無い……
きっと、贅沢な悩みだと言われると思う。外で生活をする大変さをしらない、世間知らずだと。
確かにその通りだけど、私は生きているのかな?このまま人形になってしまいそうだよ……
悠久に思える時間は、以外と早く終わりを迎えた。
あの残酷なほど優しい世界は、簡単に壊れてしまったけど。
日々、明日への不安に押し潰されそうになっても。
ギラつく太陽の下、もがく姿は滑稽であっても。
あぁ、これこそ生きていると打ち震える。
『鳥かご』