サラリと音がしそうな、艶々とした長い黒髪を耳にかける。その仕草だけでも、他のクラスメイトとは違う、大人っぽいと感じてしまう彼女。
ただ黙々とノートへ書き込みをしていく、その姿をこうして眺めているだけでよかった。
彼女と俺とでは、違う世界の住人に思えたから。
凛とした美しさは、俺には眩しすぎて。だから最初から諦めていた。
ある日から、彼女に変化が訪れた。みんなは、気が付いていないと思う。
いつものように彼女は、自分の机から本を取り出す。そして、その本を優しく撫でて、ふっと笑顔を見せるようになった。
それは見たことのない、とても優しく美しい微笑み。
花が咲いたような表情とは、きっとこういうことなのかな。
何が彼女をそうさせたのか、自分の中に知らない感情が芽生えてしまいそうだった……
たまたま、彼女が図書室へと歩いていて行くのが見えて、思わずあとをついて行ってしまった。後ろめたさも感じたが、何か引っ掛かりを感じたから。
図書室に近づくと、彼女は珍しく歩くのが早くなった。その時、何かを悟ってしまった気がする。
知りたくなかった……でも大人なら勝ち目がないや……
図書室には入る勇気がなく、入口からただ彼女が笑顔で話す相手をただ虚しく眺めているだけだった。
『視線の先には』
「ねぇ、それ面白い?」
突然、埋没していた本の世界から呼び起こされ、声がした方へ私は顔を向ける。
見たことあるような、ないような……誰だ?
他人にあまり興味が湧かない私には、曖昧な記憶しかない。その男性がにこにこと笑顔を浮かべて、いつの間にか向かいに座られていた。
「邪魔しないで下さい。興味があるなら、後で読めばいいでしょ」
また本の世界へ戻ろうと、視線を下げた時、私の世界から文字が消えた。原因は、真向かいに座る失礼甚だしいオトコが、私の大切な本を取り上げたのだ。
「ねぇ、キミさ。僕は会話をしようとしているのに、その態度は酷くない?」
「知らない人と話す時間は、無駄です。貴重な読書時間が減るから、早く返して下さい」
じとりと睨みながら、本を返して欲しくて私なりに、精一杯威嚇する。
あともう少しで、犯人への手がかりが掴めそうなのに。
「貴重な時間ねぇ……いま授業中だけど。ここにいていいの?」
オトコは、ニヤリと笑いながら言った。
見知らぬ人物だから、教師ではないはずだけど……あまり詮索されたくない。
思わず、大きな溜息をついてしまう。
「あなたは誰ですか?教師ではないのは、わかっています」
「あっ!僕に興味を持ってくれた?嬉しいなぁ、今日からここの司書になったんだ。よろしくね!」
にここに嬉しそうに、手を差し出してくる。
もはや意味不明である、何がしたいんだろう。
「その手は?それより、そろそろ本を返して下さい。あと、私は担任から許可を貰ってここにいますので」
「えっ!そうなの?担任は誰?何年何組、名前は?……あっ、決して怪しい目的ではなく、今後もあるなら学校側へ確認をさせて欲しくて……。その目、信用ゼロだねぇ」
軟派な司書は……本当に司書なのだろうか?身なりは大丈夫だけど、怪しすぎる。それこそ、担任にこの自称司書の確認をしたほうがいいのではないか。
「あなたの言うことも理解できます。ですが、まずは自分から名乗るべきではないでしょうか?」
「あぁ、確かにそうだね。ごめんね、僕は三橋健一。よろしくね!ほら握手、海外では基本だよ」
いや、ここ日本だから……
勝手に手を捕まれ、ブンブンと大きく振っている。これも、軽微の性犯罪になり得る可能性もあると思うが……きっとこのオトコは、気にする性格ではないだろうなぁ。
こうして私だけの世界に、このオトコはづかづかと踏み込み、今も私の隣で相変わらず、笑いながら私を振り回している。
人生というのは、とかく不思議である。
『私だけ』
風に撫でられた青い稲穂達が、心地良さそうにゆらりゆらりと揺れていた。
揺蕩う姿達は、寄せては返す波間を思い起こさせる。
白い窓枠に肘を付きながら、この壮大な景色を独り占めしている。
ふわりとふわりと、青い深緑の薫りも風と共に部屋に充満していく。
もうあそこへは戻れないけど……
『遠い日の記憶』
______________
違う内容を書いていたけど、片耳の耳鳴りが止まらなくて……ちょっと違う意味でヤバいかなと、内容を消して急遽書き直しました。
まだ続いてます……
こわいよ……(泣)
いつも、側にいるのが当たり前だと……酷い錯覚していた。
それほど、アナタが片時も側を離れずいてくれた……幸せ者でした、私は。
何か、もっとできたのでは無いか。
アナタが本当はしたかったこと、きっとあったよね……
私は食事をしたり、旅行に出掛けたかったアナタと。
そんな日常的なことも、何年も……いやもっとかな。
私は本当に酷いな……後悔しかないよ。
でもきっと、これをわかっていて繰り返してしまうのだろう。
アナタは優しすぎる、もっと怒っていいよ。
そんなアナタは、私以外の心配ばかり……いつもそうだったね。
いまも空から心配しているだろうな、私以外の。
でもいいよ、許してあげる。それが大好きなアナタだから。
だから、たまには私を心配することも思い出してね。
私もたまに思い出すから、そこからみんなを見守っていてね。
ありがとう……お父さん……
『空を見上げて心に浮かんだこと』
世界は美しい、まだ知らないことはたくさんある。
景色で微笑み、音に微睡み、薫りで寛ぐ。
触れて手繰り寄せ、導かれるように歩を進む。
言葉かもしれない
それは、情景かもしれない
または、音楽かもしれない
そして、人かもしれない
私も、あなたも、掬い上げてくれるのは……
前を向かなくてもいいよ。
ねぇ、ほんの少しだけ、顔を上げてみるのはどう?
それだけでも、きっと世界は変わるよ。
『終わりにしよう』