題 セーター
あのね、セーターって苦手。
どうしてって?だって素材がチクチクするでしょ?
それから、熱くなりすぎちゃうの。
冬なんかセンターにコートじゃ暑がりな私には暑すぎて、コート脱ぎたくなっちゃう。
置き場もないのにね。
で、手で持たないといけなくなるのよ。
あとはね、洗濯すると縮むのもよくないわよね。
縮むと着れないもの。
そして最大の敵はね、静電気なの。
パチパチパチパチ、火花みたいにパチっとして痛い。
地味な痛さが精神的ダメージを増やす。
だから、私は冬にセーターは着ないんだ。
私のクローゼットには1枚もセーターがないの。
冬のセーターは私よりも寒がりさんのものだと思っているわ。
題 落ちていく
私は奈落の底へ落ちていく
落ちていってそのまま暗闇に呑まれる。
そんな夢ばかり見ている。
目が覚めると冷や汗で、びっしょりだ。
冬なのに、汗が出て全身が冷たい。
どうして悪夢ばかり見てしまうんだろう。
どうして私は落ちていく夢ばかり見るんだろう。
人が出るわけでもない。
何か展開があるわけでもなくて、ただ落ちる夢。
・・・理由は何となくわかってる。
「ミズキー」
そう。この声の持ち主よ。この子こそ、この夢の諸悪の根源なんだから。
「やだ」
「何よ?顔見るなりやだなんて。冷たいな〜」
私の部屋に入って来てあっけらかんと笑う幼馴染のユイは、私の拒絶の言葉なんて何も気にしない。
「だって、私の家に日曜に来る目的なんて一つじゃない」
「あははっ、さすがミズキっ、察しいいねっ」
ユイは明るく笑うと、ポップコーンバケットを抱えて笑う。
分かってるのよ、入った時からポップコーンバケットと、お出かけ用のキャラクターのカバンで来てたんだから。
ユイは、大の遊園地好きで、しかも、近くにあるもんだから、割引券がよくチラシとともに入ってくる。
だから、小さい頃から、家族ぐるみで遊園地に行ったりした訳だけど。
とにかくユイはジェットコースター狂だ。
小さい頃はユイのお母さんが付き合ってたけど、大きくなるにつれて、私がいつも付き合う羽目になっていた。
聞くと、もう母親と遊園地に行く歳じゃないらしい。
・・・いやいや、大迷惑。私はジェットコースターが大の苦手。
だからいつも断ろうと全力を尽くす・・・んだけど。
「私、苦手だって言ってるでしょ?今日こそは行かないよ」
「え〜、私の高校遠いから、友達となかなか会えないし、何よりミズキは遊園地からも私の家からも近いもん。いつも優しいから私に付き合ってくれるし」
「優しいって、無理やり連れて行ってるじゃんっ」
私の抗議の声はユイには届かない。
「そこが優しいんだよ、ちゃんときてくれるもんね。まさか、私のこと一人で行かせたりしないよね?ボッチで遊園地なんて寂しすぎるよ、ねぇ、大事な幼馴染にそんな目にあわせないよね?」
ユイは、うるうるした目で、私を見つめた。
・・・どうしてだろう。この目には逆らえない。
結局最後は付き合うことになっちゃうのよ。
「もー、やり方汚いよね。いつも」
私がこぼすと、ユイはえへへっと笑う。
「わーい、行ってくれるの?だからミズキって大好きっ」
ユイに抱きつかれながら、私は今日も奈落に落ちていく夢を見るんだろうか・・・とため息をつかずにはいられなかった。
題 夫婦
「ねえ、今日いい夫婦の日だよ」
私が朝の支度に慌ただしくしている時に夫が私に期待を込めたうるうるした瞳で訴えかけるように話した。
私より年下の夫。
仕事先ではしっかり者のようだが、私の前では精神年齢が下がりがちだ。
「うん、そうだね」
私は朝の慌ただしい時間に言われて、半ばおざなりに答える。
「いい夫婦の日なんだから何かしようよ〜」
「え〜いいよ、だって結構最近できたよね?その制度、制度に負けたみたいでやだっ」
私も夫と話す時は精神年齢幼くなりがちだ。
「制度に負けるって・・・なにそれ、いいじゃん負けたって。今日はいい夫婦なんだから君に何か買ってきてあげるよ」
夫が私の言葉に面白そうに笑いながら提案する。
「だいじょ〜ぶ。気持ちだけで嬉しいよ、今月はあなたの誕生日でまだお祝いもあるんだし、お祝いばっかしてたら我が家はお祝い破産しちゃうよ」
