「ふふん♪」
私はご機嫌でスキップしている。
私のカバンの中にはバレンタインの手作りチョコ。
彼氏に向けて頑張って昨日作ったものだ。
今日は放課後デートだから、そこで、彼氏に渡す予定だった。
「おはよっ」
登校途中の友達の真奈に声をかけられる。
「おはよー。真奈もチョコ手作りしたんでしょ?」
私が笑顔で質問すると、真奈が頷く。
真奈も彼氏がいて、家でチョコを作るって張り切っていた。
「そうだよ。昨日は大変だった、温度計とお湯と用意してさぁ〜お母さんに手伝ってもらったよ」
「温度計?なんで?」
「なんで?って、テンパリングしないと、滑らかな口当たりにならないでしょ?温度調節して固めるんだよ」
「え?そーなの?そのまま溶かして入れちゃったよ」
私はさぁぁっと青くなる。
「まぁ、でも、チョコはチョコだしさ、気にしないで」
ポンッと慰めるように肩を叩く真奈の声も耳に入ってこない。
「・・・どうしよう」
妙案も浮かばずに放課後になってしまった。
彼氏が校門で待ってる。
「よっ、行こうぜ」
「あ、うん・・・」
途中で店で買う?でも間に合うかな・・・
私があれこれと思案してると、彼氏が私の顔を覗き込む。
「どーした?」
「あ、うん・・・」
「それ、くれるんじゃないの?」
彼氏は私が手に持っているチョコが入った紙袋を指差す。
「えっ、うん・・・」
「・・・もしかして俺にじゃないの?」
彼氏が疑うような口調で言う。
「もちろんあなたにだよっ・・・でも、友達に作り方違うって言われて・・・美味しくないかも・・・」
私が口ごもると、彼氏はヒョイッと私の持っている紙袋をかすめ取った。
「あっ!」
私が取り返そうと手を伸ばすと、その手首を優しく掴まれる。
「俺にだろ?もうこれは俺のものだ。お前が作ったチョコなら、何だって食べるよ」
にこっと笑顔で笑いかける彼氏に、見とれてしまう。
心臓のドキドキが止まらない。
「来年は・・・もっと頑張って作るから」
「無理するなよ」
優しく頭に手を置かれて、私の中の心のもやもやも晴れていく。
「うん、期待していてね」
私が彼氏に向けて笑顔で返事をすると、
「やっぱり、お前は笑顔の時が一番可愛い」
と彼氏は殺し文句を私に放つ。その後しばらくの間、私の顔の熱は下がることがなかったんだ。
もうすぐだから
もうすぐ行くから待ってて・・・。
私は上へと登る
登った先に何があるかなんて分からない。
でも気づいたら登ってた。
ずっとずっと塔を登っていく。ただかろうじての出っ張りに手をかけて。
登った先に何があるのか分からない。
でも約束したような・・・。
そんな気がする。
上へと手をかけて、登っていく時間。
ひたすら登っていく孤独な時間。
だけど、登りたくて。
登らないといけなくて。
・・・だって会えないから。
塔の最上部へと続く出っ張りに手をかける。
ここまで落ちなかったのは奇跡だ。
わたしは思わず下を見る。
奈落のような闇が広がっている。
目眩がまして視点がぐらつく。
塔から手を離しかけたとき、誰かが私の手を掴む。
「やっと来てくれたね」
顔を見て涙が溢れる。
「会いたかった」
私は亡くなったはずの最愛の夫に抱きつく。
「待ってたよ」
私は思い出す。老衰で亡くなった私は孫たちみんなに看取られて天に昇っていったんだ。
気づくと塔の最下層にいた。
ただ、誰かに会いたくて。
その想いだけを胸に塔を登っていた。
「会いたかった」
私はもう一度夫に言う。
夫は優しく微笑んで頷く。
「来てほしくなかったけど、来てくれて嬉しい」
夫は亡くなった時のままの若い姿で、私も同じ位の若い姿に変わって2人で抱擁を交わす。
二人の間に光が溢れ出し、どこかもっと上へ昇っていくようだ。
どこまでいっても後悔しないよもう。
あなたと一緒ならば
伝えたい
でも伝わらない
「だから、あんたのこと好きなのっ」
私は一緒に登校する幼馴染に捲し立てた。
「知ってるって。しつこいなぁもう。一度言えば分かるよ」
幼馴染は、髪の毛を整えると大あくびをした。
「何でそーゆー態度なの?それが乙女に対する対応なの?!」
私がムッとして詰め寄ると、幼馴染は、欠伸をした涙目で私を見る。
「乙女?どこに?」
「もういいっ」
カバンでバターンと幼馴染をはたくと、私は先に駆け出した。
「くやしぃぃ」
学校に到着して、私が机で文句を言っていると、友達がやってきた。
「またやってるの?懲りないね」
「だって、あいつってば、折角私から告白してるのに、わかってるって言うだけなんだもん。言い損な気がするよ」
「そっか〜でもさ、毎回聞いてて思うんだけど、佳奈美も結構逆ギレ告白みたいだからさ。それもあるんじゃない?」
「そりゃ、恥ずかしいし・・・」
私の声は急に小さくなる。
あいつの前では、どうも強がってしまう。好きだけど、素直になれない。
「その態度に相手も反発しちゃうんじゃない?今度機会があったら、ソフトに、ソフトに伝えてみたら?」
「ソフトに・・・」
私、ちゃんと優しく、普通に伝えたことあったっけ?
