私は眼の前でピョンピョン跳ねているウサギを見つめる。
可愛いなぁ。思わず手を伸ばすと、ウサギは私の膝の上に乗って、私の手をくんくんと嗅ぐ。
「なにもないよ」
私が、そう言うと、何?という顔をして私を見つめる。
そんな風に楽しく触れ合いながら、私は学校での会話を思い出す。
友達に潔癖な子がいて、ウサギなんて汚いって言われた。
「フンも撒き散らすんでしょ、絶対私は無理だわ」
「そんなことないよ。ちゃんとケージでフンしたら片付けてるよ。だから綺麗だよ」
「そうなの?偉いね。私なら触るのも無理かも」
友人との会話を思い出しながら眼の前のウサギを見て、うーんと思う。
こんなに可愛いのに、価値観が違うと、捉え方も全然ちがうんだなぁ。
うさぎの頭をなでる。
目を細めてその場に丸くなる。
柔らかい毛玉の塊みたいにぐにゃりとする姿に癒やされまくる。
小さな命の鼓動を感じる。
小さいながらも一生懸命生きている愛しい命。
私にとっての大切な宝物のような存在だから。
だから、私はウサギを好きな自分で良かったと思う。
こうしてウサギを撫でている時間が私にとってのかけがえのない時間になっているから。
愛してる。
だけどそんな言葉簡単に言えるわけない
「どうしたんだ?」
不思議そうに私を見る幼馴染の拓也。
何となく付き合う?とかのノリで付き合ってて、デートも普通に遊びに行っているみたいだし、なんか、こう、恋人っていう感じじゃない。
「・・・ううん」
考えた末に私は首を横にふる。
その考えを切り出すのが恥ずかしすぎる。
私達、もっと恋人らしいことしない?なんて
絶対に私の口から言えるわけない。
「・・・そっか」
拓也は特に追求せずに、テストの話題に移る。
私はホッとした。拓也とそういう雰囲気になると、どうしていいか分からなくなるから。
結局、私達は友達の延長のノリで付き合っている方が楽なのかもしれない、そう思ったりもする。
ちょっと寂しいけど。
「聞いてる?愛佳」
拓也が問いただすような口調で私に言う。
「あ、ごめん、何?」
考え事をしていた私は、問い返す。
「この間、バレンタインくれただろ?お返し、何がいい?」
「あー、適当でいいよ。気にしないで。安いクッキーとかで」
私がそう言うと、拓也の顔が険しくなったように見えた。
あれ?何でかな?私変なこと言った?
「そういう訳にいかないよ。去年は付き合ってなかったけど、今年は愛佳は彼女なんだから」
何となく拓也が、むくれているように見える。
「前から思ってたけど、愛佳って、俺と恋人って自覚ある?」
何と!私が思っていたことを拓也から言われてしまった。
「それはこっちのセリフ!拓也、遊んでても普通に友達みたいに遊ぶだけで、全然デートみたいな感じじゃないじゃない!」
「それは、愛佳がそういう風なノリで来るから、それに乗ってただけで・・・」
え、そうなの?
じゃあ、私達は、同じこと悩んでたの・・・?
