ヒラヒラ
落ち葉が私の頬を掠めた
私が好きな学校の中庭にある大きな木
入学した時からずっとお気に入りの木
上を見上げる
もうすぐここともお別れだ
来年には私はこの学校を卒業する
肌寒い風が吹きつけるけど、木の下から見上げると、葉の隙間から太陽の光が優しく差し込むのを見るのが好きだった
葉っぱから雨上がりで付いた雫が垂れて、ポツポツと私や周りの芝生に落ちる様子が好きだった
何と言っても、入学した時に、ここで見上げた桜の花・・・
満開の桜と、無数のヒラヒラ散る花びら
優しい淡いピンクの色が胸が締め付けられるくらいに好きだった
どうしてかな
辛い時はついついここに来てしまう
今だってもう、3月のお別れが悲しい
落ち葉が物悲しくて
落ちていく様がこの学校を離れる私を表現しているみたいに感じてしまう
見上げて、風と共に降り注ぐ茶色の枯れた葉っぱを見上げる
落ちないで
無意識に思う
桜が咲いてしまったら私はもうここには来られないから
この場所の不思議な空気を
もう少しだけ感じていたいから
私自身にも理解できない感情
執着みたいなもの
不思議な思いをこの木に抱いている
どうか落ち葉よ、まだ落ちきらないで
さようなら。
私は今日も眠れない。
毎日深夜まで起きていて、明日の学校が憂鬱になる。
特に日曜の夜はそう。明日から月曜日。慌ただしい毎日が始まる。ストレスフルな毎日が始まる、気力の削られる毎日が・・・始まる。
だから、時間が過ぎるのが嫌だ。
日曜日、朝起きた時からずっと、1秒1秒時が過ぎるのを悲しく苦しい気持ちでみまもっている。
夕方になるにつれ、重苦しくなる心。
夜になると眠りを精神が拒絶して、1秒でも多く今日という日にしがみつきたいと訴えてくる。
私はスマホを片手にゴロゴロしながら何を見るともなく見ている。
でも実は時計を見ている。これ以上進みませんように、と。
それでも、時は過ぎていく。
深夜12時になり、今日にさよならを告げる。
デジタル時計の曜日が変わって日付が進む。
私はどうすることも出来ないまま時の渦に飲み込まれる。
そして、抵抗できるはずもなく、次の日はやってくる。
寝不足な頭。どんよりとした気持ち。
それでも行かなければいけない。
辛いよ。
だけど学校が終わるまでもう少しだけ頑張ろう。
私が頑張って耐えることでしか時間は進まないのだから。
お気に入りのもの
部屋には沢山のお気に入りのものがある。
小学校の時、ゆうちゃんとお揃いで買ったぬいぐるみ。
中学でゆうちゃんと修学旅行で買ったキーホルダーと、憧れの先輩にも買ったまま渡せずじまいだったボールペン。
高校で彼氏と一緒に行った水族館で買ったぬいぐるみ、ゆうちゃんとお揃いのぬいぐるみの横においてある。
大学で両親にお祝いでもらった万年筆。
日記を書くときは絶対にこの万年筆だ。
大学が別になった彼氏から離れないようにと右手の薬指に指輪をもらった。
そのまま月日は経って。
今、結婚式の前夜。
明日式場に持って行く夫になる彼氏と私のペアの結婚指輪が机の上に乗っている。
ゆうちゃんももちろんお祝いに出席してくれる。
いつも過ごしていたこの部屋とも今日でお別れだ。
私は部屋を見渡して思う。
どんなときも一緒だったな。優しい思い出も悲しい思い出も特別な瞬間も、この部屋で噛み締めていたな、と。
さようなら、とありがとう、を私の部屋に告げる。
両親が一階で私の名前を呼んだ。
もう僅かしかこの家で過ごすことのない時間。
「はーい」
私は大きな返事をして、両親に沢山のありがとうを言いに階段を降りていった。
「ただいま〜」
ガチャ、家に帰ってきた私。リビングに入ると机の上に私宛の手紙が置いてある。
母親が私に向かって話しかけてきた。
「ほら、小学校の一年の時に書いたでしょ?10年後の自分へって。届いてたよ」
「えー、私何書いたのかな?」
私はドキドキしながら手紙を持って2階に上がる。
自分の部屋に入ると鞄をベッドの上に置いて、その横に座る。
封筒には色鉛筆でハートのマークが何個か書いてあった。
ゆっくりと手紙を開封していくと、中から白い便箋が出てくる。
ピラッ
便箋を開くと、小学校一年の私の拙い文字。
でも、妙に愛着のある文字だった。
「10年後のわたしへ
げんきですか?わたしはまあまあげんきです。
わたしの今のともだちはまおちゃんです。10年後の今のともだちは何ちゃんですか?