いつも怒ったみたいな言い方だったかも。
「・・・わかった」
「うんっ、頑張ってね!」
笑顔の友達に頷いて見せる私。
放課後、私はいつものように幼馴染と家に帰る。
優しくしないと、と思うあまり無言になってしまう。
私が何も言わないので、幼馴染がチラチラ私を見ている気がする。
「・・・何かあったのか?」
幼馴染が珍しく自分から口を開く。
いつも私から一方的に話していたから心配になったのかもしれない。
「・・・なにもないよ」
私がそう返すと、幼馴染は、さらに聞いてくる。
「明らかにいつものお前じゃないじゃん」
「・・・じゃあ言うけど」
私は深呼吸をして言った。
「・・・好きなんだよ。あなたのことが。ちゃんと返事がほしいの。嫌いなら嫌いでいいから。真剣なの」
「いきなり、なんだよ」
幼馴染は、顔を赤くして横を見る。
「私のこと、どう思ってるの?」
「・・・・」
かりかりと幼馴染は、自分の頭をかいた。
「・・・好きだよ」
一言だけ言う幼馴染の言葉に耳を疑う。
「え?好きって言ったの?!」
私の大声に、幼馴染は、顔を赤くして言う。
「大きな声で言うなよ。なんか照れくさくて、返事する雰囲気でもなくて言えなかっただけだよ」
「本当?よかったぁ」
私は嬉しくて、幼馴染により掛かる。
「うわっ、なっ、お前っ!」
幼馴染の慌てた声がするけど、私は気にならなかった。
「ずっと好きだった」
私が抱きしめながら言うと、
「・・・うん」
と幼馴染は私の背中におずおずと手を回す。
その時間が、空間が幸せで、私は時が止まってしまえばいいと思う。
私と幼馴染はしばらく何も言わずに、その場所から動けずに、ただ、そこで抱きしめ合っていた。
ここでしか出来ない。
ここでしか話せない。
私の言葉は・・・。
「こんにちは」
「こんにちはー先生!」
私は白衣の優しい笑顔をした先生に挨拶をする。
「どうだった?今週学校は」
「うーん、相変わらず。つまんないよ」
私は口を尖らせて椅子の上で足をバタバタさせる。
「そうなの?毎日お疲れ様」
先生はふわっとした優しい笑みを私に向ける。
淡い色の髪が猫っ毛で、いつも私は触りたくなる。
「うん。先生に会うために頑張ったよ」
「そうだね、何か目標のために動くのはとてもいいことだよ。一歩ずつ前進してる証拠だから」
「はーい!」
私は笑顔で手を上げる。
「また来週来てね、待ってるよ」
先生のその言葉が悲しい。ずっと話していたいのに・・・。
「もう終わり?まだ先生と話したいのに〜!」
私が聞くと、先生は、少し困ったような顔をする。
「うん、また来週待ってるね?」
先生を困らせたくなかったから、私は黙って頷いた。
病室を出ると、お母さんと看護師さんがいる。
「診察終わったの?偉かったわねー」
「・・・」
私が黙っていると、お母さんが私の手をそっと握った。
「今日も頑張って診察出来たね」
ニコッと、私に笑いかける。
私は静かに頷く。
私は場面緘黙らしい。
学校では一言も話さない。
まるで魔法にかかったように、自分が話すと決めた相手以外とは話せなくなる。
喉がギュッとしめられているような感覚。
話そうと思っても、言葉が出てこないの。
だから、お父さんとお母さんと、先生。
その3人の前でだけ言葉が話せるんだ。
先生には、最初から話せた。
優しい雰囲気で、優しさオーラが体中に取り巻いてた。
あんな人は初めてだった。
だから、あの場所では。
先生と話せるあの場所では、私は言葉を取り戻す。
私という存在を表現できる。
先生という安心感に浸れる場所。
来週も早く先生に会いたいな。
お母さんと手を繋ぎながら、ふと診察室を振り返ると、診察室の扉を閉めかけた先生が私に気づいて、笑顔で手を振ってくれたんだ。
「みんな恋、してるんだよねぇ」
私は机に頬杖をついてつぶやいた。
「みんなってわけじゃないんじゃない?でも興味の沸く時期だよね」
前の席に座っていた香菜がそう私に言った。
このクラスでも何組かカップルが誕生しているらしい。
「そういう香菜も、こないだ彼氏が出来たじゃん!」
私がそういうと、香菜はペロッと舌を出して言った。
「うん、お先にごめんね」
「彼氏とはどう?楽しいの?」
私が聞くと、香菜の目は輝き出す。
「そりゃあ!今が怖いほど幸せだよ!!」
「へーえ、良かったね」
私が無感動に相槌をうつと、香菜は、
「何よっ」
と肘で私の肘をこづいた。
「だってさぁ、私には無縁なんだもん」
私ははぁーとため息をついて机に伏せる。
「好きな人のつくり方、教えてほしいなぁ」
私の言葉に香菜は半ばあきれ顔だ。
「そんなの直感だよ、雰囲気とか、顔とか、仕草とか言葉でこの人好きってなるよ。きっとさ、まだ出会ってないだけだよ」
私はその理論に妙に納得する。
「そうかぁ、出会ってないだけなんだね。それじゃあ、これからの出会いを楽しみに待ってればいいのか!」
そう考えるとなんとなく元気も沸いてきた。
「ま、それがいつかは保証できないけど」
ボソッと香菜の言葉が聞こえてきたけど、もう私には関係ない。
私は未来に出会う私の彼氏について夢想しだしたのだった。