「ごめんね、私、どう接していいか判らなくて・・・。付き合う時も、クラスの大半が付き合ってるよって言ったら、拓也がじゃあ俺達も付き合うみたいな感じだったし・・・」
「あのなー、あれは、きっかけでしかなくて、俺はずっと愛佳のこと好きだったよ」
顔を真っ赤にして私に言う拓也に、私も釣られて顔が赤くなる。
「えっ、そうだったの・・・?」
「そうだって!そんなこと、改めて言えないだろ。愛佳そんな感じじゃなかったし」
う・・・それを言われると・・・。
幼馴染だったから、急に変えるのが難しすぎて。
「・・・ねぇ、それじゃあ手を繋いでもいい?」
私は横にいながらいつも繋ごうか繋ぐまいか出したり引っ込めたりしていた手をスッと出す。
「もちろん、いいよ」
拓也は、迷わず私の手を握る。温かいな、拓也の手。
そのまま少し無言で歩く私達。
私の胸の中にはいろいろな思いが駆け巡っていた。
拓也が足を止めて口を開く。
「好きだよ。だから本当はもっと近づきたい」
急に言われて、心拍数の急上昇を感じる私。
「・・・うん。私も拓也のこと好き」
言葉には出せなかったけど、胸の中にあった淡い気持ち。
拓也に付き合おうって言われて急成長して、今は恋心として確かなものになっていた。
拓也に抱きしめられる。
今やっと想いが通じた気がした。
顔を上げて拓也を見ると、視線がぶつかる。
どちらともなく顔が近づいて・・・私達はキスをした。
「・・・ホワイトデーはデートしよう。愛佳が行きたい所に」
拓也の優しい声と表情にドキドキと心臓がうるさい。
「・・・うん、ありがと。あのね・・・」
「ん?」
私は、拓也に封じていた言葉を放つ。
「愛してる、拓也」
重いのかもしれないけど。
どうしてもたどりつく結論。
私は拓也を愛しているから。
次の瞬間、もう一度キスをされる。
キスに感情を乱しに乱される私。
顔が赤い動揺を隠せない私に、拓也は、
「俺も愛してるよ」
と眩しい位の笑顔で言ってくれたんだ。
「ねえ、坂上くん」
僕は声の主の方を見る。
それはクラスのアイドル佐伯さん。はじけるような笑顔で僕を見ていた。
「は、はい、何・・・?」
僕はいつも、彼女のそのはじけるような笑顔に惹かれて、元気づけられている。
輝くその笑顔は、周りの人をひきつけて、佐伯さんの周りはいつも人が溢れている。
みんな佐伯さんの明るさと優しさを愛しているんだと思う。
僕には少しまぶしいから、その光を遠くから眺めているだけだ。
僕のおずおずとした反応に、佐伯さんは、ニコッと笑って小さな紙を渡してくる。
「はいっ、私ね今度の文化祭で体育館でチアダンスすることになってるんだ。今クラスの人にチケット配ってるの。よかったら坂上くんも来てね」
小さく切られた紙に、文化祭、チアダンス発表会チケット、と印字されている。
「へえ、佐伯さんってチアダンス部なんだ」
僕は佐伯さんの入っている部を知らなかったからチケットを見ながら意外に思う。
でも、よく考えると佐伯さんにピッタリだよな。
「そうだよ、毎日練習頑張ってるよっ!来たら絶対後悔させないようなダンスを踊るから、良かったら来てね」
また、まぶしい笑顔を僕に見せる佐伯さん。
ただ話しているだけなのに、佐伯さんを前にすると、何となく落ち着かない気持ちになる。
「も、もちろん行くよ。友達誘って行くから頑張ってね」
何とか声に出して応援の言葉を口に出来た。
「ありがと〜!」
そう言うと、佐伯さんは、僕の手を両手でかしっと握りしめてくる。
「はっ・・・えっ!佐伯さんっ!?」
僕が赤面して佐伯さんに言うと、彼女はハッとしたように手を離す。
「ごめん、ごめん、ついつい嬉しいとやっちゃうの。じゃあ、待ってるからね!」
僕に手を振ると、佐伯さんは自分の席に戻って、早速友達に囲まれている。
笑顔で会話してる佐伯さんは、相変わらずこちらの席から見ていてもとてもまぶしい。
僕は、佐伯さんの隣にいられなくてもいいから、彼女の光を遠くから見ていたいと思っている。
まるで光に憧れる植物のようだ。
光に憧れて、そちらへ伸びていこうとする。
でも、僕は彼女に近づいたりはしない。
佐伯さんは、僕にとっての憧れというだけで充分だから。
僕は手の中にあるチケットを見下ろす。
遠くから彼女のダンスを見届けたい。
それ以上を決して望まないように。
ホント?本当に?
