題 意味がないこと
「好きっていうことに何か意味があるの?」
彼氏にそう言われて、私は口を尖らせる。
「あるよ、むしろないと思ってるの?」
私の言葉に、彼氏は少し馬鹿にしたような(そう私には見えた)顔をしていう。
「ないんじゃない?最初に確認すれば、何回も何回も何で言わないといけないワケ?」
「だって、気持ちが変わってるかもしれないじゃん、不安だもん・・・」
彼氏は全然スキって言ってくれないタイプ。
私はいつも不安で仕方ない。
好きだよって言っても、うんって・・・。
うんって何だよ〜?!って思う。
好きって言ったら好きって返すなんて当たり前だと思ってたから・・・結構辛い。
友達に相談したら、彼氏、照れ屋なんじゃない?男性ならそういう人もいるよって言われた・・・。
そうなのかなぁ?
うーん、でも私はちゃんと言ってもらいたいから・・・。
だから・・・。
「不安って、それは俺を信じてないだけじゃん」
「え・・・」
彼氏の言葉に、そうなのかな?と思う。
「別に言葉にしなくても、こうしてデート応じてメールだって返してるんだからさ」
「え〜〜」
不満の声が思わず漏れる。
でも、好きだよっていったら俺もくらい言えないの?!
そんなん、いつまでも一方通行みたいじゃん!
「もういいっ」
私はふんっとソッポを向いた。
デートに応じるとかメール返すのなんて、私もしてるもんっ。
私が、ソッポをむいて、彼氏ははぁっとため息をついた。
ため息つくか?・・・もう・・・。
と思ってると・・・。
「好きだよ」
と言ってくれる。
反射的に振り向くと、バツの悪そうな彼氏の顔。
「俺、そういう言葉言うの苦手なんだよ・・・でも、それで彼女と仲悪くなるのは違うもんな」
「ミキト・・・」
私がうるうるした目で見ると、ミキトは焦ったように私の手を握る。
「泣くな泣くな、ほら、お前の好きなケーキ屋さん行こう、新商品入荷って言ってただろ?」
そんな風に焦る彼氏が新鮮で愛おしくて、私は、うん、と泣き笑いで頷いた。
題 柔らかい雨
ポツリ、ポツリ、、
あ、春雨・・・
春に降る雨は柔らかいと思う。
私はさぁぁっと降る細かい、本当に細かい線のような雨を見上げた。
優しい色の淡い空に、細かい白い線が舞い降りる。
髪や顔に当たっても、その感触はソフトで全然嫌じゃない。
優しさを含んで降り注いでいるようで
道の真ん中で雨が降る空をただ見ているなんて、完全に変な人なんだけど。
それでも降ってくる淡い柔らかさを感じたい。
春雨が好きだ。
春は優しい季節だから、降る雨も優しいのかな、とふと思った。
題 一筋の光
出来ない
出来ないよ・・・
私は部屋で泣いてる。
何も思い浮かばないから。
明日提出しなきゃいけないのに、下絵が描けてない。
美術展に出したいのに、どうすればいいか分からない。
思いつかない。
アイデアがない。
もう嫌だ・・・。
自分の中に溢れるネガティブに自分で愛想がつきそうになる。
こうしていても仕方ないけど、こうするしかない。
でもこうしていても何もアイデアは浮かばない。
そんなこと言っても何をすればいいの?
自分の中の攻撃的な自分が言う。
もうアイデアはことごとくダメだったじゃない。
描きたいものもひらめきもないじゃない。
だったら、何かしようとしても無駄じゃない、って。
でも・・・でも・・・
私の中の何かが反論しようとする。
言われっぱなしは嫌だって。
ダメで何も出来ない自分って諦めたくない何かが。
それでもその反論の言葉は宙で消えてしまう。
自分を擁護したいのに、言葉が出てこないんだ。
ほらね、じゃあそこで大人しくしてれば?
嘲るような自分の声。
悔しい。
私は思う。私には何も出来ないの?
ひらめけないの?
このまま諦めるしかないの?
