はるさめ

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さっきまで遠かった人の声が徐々に鮮明になり、緩やかに集中が切れていく。

軽く伸びをして、ふぅ、とひとつため息をついた。
思ったより集中していたようで、頼んだホットココアは少しぬるくなっている。

数ヶ月前に見つけたこのカフェは人の声はするけれど騒がしくない、そんな落ち着いた空間で、気づけば私のお気に入りの場所になっていた。
カフェで勉強することも店主は快くOKをしてくれ、それがここに通いつめるもう1つの理由になっていたりする。

「新しいお飲み物をお持ちしましょうか?」

ぬるくなったココアを飲んでいると、後ろから低くて優しい声が聞こえた。
振り返るとそこには店主がいて、こちらをにこにこと見つめている。

「…じゃあ、同じものをお願いします」

まだ少しぎこちない返答にも、店主ははい。と柔らかく答えてキッチンへと戻っていく。

店主が戻ってくるまでの間、無造作に広げられたテキスト類を少し整えていると、「あら、今日もいるのね」と声が聞こえた。
声を掛けてきた婦人は、私が振り向くと「頑張ってね」と優しい笑顔を向けて自分の席へと向かった。

かなりの頻度でここに通い勉強をする私の姿は、少し経てば常連さんにも覚えられるようになり、今ではこうして応援の声を掛けてもらえるようになった。
全く知らない人であるのに、まるで我が子に向けるような暖かさに触れる度に心がくすぐったくなる。

「お待たせしました」と丁度よく届いたココアをちょっとずつ飲みながら、さっきまで書いていたノートのページをぱらぱらと捲った。
少し甘いような、少し香ばしいような匂いのするノートは、私がここで過ごした時間をよく表している。

自動でセットしているタイマーは次の勉強時間の始まりを知らせていたが、このココアが飲み終わるまでは、と再びカップを手に取った。


「束の間の休息」

10/8/2023, 3:36:14 PM