『空が泣く』
青く、透き通った空。
雲ひとつ無い青空は、どこか寂しげだった。
私が通う学校には中庭があって、大きな欅と、それを囲むようにベンチが置いてある。
お昼休み、私はいつものようにそこに座っておにぎりを食べていた。
「望月さん。」
自分を呼ぶ声がして顔を上げると、目の前に同じクラスの男の子が立っていた。小学校から同じクラスの子だ。名前は...。
「さっき担任が探してた。職員室来て欲しいって。」
「分かった。ありがとう。」
荷物をまとめて立ちあがる。
「楓せんぱーい!先教室行ってていいすかー?」
青ラインの体操服を着た男の子が、体育館からこっちに向かって叫んでいる。目の前にいた男の子(楓先輩)は「今行くから待ってろ!」と答えると、「じゃ。」とこちらに片手を上げて、そのまま体育館の方へ走って行ってしまった。その後ろ姿を見送って、私は職員室に向かう。
相変わらず空は青い。
その青空に、あの子たちの姿を重ねると、清々しい青空に感じられた。にもかかわらず、どこか寂しげに見えるのは私の思い違いだろうか。
青く、透き通った空。
雲ひとつ無い青空は、どこか寂しげだった。
『君からのLINE』
それは、突然のことだった。
「明日、会えませんか。」
スマホの画面に表示された一文。送り主の桐谷という名前にも、覚えはなかった。どう返していいか分からなくて、結局何もしないまま画面を消した。
けれど、どうしてもそのLINEが気になって、一日中上の空だった。友達に相当心配されながらも、気づけば日が沈んでいた。
ずっと考えていたことがある。
いつの頃からか、なんの脈絡もなく自分の中に現れた記憶。
自分が通っていた学校の屋上。
放課後。毎日4時に流れる下校の音楽。
それに紛れるようにして聞こえた、「消えたい。」と、囁くような声。
ずっと忘れることのできない君の声。
でも、僕は君のことを知らない。
このLINEは、君なのではないかと思った。
意を決して、返信する。
「いいですよ。」
たった一文。返事はすぐに来た。
「よかったです。じゃあ、明日の午後でいいですか?4時ぐらいになると思います。」
身体が強ばる。4時。放課後。下校の放送。
「大丈夫です。どこで待ち合わせますか?」
指定された場所は、期待した場所とは違っていた。
「楓先輩。すみません。遅くなって。」
後ろから声をかけられて、振り向く。待ち合わせ場所に来たのは、仲の良い後輩だった。
「なんだ。夕樹か。」
「なんだとはなんですか。頑張って走ってきたのに。」
「あぁ、はいはい。よく頑張りました。そういやお前の苗字、桐谷って言うんだな。」
「そうですけど、もしかして今気づいたんですか。なんだか返信が律儀だなとは思いましたけど。」
強ばっていた身体から力が抜けて、大きなため息が出た。
この間スマホを買い替えて、引き継ぎが上手くいかなかったからもう一度繋ぎ直したのを思い出した。普段から夕樹と呼んでいるのもあって、桐谷という名前とすぐに結びつかなかったのだ。
君は誰なのか。この記憶は何なのか。いつか、分かる日が来るだろうか。その時、自分はどうするのだろうか。
隣で俺を罵倒し続ける夕樹を横目に、気づけば今日もまた、君の声を探していた。
『命が燃え尽きるまで』
僕は階段を上っていた。
屋上に続く階段だ。自分が通っていた学校の、空に1番近い場所。
普段は鍵がかかっているその場所は、なぜだかいつも、この時間にだけ入ることができる。
「消えたい。」
と君は言った。
僕はどう答えていいか分からなくて、君の隣で前を向き、君の声だけを聞いていた。
自分の中に、ポツリと取り残されたかのように存在する記憶。
僕は君のことを知らない。
覚えていないだけなのか、本当に知らないのか。
ただひとつ分かることは、その声を聞いた場所は、確かにここだったということだ。
じっと前を向いて、僕は何かを待っている。
きっと、君の声を待っている。
『夜明け前』
ふと、目が覚める。
時計は4時を指していた。
ここ最近、この時間に目を覚ますことが多い。
これ以上眠れる気がしなくて、でも、物音をたてたら家族が起きてしまうかもしれないから、布団からも出られない。
少しだけカーテンを開けて、外を覗く。
窓の向こうはまだ暗い。「夜」だ。
これは私の感覚だけれど、眠る時の「夜」と、目が覚めた時の「夜」は、どこか感じが違うような気がする。
この世界には、自分一人しか存在しない。誰かに迷惑をかけることも無い。自分が、ちゃんと呼吸をしているのが分かる。
目が覚めたあとの「夜」は、そんな風に感じることが多い。
目を閉じて、遠くの方まで耳をすますと、自分がどこにいるのか分からなくなる。夜に溶けていく。
ずっと、この時間が続いたらいいと思う。
そんなことが起こらないことは、知っている。
それでも、この時間が訪れるたびに、思ってしまう。
「朝日なんて、昇らなくていい。」