題 遠くの街へ
「先輩、こんにちは」
私は、屋上に続くドアを開けると、先輩にいつものように挨拶する。
「ああ、来たか」
屋上で寝っ転がっていた先輩は、私に気づくと起き上がって綺麗な金髪を揺らして私に笑いかける。
ある日学校で居場所をなくして屋上に逃避していた私は、屋上でサボっている金髪の3年の男の先輩と遭遇してしまった。
私がいつも屋上で空想していたことを聞いても、先輩は、笑わずに聞いてくれて、また聞きたいって言ってくれた。
だから、私はこうして昼休みになると、屋上で先輩と会って話すようになっていたんだ。
「先輩、今日はどんな空想がいいですか?」
「俺に聞かれてもなー。お前のほうが考えるの得意だろ」
先輩の横に座って聞くと、先輩は困ったように頭をかいた。
「先輩って、私の空想に乗ってくれる時、凄く面白い事言ってくれるので、今日は考えてくれませんか?」
私が、先輩になおもお願いすると、先輩はしばらく考えると私を見る。
「じゃあ、動物になるのはどうだ?」
「いいですね!先輩は何になりたいですか?私はそうですねー。鳥がいいです!」
「そっか、鳥なら、遠くまで行けるよな。俺も鳥になろうかな。そしたら、一緒に行けるな」
先輩は優しい笑顔を見せる。
「そうですね」
私も思わず笑顔になる。
「遠くに行くなら鳥ですよね!白鳥とかなら遠くまでいけるかも。この学校からどこへ行きましょうか?北、南?」
「北もいいけど、暖かい南もいいかもなー」
先輩は空を見上げながら言う。
今日はお日様の日差しが出ているものの、まだまだ寒い。
私と先輩は、多分同じだ。
教室にいたくないから、寒くてもここをあえて選んでる。
「賛成です!あの、私南のフルーツとかあまり食べたことなくて。いろんなフルーツを食べに行きたいんですよね」
「それいいな、俺も南のフルーツといえばバナナ位しか食べたことないな」
と先輩。
「えー、先輩、マンゴーとかは食べたことあるんじゃないですか?後はドラゴンフルーツとか、スターフルーツとか、いろいろありますよね」
私が、先輩に問いかけると、先輩は、手を叩いて言う。
「そうか、マンゴーは食べたこと・・・いや、ガムとかそーいうのではあるけど、実際に食べたことないぞ。他にもいろいろあるんだな、南のフルーツ、調べてみる?
」
そこで、先輩は携帯電話を取り出すと、ネットで南のフルーツの情報を調べだした。
携帯電話は本当は持ち込み禁止だけど、先輩授業出てるのか分からないし、多分没収されることもないのかな、と思った。
私は、先輩のスマホの画面を覗き込む。
「ちゃんも特徴覚えないと間違って毒のあるのを食べちゃいますよね」
「だろ?マンゴーはちゃんと覚えて食べたいよな」
「マンゴーなら私食べたことあるから匂いでバッチリわかりますよ!」
そんな感じでワイワイ2人で南の国へと鳥で飛び立つ空想をひとしきり楽しむ。
そうしていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「早いよな、昼休みって」
先輩は、チャイムがなると不満そうな顔で携帯をしまった。
「そうですね、もっと話したかったです・・・」
私が、しょんぼりと言うと、先輩は、私の肩をポンと叩く。
「今日、放課後ヒマ?部活は?」
「部活、帰宅部です、放課後・・・会います?」
私は先輩の言葉にドキドキしながら問い返す。
新しい冒険が始まるような、そんな感じ。
「空想でも実現できる部分はあるぞ」
そう言う先輩。首を傾げる私に笑いかける。
「マンゴーパフェとか、南国のフルーツのスイーツ出してる店、知ってる。俺だけで入ろうと思った事ないけど」
「えっ、凄い名案です!行きたいです」
先輩の提案に目を輝かす私。
先輩は私の目の輝きにフッと軽く笑った。
「お前ならそう言うと思った。じゃあ放課後行くか」
そう言って、私の頭に手を置く。
「はい」
何だろ・・・何だかくすぐったいような暖かい気持ちが沸いてくる。
私と先輩は、その日空想の世界から飛び出して現実の街へと冒険する約束を交わした。
ここにいれば大丈夫
私は屋上の貯水槽の影に座り込んでいた。
学校に居場所がない。
だから、ここでいれば、誰にも見つからない。
そうしたら、ここで空想をするんだ。
空にこのまま浮かんで、海外の好きな国へ観光したり、海の水を自由きままに操って、雪や雨を降らせたり。
そんなことを屋上で夢想する。
「何してんだ?」
「ひっ!」
思わず悲鳴が出る。
私が、座って空想していると、上から声がした。
天使?
