題 大切なもの
大事なものってなんだろう・・・
私には大切なものがない。
あまり興味がない。だって物は壊れていくし、人は離れたり死んでいく。
だから、関わらないほうがいいの。
「ねえ」
絶対に関わらないほうがいいんだから。
「ねえってば!」
私は横から聞こえてくる声を幻聴だと思うことにした。
「聞こえてるよね?おはよ〜」
底抜けに明るい声を上げる同じクラスの金森さん。
一人でいる私に異様に毎回構ってくる。
一人でいるんだから、何か理由があるんじゃないかって敬遠しても良さそうなものなのに・・・。
「何か用?」
あ、予想以上に冷たい声が出ちゃった・・・。
「あ、またそんな冷たいこと言って〜。今日小テストあるでしょ?対策プリント菜奈ちゃんはやってきたかな〜って」
厚かましくも菜奈ちゃん呼び。
「・・・やってきたけど」
時間だけは有り余るほどあるんだ。別に誰と交流してるわけじゃないし。
宿題は、きちんと毎日やっていた。
「あ、じゃあ、答え合わせさせて?」
そう言うと、金森さんは、自分のプリントを私の机の上に置いた。
私は躊躇したけど、断るとしつこそうだから、渋々自分のプリントを取り出して机に置く。
「わぁ、綺麗な字だね!」
大げさに褒める金森さん。いつもそうだ。金森さんは、私のこと過剰に褒める。
やめてほしいなぁ。そんなんじゃないんだから。
私が黙っているのも気にせず、金森さんはどんどん小テストのチェックをしていく。
「わ、大体合ってるみたい。良かった〜!菜奈ちゃんがいてくれて助かっちゃった。あの先生当ててくるでしょ?不安で・・・」
私はそんな金森さんの言葉を聞いてるうちにどうしても聞きたくなってしまう。
「・・・どうして?」
「ん?なに?」
金森さんの問いにずっと心の中でわだかまっていた思いを吐き出す。
「何で私なの?金森さんは沢山友達いるでしょ?わざわざ私に聞かなくてもいいじゃない」
何となく責めたような口調になっていた。実際に心のどこかで責めていたのかもしれない。
「そんなの決まってるじゃない。菜奈ちゃんともっと仲良くなりたいからだよ」
金森さんが当然のような口調で私に言う。
そのド直球な言葉に、私は何かブワッと照れと嬉しさと当惑のような物が込み上げてくるのを感じる。
初めての感覚だった。
「あ・・・あの・・・」
私が何か言おうとすると、チャイムが鳴る。
「あ、席戻らなきゃ。私、菜奈ちゃんのこと大切な友達だと思ってるから!」
颯爽と去っていく金森さん。
私は呆然と、自分の気持ちが動いているのをただ感じていた。
大切な友達・・・
大切な友達・・・
何度もその言葉を心で反芻するのが止まらない。
私の認識は変わってしまいそうだ。
何もいらないと思っていたのに・・・。
私は自分の心に金森さんと仲良くなりたいという微かな欲が芽生えるのを感じていた・・・。
題 エイプリールフール
「ねえねえ黒瀬」
きたっ!
僕は身構えて後ろを見た。
同じクラスの北条里奈が僕をイタズラっぽい眼差して見てる。
いや、正しくは普通の眼差しかもしれないけど、僕にとってはそうにしか見えないのだ。
だって、、、今日はエイプリールフール!!
去年は怖い数学の先生が激怒して呼んでるから来るようにって言われたし、一昨年は筆箱忘れたからって一式貸したら、凄く可愛いシールをペタべタはって返してきた。
こいつは俺にとって警戒相手以外の何者でもない!
今年もなにか企んでるに決まってる。
「何?」
僕はとりあえず当たり障りない返答をする。
「ちょっと、階段の下まで来てほしいんだけど・・・」
「・・・何?」
再び同じことを問う僕に、いいから、と、北条は僕の腕をとって一階の階段の下にあるスペースに連れて行く。
ここなら、あまり生徒もいないし、割と死角だから、大事な話があるときとか、カップルが密会したりする。
「あの、私、黒瀬のことが好きなんだけど・・・」
北条里奈がそう言った瞬間、僕は悟った。
今度はそういう作戦で来たか。
「あ、ふーん、そうなんだ」
とりあえず動揺していないように返す。
きっと、僕が慌てふためくのを楽しむつもりなんだろうから。
「私と付き合ってほしいの・・・」
僕の薄い反応にも関わらず、北条は、うつむいてそう言う。
絶対に今年は騙されない!!
「分かってるよ、全部お見通しだから!今日はエイプリールフールだろ。だからそういうふうに僕を騙そうとしてるんだろ!」
僕がそう言うと、北条は、びっくりしたように僕を見て、みるみる涙を盛り上がらせていった。
「ひどい、そんな風に思ってたの?私は本気で告白したのに」
北条の涙に、僕は動転してしまう。
「えっ、あっ、ごめんっ、本当だったの?だって毎年騙してたから・・・」
「さすがに告白は騙さないよ・・・」
北条の言葉に僕は頭を下げた。
「本当にごめん・・・」
「とか言うと思った?また騙されたね〜!」
北条の脳天気な声。
僕は頭を下げたまま黙る。
「もー、本当に毎年黒瀬はキレイに騙されてくれるなぁっ」
「ほーうーじょーうー?!」
僕のドスの聞いた低い声を聞いて、北条の全身がピクッと動く。
「もう絶対に許さないからな!!」
僕の顔に恐れをなした北条は逃げ出す。
僕は北条を学校中追い回して、食堂のパン2個を奢ってもらうことで手を打った。
これで来年はこりてくれるんといいんだけど。
というか、来年からは絶対に絶対に絶対に騙されないぞ!!
