はるさめ

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10/8/2023, 3:36:14 PM

さっきまで遠かった人の声が徐々に鮮明になり、緩やかに集中が切れていく。

軽く伸びをして、ふぅ、とひとつため息をついた。
思ったより集中していたようで、頼んだホットココアは少しぬるくなっている。

数ヶ月前に見つけたこのカフェは人の声はするけれど騒がしくない、そんな落ち着いた空間で、気づけば私のお気に入りの場所になっていた。
カフェで勉強することも店主は快くOKをしてくれ、それがここに通いつめるもう1つの理由になっていたりする。

「新しいお飲み物をお持ちしましょうか?」

ぬるくなったココアを飲んでいると、後ろから低くて優しい声が聞こえた。
振り返るとそこには店主がいて、こちらをにこにこと見つめている。

「…じゃあ、同じものをお願いします」

まだ少しぎこちない返答にも、店主ははい。と柔らかく答えてキッチンへと戻っていく。

店主が戻ってくるまでの間、無造作に広げられたテキスト類を少し整えていると、「あら、今日もいるのね」と声が聞こえた。
声を掛けてきた婦人は、私が振り向くと「頑張ってね」と優しい笑顔を向けて自分の席へと向かった。

かなりの頻度でここに通い勉強をする私の姿は、少し経てば常連さんにも覚えられるようになり、今ではこうして応援の声を掛けてもらえるようになった。
全く知らない人であるのに、まるで我が子に向けるような暖かさに触れる度に心がくすぐったくなる。

「お待たせしました」と丁度よく届いたココアをちょっとずつ飲みながら、さっきまで書いていたノートのページをぱらぱらと捲った。
少し甘いような、少し香ばしいような匂いのするノートは、私がここで過ごした時間をよく表している。

自動でセットしているタイマーは次の勉強時間の始まりを知らせていたが、このココアが飲み終わるまでは、と再びカップを手に取った。


「束の間の休息」

10/3/2023, 4:27:13 PM

ぴくりとも動かなくなった貴方を置いて、私は駆け出した。
後ろは振り返れなかった。振り返ってしまったらきっと、貴方に縋ってしまうと思ったから。

逃げろと、君だけは生きろと貴方は言った。

だから私は何としてでも生き延びなければならない。刺すような胸の痛みも、貴方を置いていく罪悪感も、とめどなく頬を濡らす涙も全て、あの館を包む炎の中に閉じ込めて。

これから先貴方は私の隣にはいない。
次に会えるのも何百年先か分からない。
もし会えても、今世のように気づけないかもしれない。

でも、それでも。


また、どこかで巡り会えたら。



その時は、





…その時は。

9/28/2023, 5:16:21 PM

ふと街を歩いていて、泣きたくなった。
ずっとずっと忘れられない、懐かしい香りがしたから。
少し甘く爽やかなその香りは、あなたに本当によく似合っていて。
別れ際にふわりと香るのが大好きだった。
それは別れる時も同じだった。

あなたの声を忘れることはできた。
どんな顔をしていたのかも、ぼんやりとしか思い出せなくなった。
私にどんな風に触れるのかも、一緒に食べたご飯の味も、朧気にしか残っていないのに。
あなたのその香りだけは強烈に記憶に焼き付いていて、いつまで経っても忘れられない。

デートの度、別れ際にハグなんかするんじゃなかった。
似た香りを探す癖なんかつけるんじゃなかった。
別れる時、あなたの香りを消すぐらい強い香りの香水を纏っていけばよかった。

そしたらこんなに切ない思いをすることもなかったのに。

9/23/2023, 2:20:58 PM

私の心の中にはひとつ、ジャングルジムがあります。
てっぺんに立てた試しはありません。
変ですよね、自分の心の中にある、自分の心が創り出したジャングルジムなのに。

私は、私にも分からないくらい複雑で、気分屋で、脆くて。
そして情けないほど嘘を吐きたがります。

私の胸中を、ジャングルジムは実によく反映してくれます。
胸の内が複雑な時はジャングルジムの造りも複雑になりますし、気まぐれのように行き止まりができることだってあります。
そして私の心が脆い時、ジャングルジムも一緒に脆くなってしまうので、とても登ることはできません。
そして嘘吐きな私のジャングルジムは、多分法に引っかかるレベルで安全性に欠けています。
だから、てっぺんに立てたことが無いのです。

私はいつもジャングルジムを下から眺めています。
本当はてっぺんからの景色が見たいのに。
そうやってジャングルジムを楽しみたいのに。

でも何となく、私がこの先てっぺんに立つことは無いように思います。
だって、てっぺんに立てるほど頑丈なジャングルジムなら、私の心だって強くならないといけないから。

脆い心と脆いジャングルジム、それを抱えて生きていくことにしましょう。
人生時には諦めも必要と言いますからね。

9/12/2023, 7:13:09 PM

本気の恋ってなんだろう。

その人のことを思うとご飯も喉を通らないこと?
その人のためなら何でもしてあげたくなること?
その人のために、命を懸けてもいいって思えること?

私はどれも経験したことがない。
じゃあ私は、まだ本気の恋をしたことがない?

人並みに恋はしたと思う。
片思いの切ない時も、両片思いのくすぐったいあの感じも、付き合ってからのふわふわした気持ちも一通り味わった。
もちろん、別れて泣いたこともあった。
振って、振られて気まずくなったこともあった。

恋によって私の生活が一変したことなんか無かったけど、私なりの精一杯で恋をしていたと思う。

本気の恋ってなんだろう。
もし本気になる時が訪れたとして、私の生活の全てが変わってしまうのはちょっと怖いかな。

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