こわごわ見ると、屋上にある貯水槽の横の何かの建物の上に横になっている3年の先輩を見つける。
上履きの色で分かる。
結構高いのに、どうやって登ったんだろう?
髪とか染めてて、明らかに校則違反だ。
「ご、ごめんなさい!!」
怖くて反射的に謝る。と、同時に、ここは私の逃げ場だったのに、もう来られないなという残念な気持ちになる。
「謝んなくていいって、何してんの?こんなとこで」
先輩は、一瞬起き上がると、そう言ってまた横になる。
「えーと、教室に居場所がなくて、お昼休憩とかここに来てるんです」
私は仕方なく打ち明ける。
だって、ここを去っても行く場所がない。
「ふーん、俺もここに良く来るけど、会わなかったな」
「ここ、本当は立ち入り禁止なんですよ」
私はもしかしてそう言えば来ないかな、と淡い期待を込めて、先輩のいる方向へと話す。
「じゃあ、邪魔されなくていいな。お前、教室居づらいの?」
先輩に微妙に話を変えられてしまった。これじゃあ追い払えそうにない。
「はい。人と話すの苦手で。未だに教室にいても友達いなくて1人だから、恥ずかしくてここに逃避してきてます」
「そうなんだ、じゃあお互い口外無しってことで」
「あ、はい・・・」
先輩そう言われ、私はまた、貯水槽の横に座り直す。
人がいると思うと、想像を自由に楽しめないな・・・。
気が散るというか、軽いストレスというか・・・。
「ここで何してるの?いつも」
ひょいっと先輩が不意に起き上がると私に問いかける。
それにしても綺麗な金髪だなぁ。
私はここまで潔いのも凄いなと思いながら先輩を見る。
「ええと、空想、とかです」
笑われるって思ったけど、もしかして、引かれてもう来なくなる可能性にかけてみた。
「空想ね、へーどんなの?」
意外にも先輩は笑わなかった。
私はこの屋上から鳥になって飛び立つとか、星になって世界を眺めるとかそんな夢物語のような話をした。
先輩は黙って私の話を聞いてくれてた。
そして、私の話が終わると、私の顔を初めて見た。
「面白いこと考えるんだな。俺には考えつかない。お前、発想力すごいな。俺もたまに考えるよ。屋上から落ちたら全て終わりに出来るんじゃないかって」
私は先輩の言葉にサァァっと青くなる。
「だ、駄目ですよ!自殺なんてっ!」
先輩は、私を見てクッと笑う。
「しないよ。お前と同じ空想だよ」
私は先輩を見て首を傾げた。先輩はずいぶん絶望的な空想をするんだな、と思った。
「えっと・・・」
何だか放っておけない気がした。
私は先輩を見て言う。
「先輩は、世界旅行ならどこへ行きたいですか?」
「旅行?あー、オーロラ見たいな」
「いいですね!じゃあ、オーロラ見に北極に行きましょう!空想ですけど・・・。氷の家を作って、かき氷シロップ持っていきましょうか?」
私が、そう提案すると、先輩は考えた。
「コートとカイロもいるんじゃないか?」
「そうですね!あ、カメラもいりますよ。ペンギンとかオーロラ、記念に撮りたいですよね」
「荷物が凄いことになりそうだな」
私と先輩は、空想でオーロラを見に行くツアーを体験した。
意外なことに、先輩と空想の話をするのは、とても楽しかった。
クラスメートには馬鹿にされたり、あしらわれたりで、馴染めなかったから。
ひとしきり夢中になって話すと、授業の合図のチャイムが鳴る。
私は名残惜しいと感じながら立ち上がった。
「先輩、お話に付き合ってもらってありがとうございました、授業があるので行きますね!」
すると、先輩は、上からヒョイッと軽やかに降りてきた。
私がびっくりしていると、先輩は、私に焦ったように話しかけてくる。
「次、いつここに来る?」
「え?えーと、昼休憩は大抵ここにいますけど」
私が、答えると、先輩は、頷いて言う。
「また、空想の話、聞かせてくれないか?俺の空想は暗すぎて憂鬱になるから」
そう言われて私は凄く嬉しいと感じている自分に気づいた。
「はい!いいですよ、私も話すの楽しかったです」
思わず笑顔になる。
「そうか、良かった」
先輩が笑う。何だか笑顔が眩しい。
「じゃあ、また明日来ますね」
私は少し照れながら挨拶をした。
「ああ、また」
先輩にお辞儀をして、屋上のドアを閉める。
屋上にいく楽しみがより増した気がする。
学校でこんなにワクワクするなんて、いつぶりだろう。
私は早く明日にならないかな、と考えたこともない思考を頭に思い浮かべながら午後の授業へと向かった。
何してる?