「お祝い破産、んー、確かにね、じゃあ今日は特別優しくするねっ」
夫が、私の言葉に、またしても笑ってからニコッと私を笑顔で見る。
何か愛しいものを見るようにいつも見られるから私は落ち着かなくなる。
「うん、ありがと・・・まー言わせてもらうといつも優しくしてほしいけどねっ」
照れ隠しにちょっと可愛くない事言うと、心外そうな夫が、軽く抗議する。
「えー、僕、いつも君には優しくしてるよ」
「う、うん、確かにね。じゃあ、いつもどおりでいいから。いい夫婦の日なんて、きっとどこかの企業が利益目的に制定したんだからさっ、私たちはいつもどおりでいようよ」
「君って本当に面白いこと言うよね」
あなたもね、と私は心の中で夫を見ながらつぶやく。
夫みたいな変わった人、、、もといユニークな人、なかなか人生で巡り会えない。
「ねえねえ、そんな悠長にしてるけど、時間大丈夫?遅刻じゃない?」
私がさりげなく時計をみて言うと夫は焦ったように動きを早める。
「あっ、まずいっ!!遅刻っ」
慌ててカバンを持って玄関で靴を履きかける夫に、私は玄関までついて行ってクイズを出す。
「さて、質問です、私の右手に持っているものは何でしょ〜か?」
私のにやにや笑いを見て、私の右手に目を移した夫は焦った顔をする。
「あっ、スマホ忘れてたっ!!」
「正解、はい、もう忘れ物ない?」
私が、クスクス笑いながらスマホを渡して聞くと、夫は少し拗ねたような顔をする。
「もうないよ・・・・多分ね。じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
私は笑顔で手を振って送り出す。
夫って本当に観察していて飽きない。
多分相手からもそう思われていそうだ、と感じる。
いい夫婦の日じゃなくても、私たちきっといい夫婦・・・だよね?
題 どうすればいいの?
ど、どうすればいいの?
私は朝起きて、ベッドの下に転がる死体を見て青ざめた。
一面の赤い血が広がる絨毯の上に横たわる死体。
しかも、それは私が昨日激しく喧嘩した悪友だった。
毎日のように喧嘩してて、昨日もいつものように些細なことで口喧嘩になって・・・。
2人とも居酒屋で飲んだ後で私が財布忘れたって言ったら責められて、そこで言い合いになったんだ。
何かそのまま激しく口論して、部屋に入ってそれから・・・。
記憶がない。
何で・・・・。
私殺しちゃったの?
喧嘩はしてたけど、そんなに殺したいほど憎んでたわけじゃなかったはずなのに・・・。
でも酔ってたら何しでかすか自分でもわからないしそもそも肝心の記憶がない。
動かなきゃいけないことは分かっているのに、私はそのまま動けずに固まっていた。
「にゃあ」
「きゃあああ!!」
いきなり猫の鳴き声がして、私はベッドの上で飛び上がった。
何故か家に猫がいる。
どうして?
猫?
ん?
猫は悪友の元へと行くと、悪友のほっぺたについた血をペロペロなめた。
「ん、んん〜?」
すると、死体が声を上げた。
私はびっくりして固まったままだ。
「くすぐったいなぁ」
って言いながら、死体だったはずの悪友は大きなあくびをして起き上がる。
「げっ、なにこれっ、服がケチャップだらけじゃん〜」
「え?ケチャップ?」
私が尋ねると、悪友が呆れたように私を見る。
「覚えてないの?昨日飲みの帰りに喧嘩中この猫が捨てられててさ、かわいそうって拾って帰って来たじゃん。でさ、チキンナゲットあげようと解凍したついでに私たちも食べようって話になったじゃない。そしたらこの猫が暴れてケチャップ踏んでそのへんケチャップだらけになってさ〜」
「あ〜断片断片だけ覚えてる」
覚えてるけど・・・今言われても途切れ途切れにしか思い出せない。
「そのまま寝たんだっけ?」
私が悪友に聞くと、
「うん、多分。2人とも怒って追いかけてたのが最後は笑いながら猫追いかけてさ、その後疲れて倒れた気がするけど覚えてないわ」
「よかっっっったぁぁぁぁ。私、あんたが倒れてるの見て、マジで人殺したかと思ったわ。だってケチャップ一面にうつ伏せで倒れてるって完全に死体じゃん」