犬のミミはげんきですか?たくさんもじがよめるようになっていますか?
わたしはおとなになっていますか?わたしはじぶんを見つけていますか?やりたいことにむかってすすんでいますか?
未来のわたしへ。まけないでください。いつでも10年前のわたしがおうえんしていることをわすれないでください。それではまた10年後にお会いしましょう」
手紙を読んで、私はクスッと笑う。
可愛い文章だ。我ながら。
私はペンと便箋を取り出す。
そして手紙を書いた。
「10年前のわたしへ
お手紙ありがとう。わたしはとっても元気です!
今のわたしのともだちは、さやと、のりかと、みちこちゃんです。仲良くやってるから心配しないでね。
ミミは、もうお年寄りだよ。でも、まだがんばって生きているし、わたしたちも大切に育てているからね。
もじもたくさん読めるようになりました。
わたしは、、、おとなになっているか、しょうじき分かりません。おとなになっているといいんですけど。
そこは10年後のわたしにたくしますね。
じぶんのやりたいことは、イラストです。毎日がんばってかいています。絵のべんきょうをしてしごとにできたらいいな、と思っています。
あなたのおうえんがとてもこころづよかったです。忘れません。10年前の私ががっかりしないように毎日をせいいっぱい生きますね! 10年後のわたしより
PS、かんじはできるだけ使わないようにしました。どれだけ読めるかわからなかったから。」
私は手紙を書くと、もう一度読み返す。
十年前の私へ届くあてもない手紙を書いてしまった。
便箋を封筒に入れると、綺麗なお気に入りのシールを封筒のワンポイントに貼って引き出しの一番上に入れておく。
十年前の私からの手紙に重ねて置いておいた。
また落ち込んだ時は私の力になってね。
あなたと私の手紙を読んで元気を出すから。
そして、私は10年前の私へと言葉に出して一言言う。
「ありがとう」
「ふふん♪」
私はご機嫌でスキップしている。
私のカバンの中にはバレンタインの手作りチョコ。
彼氏に向けて頑張って昨日作ったものだ。
今日は放課後デートだから、そこで、彼氏に渡す予定だった。
「おはよっ」
登校途中の友達の真奈に声をかけられる。
「おはよー。真奈もチョコ手作りしたんでしょ?」
私が笑顔で質問すると、真奈が頷く。
真奈も彼氏がいて、家でチョコを作るって張り切っていた。
「そうだよ。昨日は大変だった、温度計とお湯と用意してさぁ〜お母さんに手伝ってもらったよ」
「温度計?なんで?」
「なんで?って、テンパリングしないと、滑らかな口当たりにならないでしょ?温度調節して固めるんだよ」
「え?そーなの?そのまま溶かして入れちゃったよ」
私はさぁぁっと青くなる。
「まぁ、でも、チョコはチョコだしさ、気にしないで」
ポンッと慰めるように肩を叩く真奈の声も耳に入ってこない。
「・・・どうしよう」
妙案も浮かばずに放課後になってしまった。
彼氏が校門で待ってる。
「よっ、行こうぜ」
「あ、うん・・・」
途中で店で買う?でも間に合うかな・・・
私があれこれと思案してると、彼氏が私の顔を覗き込む。
「どーした?」
「あ、うん・・・」
「それ、くれるんじゃないの?」
彼氏は私が手に持っているチョコが入った紙袋を指差す。
「えっ、うん・・・」
「・・・もしかして俺にじゃないの?」
彼氏が疑うような口調で言う。
「もちろんあなたにだよっ・・・でも、友達に作り方違うって言われて・・・美味しくないかも・・・」
私が口ごもると、彼氏はヒョイッと私の持っている紙袋をかすめ取った。
「あっ!」
私が取り返そうと手を伸ばすと、その手首を優しく掴まれる。
「俺にだろ?もうこれは俺のものだ。お前が作ったチョコなら、何だって食べるよ」
にこっと笑顔で笑いかける彼氏に、見とれてしまう。
心臓のドキドキが止まらない。
「来年は・・・もっと頑張って作るから」
「無理するなよ」
優しく頭に手を置かれて、私の中の心のもやもやも晴れていく。
「うん、期待していてね」
私が彼氏に向けて笑顔で返事をすると、
「やっぱり、お前は笑顔の時が一番可愛い」
と彼氏は殺し文句を私に放つ。その後しばらくの間、私の顔の熱は下がることがなかったんだ。