・・・いやだ。
やだ。
私は立ち上がる。カーテンを明けて空を見上げる。
月が、星が、夜の藍色の広がりにきらめいていた。
この先にはどんな星があるのかなぁ。
ふと考えがそれる。
どこかには平和で、花だけが一面咲いて、楽園みたいに生き物が鳴いて、人は争いもなく、心からそれこそ楽園のようにみんなが生きている場所はあるのだろうか。
こんなに美しい星と月を見ているとその先に希望を見出せる気がする。
緑の髪と肌の人間と、植物で出来た家、沢山のお花、植物と共存する世界、風が吹けば花びらがヒラヒラと舞い踊って・・・。
気づくとスケッチブックにはその惑星のイメージが描かれていた。
私の中の想像の楽園。
どこかにあるかもしれない星。
希望はあるんだ、その時思った。
負けない。
いくら出来ないって言われても、ほら、出来たよ?
私は自分の中の私に言う。
私を嘲っていた声はもう聞こえなかった。
私はとても優しい気持ちでそのスケッチを再度見直して、出来ることならこの惑星に行ってみたいなと思ったのだった。
題 哀愁を誘う
「ねぇ見て」
リビングで家族でお茶を飲んでいる時、妹が私の肩をトントンと叩いた。
「ん?」
「ほら、ベランダ」
ベランダを見ると、うちの愛猫が外をじ~っと見ている後ろ姿だった。
「ずっとああしてるの、庭に落ち葉が舞ってるの見てるのかな?」
確かに庭には赤くなった木からはらはらと落ち葉が落ちている。
でも、我が家の愛猫ミントは顔をびくとも動かさない。
落ち葉を見るならもっと頭動かしていると思うんだよね。
じーっと一点集中して見ている。
「なんかさ、哀愁漂うよね」
プッと笑いながら妹が言った。
確かに。
後ろ姿で、群青の濃い青色の背景に落ち葉がはらはらする中後ろ姿で微動だにしないミントは何となく物悲しさを覚える。
本人(本猫?)は絶対にそんなセンチメンタルではないと思うけれど。
「本当だね、悲しみにくれた猫って題でSNSにあげよっか」
私が笑いながら言うと、妹も、それいいっ、と言いながら更に笑う。
そんな賑やかな私達の声がうるさかったのか、にゃーとミントが一鳴きして振り返る。
心なしか抗議の表情をしているような・・・。
「あ、トンボ見てたんだ」
ミントの振り返った後ろで、トンボが飛び立つのが見えた私はそう言葉を放つ。
家の縁側に止まってたトンボをじーっと見てたんだね。
あ、という顔でミントは振り返って飛び立っていくトンボを見送る。
なんだかその姿は本当に寂しそうな、何か物悲しそうな表情に見えた。
題 鏡の中の自分
鏡の中の自分の方が本当だったらどうしよう。
私はたまにそんな事を思う。
今いる自分はまやかしで、本当は鏡の中の自分の考えが少ししてからこちらに届いていて、動作も感情も全てがこちらの自分は操られているだけならどうしようって。
だって、全てが左右逆さまで、そんな世界があったらどうする?
そこに世界があったなら、そこにもう一人自分がいて、その自分が本物だとしたら、ここにいるこの私にどんな存在意義があるの?
ただのコピーなの?
原本でない私に価値があるの?
そんな考えに囚われるんだ。
そして囚われると全てが疑わしい。
鏡のある場所が入り口とか、向こうの世界を見える道具で、私達の世界はニセモノなんじゃないかって。
友達にそう言ったら、
「それは怖い考えだよね」
と言われた。夏子はその後少し考えてから、
「でも、鏡を割ったらこっちの世界は壊れないけど、鏡の世界は壊れるじゃん?それって、あっちの世界が、ないって証明なんじゃないの?」
そう言われて確かに、と思う。
でもさ、と反論の声が心の底から湧いてくる。
「それは、向こうの世界も同じことが起こってるんじゃない?世界は存在してるけど、鏡はただの2つの世界を繋ぐ道具で、割れたらお互い相手の世界が壊れたように見えるんじゃない?」
「そうかな〜?さすがに鏡の世界はないと思うけどな」
私の言葉を受けて疑問を呈する夏子。
そうだよね、私もないといいなとは思ってる。
だって、向こうの世界のコピーなんていやだから。
私は唯一無二の存在で、自分で自分の意思を決めたいと思うから。
・・・・なんてさ、向こうの鏡の世界の私も思ってたりして。
そう考えると、やっぱりちょっと怖いな。