その言葉を聞いて悪友は笑い出す。
「あはは、何それ、あんた面白すぎっ、そんなわけないでしょ。さすがに仲悪いけど殺人って、あははっ、あー面白いっ」
悪友が笑い転げるので、私はむくれる。
「そんな笑わなくてもいいでしょ、朝起きて人生終わったって絶望したんだからっ」
「あはは、ごめんごめん、確かにあんたにとっては一大事だもんね、まったくさー、この猫ちゃん拾ってきたからえらい目にあったよねぇ」
悪友は傍できょとんと見てる猫を抱き上げて私に視線を移す。
「ホントだよもう、今日大学で飼える人いないか聞かないとね」
私はにゃーんと呑気に鳴く猫を恨めしげに見て言う。
わかってる。猫に罪はないわよ。
「その前に、シャワー行きだね、私もあんたも」
死体に気を取られて気づかなかったけど私も服のあちこちにケチャップのしみが出来ていた。
私は一つため息をつく。
「とりあえずあんたが生きてて本当に良かった」
朝から恐怖体験をしてしまった私は心から安堵したのだった。
題 宝物
「君は僕の宝物だよ、自慢の彼女だよ」
彼氏は私に何度もそんなこと言ってくれる。
「そんなことないもん」
私は彼の目を見ながら卑屈に言う。
「なんで?」
彼は柔らかく笑って私の髪をクシャッとなでた。
「僕が宝物って言ったら君は僕の宝物だよ」
「んんん・・・」
そんな笑顔で言われると私は言葉が何も出なくなってしまう。
でも、あなたは輝いてて、とてもステキで、私を大事にしてくれて、いつもいつも大好きだ。
そんなあなたに私は宝物なんて言われる価値なんてない。
私はね、私はもちろん宝物だって思ってるよ、あなたのこと。
だって、もったいないくらい素晴らしい人なんだから。
私があなたの本当の宝物になれるのは一体いつなんだろう。
そう思ってしまう。
今、あなたはとても優しくしてくれるけど、私の本当の姿を知ったら私のことなんてもう飽きちゃうんじゃないかって思う。
「ねえ、何かまたマイナスなこと考えてるでしょ?」
私のことなんてお見通しな彼が私を見てにこやかに言う。
「・・・考えちゃうよ。だって私にとってタケルは本当にパーフェクトな彼氏なんだからね」
「僕にとってもクルミはそうなんだけど」
「私、全然何も出来ないもん、タケルの役に立ててないし」
「僕が役に立つかどうかで彼女を選んでると思ってるの?」
心外そうな彼氏の顔。
「だって、じゃないとカンペキになれないし」
「違うって・・・」
歩きながら話してたら、いつの間にか公園のベンチの前にいた。
何となく2人で座ると、タケルが真剣な顔で私を見た。
「クルミは、そのままでいいの。欠点も長所もあるし、出来ないとこも出来る所もあるけど、そのすべて、ありのままが僕にはカンペキに見えるんだよ。だから、僕がカンペキって言ったら、クルミはありがとうって笑顔で言ってくれればいいんだ」
言い終わるとイタズラっぽい顔で私の顔を覗きこむ。
もう・・・
もう・・・・そんなこと言えちゃう所がもうカンペキなんだから。
私の視界がゆらゆら歪む。
嬉しい言葉に、涙が、ポタリと自然とたれていた。
「クックルミっ?!」
タケルが、焦ったようにポケットからハンカチを出して、私の目をそっと拭ってくれる。
「大丈夫?何か気に触った?」
こんな時まで優しすぎる彼氏に胸の高鳴りが激しくなる。
胸に愛情が満ちて仕方ない。
「やっぱり、私よりタケルの方がずっとずっとカンペキだよ。・・・でもね、そんなカンペキなあなたに言われた言葉、私は受け取りたいから、自分のこと否定しないようにするね。タケルが、好きでいてくれる自分を好きになりたいから」
そう半泣きで言うと、タケルの顔は本当に嬉しそうな笑顔になった。
「ありがとう、その言葉、とっても嬉しいよ」
ああ、もうっ。
私は思わずタケルに抱きつく。
ここが外とかどうでもよかった。
「ありがとう。大好き。私の彼氏でいてくれて私、世界一幸せだよ」
「僕のセリフ取らないで」
タケルがそんなこと言うものだから、顔を見合わせて笑ってしまう。
私の唯一無二の宝物。
目の前の世界一大事な宝物をずっと大切にしていきたいと思ったんだ。