題 何気ないふり
私の憧れの先輩が学校の自販機の前で何か飲み物を買っていた。
私は一度通過して、先輩に気付いて、あっ!と思い立った顔をして、自販機に引き返す。
そして、先輩の後ろに並んで飲み物を買うのを待ってる人を演じた。
先輩は、私をチラッと見ると、
「ごめんね、買う?今迷ってて・・・」
と話しかけてくる。
先輩と直接話すのは初めてだったから、私は上がって、
「あっ、いえっ、ど、どうぞ・・・」
赤面して挙動不審な返答をしてしまう。
「そっか・・・。ウーロン茶か緑茶か、迷ってるんだよね・・・」
先輩、いつも友達といるから、一人でいるの珍しい。
しかも、こうして、会話できるなんて、もう今後そうそうないかも・・・。
「あ、迷いますよね、私も良く迷います。ゆっくり選んでくださいね」
先輩が気安く話しかけてくれることに軽く驚きながら、私は必死に言葉を考えて先輩に返す。
先輩はニコッと笑いかけてくれる。
「ありがとう、うーん、じゃあ、緑茶にしよう」
先輩に笑いかけられて天にも昇る心地だ。
もっとゆっくり選んでいて欲しかったけど、先輩は、飲みたいものを決めてしまった。
私はがっかりして、先輩が、かがんで飲み物を取るのを見ていた。
「あのさ」
そんな私に先輩が話しかけてくる。
「良く、テニス部、見てるでしょ?テニス興味あるの?」
あ・・・。先輩を見に行ってたの、バレてた?
そっか、先輩、テニス部の副部長だから、それで気になってたのかな?
「あ、そ、そうです、私今帰宅部だから、いろいろ部活見て回ってて・・・」
私は咄嗟にウソを言ってしまう。本当は運動音痴で、とてもテニス部なんてついていけなさそうだ。
だけど、先輩がテニスをしているのを見ている時間は飽きない。
「そっか、もしテニス部興味あるなら、おいでよ」
先輩にそう言われて、舞い上がってしまう私。運動音痴とかどうでも良くなって、今すぐ、入部します、と言いたくなった。
「は・・えっと・・・ありがとうございます、考えてみます!」
私ははい、と言いかける直前、理性が働いて考えます、と言う事が出来た。
今後の重要な分岐点だ。良く考えなきゃ・・・。
「うん、待ってるね、じゃあ!」
先輩は、笑顔で爽やかに手を振って去っていく。
うう、あんな笑顔見せられたら、入部への気持ちが傾いてしまうよ・・・。
いやいや・・・
私は首を振る。あんなに運動苦手なんだから良く考えないと、テニスなんて一生かけてもちゃんと打てる気がしない・・・。
でも・・・
私は先輩の笑顔を思い出す。優しい笑顔。
なんか・・・
なんだかんだ悩んで入部してしまう気がする・・・。
私にはそんな未来しか見えてこなかった。
題 ハッピーエンド
両想いはハッピーエンドって言われることがあるけど、例えば、私は半年前彼氏と付き合ったけど、今日、他に好きな人が出来たって言われた。
本当にハッピーだけでエンドになることなんてないんじゃないかと思う。
あんなに好きだって言ってくれて、私も大好きって伝え続けたのに。
彼はだんだん連絡もそっけなくなって、一緒に帰るのも用事があるからって避けるようになった。
付き合う前より疎遠になってしまっていた関係。
だから、ある程度、話があるって言われた時は分かってた。
でも・・・でも。
でも、私はずっと好きだった。
私から告白して、付き合えてからも本当に幸せだった。
距離を置かれても、付き合っているっていう事実だけで嬉しかったくらいなのに・・・。
別れはあっけない。昨日までは彼氏だったはずなのに、今日からはただのクラスメートだ。
ハッピーエンドは遥か彼方に感じる。
私のこの苦しみはいつほどけていくのかな。
辛くてどうしようもない感情はいつ癒やされるんだろう。
彼の顔を見ると、怒りと切なさと悲しみと、色んな感情が沸き上がる。
だからといって何も出来ない。
今できるのはただ家に帰って泣くだけだ。
じっと気が遠くなる時間、彼を忘れることを待っていることだけが私にできることなんだろう。
私は顔を覆う
涙が零れないように足早にカバンを取ると、教室から駆け足で家へと走り出した。
帰宅中、誰にも泣き顔を見られないように。
題 見つめられると
見つめられると、金縛りに合う。
いつもいつも、あなたに見つめられると。
あなたはそんな私を見て、いつもクスッと笑う。
「どうしたの?」
イタズラっぽい笑顔で。
分かってるくせに。
私があなたに見つめられると固まってしまうこと。
赤面して上手く話せなくなること。
でも素知らぬフリで顔を近づけて、手を握るから、私の上気した頰はますます色を深める。
「や、やだ・・・」
思わず拒否の言葉が口から出る。
「やなの?」
ずるいのよあなたは。
本当に嫌な訳ない。
私が困り果ててまた固まると、あなたはまたクスッと笑って、私に優しくキスをすると、
「本当に可愛いね」
って、悪魔のような囁きをするんだ。
あなたのせいで私の心臓は毎日破壊寸前だ。