心の中で小さな囁き声がする。
僕はあえてその声を無視した。
気持ちに蓋をして鍵を頑丈にかける。
これでいいんだ。
君は太陽のように僕には眩しすぎるから
美術部に一年の時に入部した私。
小さい頃からお絵かきが上手くて周りからは褒められていたし、絵画がコンクールで入賞したり、美術ではいつも満点の評価をもらっていた。
だけど・・・だけど。
3年の先輩の作品に出会ってしまった。
こんな絵を描ける人がいるなんて信じられなかった。
一目見て衝撃を受けた。
こんな色使いをする人を見たことがなかった。
こんな視点で物事を見ることができるなんて。
こんな発想力を絵画に全てぶつけることができるなんて。
私はただ、先輩の素晴らしさに、絵に衝撃と劣等感を抱いた。
私は少し絵が上手いだけ。
先輩みたいに、何もない所から100以上のものを生み出す才能はない、と・・・。
分かってしまったから。
コンクールが近い。
私は完全にスランプになっていた。
いつまでも描きたいものが定まらない。
今日も部室で一人ボーっと風に揺れるカーテンを眺めていた。
部員たちはだいたい絵を完成させて先生に提出して帰宅している。
「おつかれ」
不意に声をかけられ、振り返ると、3年の先輩だった。
「おつかれさまです」
「どうした?最近元気ないな」
私が挨拶に返事をすると、先輩に問いかけられた。
「そうですか?」
私は曖昧に答えた。だって。あなたのせいでこんなスランプになってるんですよ、とは言えない。
「先輩こそ、どうして部室に?コンクールの絵は完成したんじゃないんですか?」
私が問い返すと、先輩は、頭をかきながら言った。
「うーん、ちょっと今回スランプで」
「は?先輩が?」
思わず失礼なことを言ってしまう。信じられなかった。あんなに素敵な絵をいつも難なく描いているように見えるのに。
「はは、意外?たまになるんだ」
そう言いながら先輩は美術部員用の棚から自分のキャンバスを取り出すと、イーゼルに立て掛けて座る。
「描きたいものがいつもは浮かぶんだけどね。今回はなかなか浮かばなくて、困るよ」
「そう・・・なんですか」
私は聞きながら思っていた。先輩だって悩むことがあるんだって。私だけじゃないと知って少し心が軽くなる。
「あ、田崎先輩は、自画像にしてましたよ。自画像、どうですか?」
私がそう提案すると、先輩は、少し考えて言う。
「僕、自分の顔あまり好きじゃないからやめとくよ」
「え・・・」
私は先輩の顔をまじまじと見る。
普通にかっこいいと思うけどなぁ。
「そ、そうなんですかぁ、私はかっこいいと思いますよ」
私がそう言うと、先輩がこちらを見て言う。
「そっか、竹野の絵はいつもいいからな。竹野に描いてもらえば少しはマシになるかもな」
自嘲ぎみに笑う先輩。何か・・・こんなに自信のなさそうな先輩を初めて見た。
と同時に、私の絵を褒めてもらえた嬉しさも沸いてくる。
先輩は、凄く才能を持っている人だけど、だからといって自信があるわけじゃないのかな。
超人みたいな人だと思ってたけど、実は私みたいにいろいろ悩んでいて・・・。
そう思ったら、私は勢いよく立ち上がっていた。
「先輩!私、先輩を描きますっ、先輩は、私を描いてくれませんか?」
「え?」
いきなり立ち上がった私に驚いた顔をする先輩。
「私の絵を評価してくれるなら、きっと、先輩のこと素敵に描いてみせますから!」
私がそう宣言すると、先輩は、顔を赤くする。
「そっ・・・えーと、わ、分かった。人物はコンクールで描いた事ないから、描いてみようかな」
「はいっ!」
私は燃えに燃えていた。
絶対に、先輩を素敵に描いて見せる!!と。
コンクールの発表の後、部活が終わった後で、私は先輩と帰宅していた。
絵を描いた事で私と先輩は、親しく交流するようになっていた。
「あーあ、折角素敵に描いたのに、やっぱり先輩には叶わないです」
先輩の描いた絵が最優秀賞。
先輩の描いた私は、凄く色使いが素敵で、どこか夢のような儚い雰囲気が漂っていた。
さすが先輩だと、描いている途中で見せてもらって感心した。
それに、色使いとかも教えてくれて、今回の先輩を描いた絵も先生に上達したと褒められたし、私の絵は優秀賞に選ばれた。
「そんなことないよ。竹内が描いた絵、僕は好きだよ」
先輩が微笑んで私に言う。
私は先輩にそう言われてドギマギしてしまう。