会いたいな、君に。
私は勉強してるよ。
期末テストが明日だから。きっと君も勉強してるかな?
君のこと時々思い出しながら期末の範囲を必死に頭に詰め込んでる。
単語を詰め込んで詰め込んで頭がおかしくなりそう。
そうして少し辛くなったら、君と会っていたときのことを思い出すんだ。
硬直して固くなった心が少し溶けるような、柔らかい優しい感覚になる。
そうしたら君に会いたくて
何してるのか気になって
勉強の続きをしたいからそれどころじゃないのに
理性で制しても感情が言うことを聞かない。
何してるのかな、私のこと、考えてくれてるのかな。
思わず携帯を持ち上げると、ブブッと携帯がメールの着信を告げた。
「先輩、今勉強中ですか?僕は期末テストの勉強しています。少しだけ先輩の声を聞きたくて・・・電話してもいいですか?」
私は即座に電話ロックを解除して、彼に電話をかける。
「先輩、ごめんなさい、試験勉強なのに」
「ううん、いいよ。私も君と話したかったから」
萎縮する彼氏に私は優しく返事する。
「電話してくれてありがとう。何でかな。会えないとすぐ君に会いたくなる。だけどもう、声聞けたからがんばれる気がするよ」
「先輩・・・僕も先輩の声聞けて、元気が出ました。あと少し、頑張りましょうね。明日は一緒に帰りましょう」
帰りの約束を提案されて嬉しくなって口角が上がる。
「うん、一緒に帰ろう。じゃあ、まだ勉強残ってるからまた明日ね」
私はまだ山積みの問題集を見て、そう言った。でも、本当はずっと話していたい・・・。
「分かりました、応援してますね。おやすみなさい。好きです、先輩」
不意に好きと言われて、ドクッと、鼓動が跳ねる。
「わ、わたし・・・も・・・」
挙動不審に返答すると、彼がクスッと笑った。
「じゃあ、おやすみなさい、先輩」
「おやすみなさい」
電話が終わってから、彼との会話を反芻する私。
よーし、エネルギーも補充されたし、また、頑張ろう。
私は山積みの問題集の山から一冊本を取り出すと、気合を入れるためにコーヒーを一口飲んでから、再び問題を解き始めたのだった。
私は校舎の横にある屋根のついた自販機コーナーにいた。
そこへ設置された椅子に座って空を見ている。
放課後、何となくやる気がでなくて、そこへ座ってボーっとしていた。
これからすぐ帰って期末テストの勉強をしなきゃいけないのに。
考えれば考えるほど追い詰められていくようで。
覚えても覚えても覚えることが無限に沸いてくるようで。
どうしようもないと感じる。
だから、少しだけ
少しだけここで休憩することを自分に許した。
ただ座ってボーっとしているだけで
束の間嫌なことから逃げられた気がした。
空を見上げる。
今日の空は曇りで、どんよりと黒と灰色の雲がグラレーションを織りなしている。
混沌の世界を表現したらあんな模様の絵画になるだろうか。
今にも雨が降りそうな物憂げな空。
私というフィルターを通しているからそう感じるのかな。
私の心の雨ももう降り出しそうだ
と、私はそう心の中でつぶやく。
そう言ってはみても、雨がザアザア降りになっても誰も助けてはくれないから
私はゆっくりとベンチから腰を上げると家へと帰宅することにする。
この先に続く道が果てしない暗記の雲の渦に呑み込まれるしかないのだとしても。
私は眼の前でピョンピョン跳ねているウサギを見つめる。
可愛いなぁ。思わず手を伸ばすと、ウサギは私の膝の上に乗って、私の手をくんくんと嗅ぐ。
「なにもないよ」
私が、そう言うと、何?という顔をして私を見つめる。
そんな風に楽しく触れ合いながら、私は学校での会話を思い出す。
友達に潔癖な子がいて、ウサギなんて汚いって言われた。
「フンも撒き散らすんでしょ、絶対私は無理だわ」
「そんなことないよ。ちゃんとケージでフンしたら片付けてるよ。だから綺麗だよ」
「そうなの?偉いね。私なら触るのも無理かも」
友人との会話を思い出しながら眼の前のウサギを見て、うーんと思う。
こんなに可愛いのに、価値観が違うと、捉え方も全然ちがうんだなぁ。
うさぎの頭をなでる。
目を細めてその場に丸くなる。
柔らかい毛玉の塊みたいにぐにゃりとする姿に癒やされまくる。
小さな命の鼓動を感じる。
小さいながらも一生懸命生きている愛しい命。
私にとっての大切な宝物のような存在だから。
だから、私はウサギを好きな自分で良かったと思う。
こうしてウサギを撫でている時間が私にとってのかけがえのない時間になっているから。