「そうですか?尊敬する先輩にそう言われて嬉しいです。先輩は、自分の顔、好きになれましたか?」
私はそれをどうしても聞きたかった。
「うん、どうしてかな。自分の目で見るより、竹内の目を通して描いてくれた絵のほうが好きになれたよ」
「あ、私もです。先輩の絵に描かれた私、素敵だった。先輩は本当に天才ですよ。私、あの絵、一生忘れないと思います」
私は自分が描かれた絵を思い出す。先輩の視点からはあんな風に見えてるんだ、と思うとドキドキした。
「竹内、良かったらあの絵、くれないか?」
「えっ?」
先輩が私を真剣な眼差しで見ている。
「そんな真剣に言わなくても。もちろんですよ、先輩があんな絵でも欲しいと言ってくれて嬉しいです」
「竹内は才能があるよ。絶対だ。だから自信を持って」
先輩は、穏やかな声でそう言い聞かせるような口調で私に言う。
「先輩・・・。じゃあ、先輩も自分の顔、好きになってくださいね?」
私は先輩の言葉に励まされながら、先輩にも自信を持ってほしくてそう切り返す。
「竹内が僕の良いところをいつも教えてくれたら、好きになれるよ」
先輩は、そう言って、細い指で私の頬を撫でる。
いつも天才的な絵を生み出すその指が私に触れていると思うとゾクッとする。
「え、それって・・・」
私が意図を計りかねて困惑した目で先輩を見つめ返すと、先輩は、私の瞳を見つめて柔らかい笑みを浮かべた。
「僕はもう、竹内以外の人を絵に描く気はないってことだよ」
その言葉に私は痺れたようにその場に立ちすくんでしまった。
先輩の笑みが綺麗で、この笑顔をキャンバスに保存したいという強い想いを抱きながら。
好きな人に失恋した。
2年越しの片思い。あっけなく付き合っている人がいると玉砕。
そしたら仲のいい男友達が慰めてくれた。
その男友達は落ち込み続ける私にいつも気持ちが明るくなる言葉をくれた。
だから、だんだん気持ちも回復して、3ヶ月経った頃には平気になってた・・・だけど・・・
その日私はテストの点数が悪くて落ち込んでた。
そこへ男友達の航大がやって来る。
私の表情をみて、気遣うような顔をしている。
「大丈夫か?落ち込んでる?」
「大丈夫だよ、あのね・・・」
航大の顔つきで私が失恋のショックで落ち込んでると思ってるのが分かる。
「失恋したのは、もう気になってないから。気にしないでいいよ。今回の数学のミニテストの点数悪くて」
机に伏せながら見上げると、航大は、頷いた。
「分かる。俺も点数最悪だった。今度一緒に勉強しようよ。じゃあ春菜は、もう失恋のショックからは立ち直ったの?」
「うん、立ち直ったよ、だからもう同情で私を慰めなくていいよ、ありがとね。航大の言葉で凄く助けられたよ」
「それなら良かった・・・でもさ」
航大は、私が顔を伏せている机にグッと顔を近づけてくる。
私は航大の顔が急に近くに来てドキッとした。
「慰めてたの、同情だと思ってるの?」
「え?どういう意味?」
私が近くに来た航大に驚いて起き上がると航大は私の髪をサラッと梳いてから私から視線を離さないで言う。
「それは、春菜が好きな人忘れるまで、手助けして、俺のこと考えてくれるまで待ってたって意味だよ」
「えっ!?」
思わず大声が出る。
航大は、てっきり私に同情してくれてたのだとばかり思ってた・・・。
友達として、慰めてくれているのだとばかり・・・。
急に顔が赤面する。
「と、友達としての慰めじゃ、なかった・・・ってこと?」
「んー、まぁ、春菜がちゃんと前の彼を忘れるまでは友達として接してたよ。内心はどうあれ」
含みのある笑顔で答えられて、私は動揺を隠せない。
「え、えーと、いきなりすぎて・・・頭が・・・」
「分かってる。ゆっくり考えて。どうせ俺は春菜の側にずっといるんだから。付き合ってもいいって思えたら俺を選んで」
私の手をいつの間にか取って余裕な感じの笑顔で私に話す航大。
「うん・・・分かった・・・」
私はそれしか言えなかった。
何だか外堀から埋められているような。
捕らえられて逃げられないような、そんな気持ち。
それでも、私の中には航大に対する好意も確実にあるから。
「もう少し・・・待っててくれる?」
私がそう問いかけると、航大はニコッと笑って頷いた。
その笑顔が何だか眩しく感じている私は航大の思惑に既に捕らえられているのかもしれない、と思った。